10月25日から31日にかけて、朝日新聞社主催の国際シンポジウム「朝日地球会議2024」が開催された。
「対話でさぐる共生の未来」というメインテーマのもと、「持続可能性」「イノベーション」「国際関係・平和」「強制・多様性」をテーマに複数のセッションが行われた。その中から本稿では、「つながる都市と森 木造ビルが変える日本」の様子を紹介する。
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脱炭素社会の実現に向けた取り組みが急がれるなか、「木造ビル」に対する注目度が高まりつつある。
今回の朝日地球会議では、木質構造工学が専門の東京大学 生産技術研究所 教授の腰原幹雄氏、三井不動産 ビルディング本部 業務推進室 業務推進グループ統括 室谷拓氏、三菱地所 関連事業推進部長 兼 木造木質化事業推進室長の森下喜隆氏が登場し、木造建築を活用した未来の都市の姿を議論した。
セッションに登壇した両者は、木造化や都市木造に取り組むトップランナーだ。
三井不動産グループは北海道に5000ヘクタールの森林を保有し、「植える→育てる→使う」というサイクルを回しながら持続可能な森林経営をしている。木造建築においては木造マンションの建築に加え、オフィス事業でも本格的な木造ビルの建築を開始している。
三菱地所は、グループを通して木材の伐採から製材、設計から建設・開発、管理運営まで担っている。2016年からクロス・ラミネイティド・ティンバー(CLT)材が大規模な建築物に使えると注目し、そこから木造・木質化事業に取り組んでいる。これまで設計を手掛けてきた物件としては、2019年2月竣工のマンション「PARK WOOD 高森」、や、同3月竣工の空港施設「みやこ下地島ターミナル」、2021年10月竣工のホテル「ザ ロイヤルパーク キャンバス札幌大通公園」がある。
それらの木造ビルが建築されてきた裏側には、各社の技術開発と工夫がある。木材は、仕上げ材としては美しさを出せるというメリットがある反面、構造材としては揺れやすい、燃えやすい、腐るなど多くの弱点がある。資源としても、柱となる太い木はそうそう入手できない。腰原氏も、「都市の木造建築には、必ずしも良い材料ではなく、足りないものをいかに補っていくかという視点が必要になる」と指摘する。
そこで昨今の都市木造領域では、木材に鉄骨などの他の建材を組み合わせた「木質化」が、技術面での問題を解決する手段として用いられている。
この木質化技術とは、木材と鉄骨、コンクリートなどを組み合わせることで、それぞれの材料の長所を活かすものだ。また、繊維方向が直交するように積層接着した集成材の「クロス・ラミネイティド・ティンバー」(CLT)の開発によって、大断面を入手しずらい木材で大型構造物を安定的に建築できるようになった。さらに「燃えやすい」という課題についても、木材の表面に難燃性の透明塗料を塗布することで、火災時に炭化断熱層を木材の意匠性を保ちながら難燃化を実現できるようになった。
ザ ロイヤルパーク キャンバス札幌大通公園においても、11階建てのうち9~11階は完全な木造で、下層階はコンクリートを使い、内装を木質化した造りになっている。耐火性・耐震性の部分でも、竹中工務店が開発した耐火集成材の「燃エンウッド」やCLT耐震壁を採用し、一定の処置を施した上で国産木材を使用するなどの工夫がなされている。「建築基準法を勘案して上層階だけ木造にし、様々な処置をしてホテルとして機能するように設計をしている。特に耐火部分では苦労をした」と森下氏は語る。
そのような形で、2010年代に発展してきた技術を土台とした新しい高層の木造化・木質化ビルが数多く誕生しているが、現在では新たな付加価値を備えた大規模ビルの建設も始まっている。三井不動産は竹中工務店と共同で、「日本橋に森をつくる」というコンセプトのもと、2024年1月に東京・日本橋に高さ84m、地上18階建ての賃貸オフィスビルを着工。2026年の竣工予定で、完成すると国内最大・最高層の木造賃貸オフィスビルになるという。
「新しいビルには構造材として、三井不動産の保有林の木材100立方メートルを含め、国産木材を1100立方メートル以上使用する。木材使用の規模感については、過去の木造建築と比べても多く、鉄骨造オフィスビルと比較すると建築時の二酸化炭素排出量は30%の削減効果を見込んでいる。外観的には、都心に一本の大きな木が立つというイメージだ」(室谷氏)
ビルは木造と鉄骨造のハイブリッド構造だが、その理由は耐火性だけではないとする。「オフィスビルとして無柱空間を増やすために、『周りが木造で内側が鉄骨という構造の柱』を使うようにしている。さまざまな働き方の選択肢がある中で、木造のオフィスで働くとリラックスできる空間を作ることが、これからのデベロッパーの仕事だと思っている」と室谷氏は語る。
腰原氏は、日本橋で進む木造オフィスビルプロジェクトには2つの象徴的な意義があると説明する。1つは、二酸化炭素を日本橋という中心地のビルに固定すること。もう1つは、木造ビルならではの体験を突き詰めることだ。
「2010年代までは技術的にできることに挑戦してきたが、今はそれをどう楽しんでいけるのか、生活の豊かさに取り組んでいけるのか、あるいは都市部が山にどう貢献できるかという意識が求められる。それらの理由から、一等地にビルを作る意義がある」(腰原氏)
同様に三菱地所でも、新しい木造ビルの建築プロジェクトが動いている。2025年竣工予定の「キャプション by Hyatt 兜町 東京」や2026年竣工予定の「渋谷マルイ」のほか、2028年に竣工する東京・丸の内の東京海上グループの新本店ビルは、「高さ100mで、世界でもトップクラスの大きさの木造ビルになる」(森下氏)という。
構造部材である柱と床に国産木材をふんだんに使用。下層階は鉄骨柱を木材で覆い、構造部に木柱を使うハイブリッド型の木造ビルとなっている。東京海上自身が「木の本店ビル」と称し、環境や林業、地方創生という観点からも作る価値があるという意識のもと、オーナーシップを持ってしっかりと取り組んでいるとのことである。
両社の事例を踏まえて腰原氏は、「今トップランナーがさまざまな技術を整備している中で、そろそろ振り返る時期になっている」と現状を分析する。
「木造化技術の使いどころや、木造に向いている施設も見えてきた。他方で、大規模な木造建築のための木質材料も開発され、純粋な木造だけでなく鉄骨やコンクリートと組み合わせた混構造も出てきている。そのような幅広い可能性がある中でこれから木造ビルを普及させていくためには、一般利用者がどういう建物を木造にしたいのか、あるいはそれに対してどうやって技術とコストを合わせていくのか、関係者間で考えていくことが必要になる」(腰原氏)
腰原氏によると、日本の木造建築の歴史は大きく3つの期に分けられる。まず紀元前2500年にまでさかのぼり、そこから縄文時代のやぐら・砦の建築を経て、江戸時代が終わるくらいまでの社寺建築を中心に木造建築が行われていた時代が第1期となる。
現存する代表的な建築としては高さ約35mの法隆寺の五重塔があり、現存しないものでも高さ約100mの東大寺の七重の塔や、木造建築物として世界最大規模とされる焼失前の東大寺大仏殿などがある。そこで使われてきた技術は、宮大工や旧来からの誇るべき木造建築技術として受け継がれている。
一方で明治時代になると、産業革命によって近代的な建築のニーズが増え、工場や倉庫などの大きな建物の需要も増えた。そこで当初は木造5階建ての製粉工場などの産業建築物も作られたが、近代都市では鉄とコンクリートが使われるようになり、都市建築の領域でも不燃化や大規模火災に対応する必要から大規模な木造建築が作れなくなった。それによって1900年代のほとんどが「木造の暗黒時代」(腰原氏)となったが、1990年代に北米から木材輸入の圧力がかかるようになり、大きな木造建築が少しずつ作られるようになった。ここまでが第2期となる。
そして大きな契機となったのが、2000年の建築基準法の改正だ。都市の不燃化問題も、防耐火の仕組みができれば木造でも問題ないという法の建て付けとなり、環境対策や林業の再生、地域活性化という考え方のもとで木造建築がクローズアップされていった。2005年から低層の木造ビルが建てられるようになり、2010年代に都市の不燃化に対応する防耐火や耐震の技術が開発され、徐々に大きいサイズの木造ビルが誕生するようになった。そして2021年に12階建ての「HULIC &New GINZA 8」が竣工した時期から状況が大きく変わり、現在は多くの木造ビルが建ち始めた状況になるという。
加えてもう1つ後押ししているのが、森林保全、林業の再生などの日本が抱える社会課題解決という観点だ。「今まで都市は森と接点がありそうでなかったが、実際は都市に住んでいる人たちも環境から食、レクリエーションまでさまざまな恩恵を受けており、山や森の木に対して何か考えないといけない」(腰原氏)
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