なぜ野菜は高騰しているのに、農家は儲からないのか--「中抜き」ではないその背景

 青果の卸売市場は現在、さまざまな問題を抱えていると言われている。2020年6月に改正された卸売市場法による規制緩和の影響に加え、生産者である農家の長時間労働や人手不足、青果を運ぶ物流など、その問題は多岐にわたる。

 これらの課題を解決するため、日本事務器が開発したのがスマートフォンアプリ「fudoloop」(フードループ)だ。fudoloopはスマートフォンで青果の出荷量を報告でき、農家と市場、青果卸を情報でつなぐことで、入荷量の可視化、価格安定、コミュニケーション効率の向上を図る。

 fudoloopはどのような背景のもと開発されたのか。青果の卸売市場を取り巻く状況と合わせて、日本事務器で事業戦略本部 戦略企画部 担当部長を務める高松克彦氏に話を聞いた。

日本事務器 事業戦略本部 戦略企画部 担当部長 高松克彦氏 日本事務器 事業戦略本部 戦略企画部 担当部長 高松克彦氏
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  1. 青果の卸売市場が抱える問題とは
  2. fudoloop開発のきっかけ--データで市場の適正価格を実現する
  3. プロダクトを提供するだけでは終わらない--新たに見えてきた課題

青果の卸売市場が抱える問題とは

――最近はスーパーで野菜の高騰に驚くばかりですが、 野菜が高騰しているのに農家が儲からない理由はどこにあるのでしょうか。 天候不順や飼料・燃料代高騰も大きいかと思いますが、 fudoloopが解決されたい課題の中の文脈では、 どのような理由が挙げられるでしょうか

 最近の野菜価格の高騰に関して、農家が儲からない理由を探ると、流通システムや価格決定メカニズムに大きな課題が見えてきます。

 まず、消費者や農家は「中間業者が多くのマージンを取っているのではないか」と考えることが多いですが、実際には中央卸売市場の卸売業者の営業利益率は0.41%と非常に低く、全産業平均の2.1%と比較しても1/5程度しかありません。(【出展】農林水産省:卸売市場をめぐる情勢について(令和4年8月)より卸売業者及び仲卸業者の経営動向②(収益性)参照作成)

 このデータからも、中間流通業者が大きな利益を得ているわけではなく、流通全体が薄利で回っている現状が浮き彫りになります。

 さらに、青果の価格決定メカニズムも複雑です。かつては需要と供給のバランスで価格が決まっていましたが、現在では量販店などの販売者が過去の販売データに基づき「消費者に受け入れられる価格」を設定しています。そのため、販売価格が中間流通や農家にまで影響を与え、彼らが適正な利益を取れない状況が続いています。

 こうした構造に加え、農業資材や燃料の高騰、異常気象の影響が農家に重くのしかかり、廃業や生産抑制が増加し、結果として供給不足が発生して価格が上昇するという現象も見られています。

 加えて、農家が消費者のニーズを十分に把握せず、需要と供給のバランスが崩れた結果、さらに価格変動が起きることもあります。これは、農家が「作りやすいもの」を中心に生産してしまい、マーケットの需要を無視したプロダクトインマーケットアウトの思考が原因です。

 このような課題に対して、fudoloopは生産者と流通業者が情報を共有することで解決を目指しています。fudoloopは生産者からの供給予測情報を流通業者に提供し、その情報をもとに適正な価格で量販店へ提案できる仕組みを整えています。また、流通業者はマーケット情報を生産者に提供することで、生産者も市場の需要に合わせた生産計画を立てられるようになります。このように、生産者と流通業者が互いに情報をループさせることで、適正な価格での販売と安定した供給を実現することを目指しています。

――トラックドライバーの時間外労働960時間上限規制が適用され、輸送能力の低下が懸念されることから、さまざまな業界で「物流の2024年問題」が注目を集めています。青果物流の現場では、どのような問題が起きているのでしょうか。

 青果物流の現場で現在深刻な問題となっているのは、産地である地方から、東京、大阪、名古屋などの大都市消費圏へ青果を届けにくくなっていることと現場の方から聞いています。

 これまで、キュウリやピーマンを大都市に届けることはたとえコストがかかっても大きな利益を生んでいました。しかしトラックドライバーの時間外労働960時間上限規制が適用されたことで、これが難しくなっています。今後、大都市圏では青果の流通量自体が減ってしまう可能性もあるでしょう。

――青果の輸送自体にも抵抗を感じているトラックドライバーが少なくないと聞きました。

 パレット輸送も少しずつ増えてきましたが、青果は積み込みや積み下ろしの際、手荷役がまだまだ多いです。さらに、荷崩れを起こしてしまうと下に積まれているものが腐ってしまうこともあり、輸送中も気を遣います。

 手荷役が多いため前後の時間をたくさん取られますし、荷崩れのリスクなどの運びづらさもあって、青果はトラックドライバーが運びたくないもの第1位と言われています。

――物流以外では、どのような問題を抱えているのでしょうか。

 2020年6月、「卸売市場法」が大幅に改正されました。いちばん大きく変わったのは「商物一致の原則廃止」です。これまでは農産物は卸売市場に持ち込んで取引すること(商物一致)が原則だったのですが、これが法改正によってなくなり、産地から量販・小売店などに直接食材を送ることができるようになりました。

 法改正によって、卸売市場を通さない「産地直送」が可能になったり、流通コストを削減できるようになったりしたため、これをチャンスと捉え、前向きに商売を続けている業者もあります。しかし、生産者と卸売、小売店の間の需要と供給のバランスが崩れたことによる打撃を受けてしまった業者もあり、現場の状況はさまざまです。

――物流と卸売市場の状況は変化していますが、生産者の現場では何が起きているのでしょうか。

 まず、農林水産省の「農林業センサス」「農業構造動態調査」によると、農業経営体数は年々減少しているという報告があります。ただ、それと関連して耕作面積も減っているかというと、こちらは増加傾向にあります。

 これはどういうことかというと、トップと言われる篤農家では、従業員を雇って農業をやっているケースが増えているということです。データを見ると、5~10ヘクタールの層では経営体数が減少していますが、 30ヘクタールを超えると増加していると言えます。しかし、法人経営体が規模を拡大しても、生産量の低下を免れるには、よりいっそうの工夫が必要だと言われています。

fudoloop開発のきっかけ--データで市場の適正価格を実現する

――青果を取り巻くこのような状況で、fudoloopの開発に至ったきっかけは何だったのでしょうか。

 先ほど農業経営体数が減少しているという話をしましたが、なぜ減っているのかを、食産業に関わるさまざまなステークホルダーの方にインタビューして聞いてみたことがあります。すると、やはり「もうからないから」という答えが多く、子供には継がせたくないと言うんですね。農業で適正な収益を上げるのは難しいと。

 では、なぜ農業で適正な収益を上げられないのかというと、需要と供給のバランスが保てなくなってきているからです。かつては売り手と買い手が市場に来て、需要と供給がマッチしたところで価格が決まっていました。需要に対してトマトがたくさんあれば価格が下がり、トマトが少ないと価格が上がる、というような単純な構造です。

 ところが時代が変わり、非常に強いバイイングパワーを持った量販店が登場します。すると、これまで競り取引で決まっていた価格を、バイイングパワーを持った業者が、販売価格や数量を交渉する相対取引で決めてしまいます。量販店は去年のデータなどをもとに1~2週間の価格を決めるのですが、去年とは天候なども違いますし、ここで決められた価格が適正だとは限りません。この状況を見て、崩れてしまった需要と供給のバランスを取り戻し、農家が適正な価格で青果を販売できないかと考えたんです。

 卸売業者が持っているデータは、電話やファックス、紙などでやり取りされているアナログな情報のため、情報をすぐに見つけることができません。まずは農家の方に出荷量をアプリ経由で報告してもらい、これらをデータにして見える化することで、適正な価格に近づけられるかもしれないとfudoloopの開発が始まりました。

――現場では、デジタル化に抵抗はなかったのでしょうか。開発にあたって、現場の方とどのようなコミュニケーションを行いましたか。 

 開発の前に、まず実現可能性があるのかを現場の方に聞いて調査したのですが、少々意外だったのは農家の方のITリテラシーがとても高かったことです。スマホの操作はもちろんのこと、エクセルなどを用いて自分たちの収穫量を分析している方もいましたし、使える道具があるなら積極的に取り入れる方が多い印象を受けました。農家の方はエンジニア気質と言いますか、新しい肥料を使ったり、新しい作物に挑戦したりして、トライ&エラーを繰り返すことに慣れているんですね。どちらかというと、法規制などにより受け身の姿勢であった卸売業者の方が変化に対して消極的で、デジタル化には抵抗を感じていたようでした。

 UIについては、仮説と検証を繰り返しながら現場の方の意見を積極的に取り入れています。青果を扱うアプリなので、我々はどうしても緑色を使ったデザインにしてしまっていたのですが、晴れている屋外だと光の反射で緑色は見えにくいという意見をいただいて、紺と白をベースにした配色に変更しました。

「fudoloop」アプリ画面 「fudoloop」アプリ画面
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 2018年から約1年の開発期間を経て、ローンチしたのは2019年5月です。当初は出荷量の報告ができる機能のみのアプリでしたが、メッセージのやり取りができる機能を追加するなど、現場の方の声を取り入れながらバージョンアップを重ねていきました。

プロダクトを提供するだけでは終わらない--新たに見えてきた課題

――ローンチ後、現場の方からはどのような反応がありましたか。

 生産者である農家の方が事前に出荷報告を行うことで、量販店のバイイングパワーに負けない適正価格を実現することに一歩近づけたと思っています。実際に卸売業者の方からは、fudoloopの導入によって大きく売上げを伸ばすことができたという報告もいただきました。生産者である農家の方からも、手取りが増えたと効果を実感してもらっています。

 しかし、実際にローンチしたことで新たに見えてきた課題もあります。農家の方からは、fudoloopを通じて出荷量を報告するだけでなく、青果卸からも情報のフィードバックが欲しいという要望がありました。1週間先の価格が上がりそうなのか下がりそうなのか、暖房代のコストをかけてでも作物を作るべきなのか、投資をするべきなのか。農家の方と市場をつないで情報をループさせることで、生産者の方のモチベーションを上げられるというのも、fudoloopのローンチを通じて見えてきたことです。

 卸売業者の中には価格が下がるなどのマイナス情報を伝えたくないという考えの方もいるので、プロダクトを提供するだけでなく、文化も含めて市場を変えていく支援をしていきたいと思っています。

――青果の適正価格を実現する以外に、fudoloopで課題解決できたことはありますか。

 物流の課題に対しては、集荷場で荷物を待っているトラックドライバーの待ち時間を減らすことに貢献できたと思っています。これまでは農家の方たちがバラバラに青果を運び、荷物が集まるのを待ってドライバーが5時間くらい待機していることもありましたが、データで出荷量を見える化し、トラックドライバーのスケジュールに合わせて青果を運ぶことでそれを少しずつ改善できています。

 データによって解決できる課題はまだまだあるはずなので、今後も日々仮説を立てながら検証していきたいと考えています。

――fudoloopの今後の展望についてお聞かせください。

 現在、1万3000人ほどの農家の方にアプリを使っていただいていますが、まずはユーザーの数を増やし、適正な価格で収益を上げられることを実感してもらいたいと思っています。次に目指すのは、やはり強いバイイングパワーを持つ量販店の方々を巻き込み、発注管理などの仕事を効率化できるよう支援していくことです。

 そこからさらに、農家や卸売業者だけでなく、何らかの形で消費者まで、fudoloopの情報を届けていきたいという構想があります。今は出荷量を報告することがアプリの主な機能ですが、農家の方がもっといろいろな情報を入力できるようにしたいですし、消費者からも味や良かった点などをフィードバックして、情報がサプライチェーン全体でループするようにしたいです。

 時間はかかると思いますが、農家と市場、青果卸、流通を情報でつなぐことで、農業経営体数の減少を止め、物流の課題解決にも貢献していきたいと考えています。

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