本誌ビジネスニュースメディア「CNET Japan」は10月23日から11月2日、オンラインカンファレンス「CNET Japan FoodTech Festival 2023 フードテック最前線、日本の作る、育てる、残さないが変わる」を開催。10月30日には愛媛県を代表する旬な3社が登壇した。
愛媛県は、四国最大の人口と日本有数の観光名所を抱えており、地元の資源をいかしたフードテックの取り組みが活発だ。そのきっかけは、2021年12月に発足した愛媛県独自の取り組みとなる「EhimeFoodInnovation(EFI)コンソーシアム」だったという。
セッション当日は、「愛媛発、最新の食・フードテックのトレンドと販路開拓」と題して、真鯛をはじめ養殖業界の革新に挑むJABURO、愛媛ならでは柑橘果皮の活用に着目した愛媛製紙、地域特産品のライブコマースで販促DXを図るクリエ、CNET Japan 編集長の加納恵が登壇した。
3つの講演のあとは、インドから参加したというスペックホルダー代表取締役社長で、朝日インタラクティブ戦略アドバイザーの大野泰敬氏がモデレーターをつとめ、質疑応答も行われた。本稿では、3社3様の講演内容を詳しくレポートする。
最初に登壇したのは、JABURO代表取締役の赤坂竜太郎氏だ。赤坂氏は、大学院を卒業して約3年間、金融機関に勤めたのちに、赤坂水産に戻ってきて約10年間、養殖業に携わり、「白寿真鯛」「横綱ヒラメ」というブランド魚の立ち上げや、活魚運搬車を使った消費市場との直接取引など、さまざまな取り組みを進めてきたという。
赤坂氏が「衝撃を受けた」と振り返るのが、ノルウェーの養殖業者から聞いた、「30年前、水産先進国としてわれわれに多くの学びを与えてくれた日本に再び訪れてみると、30年前と全く同じ方法で魚を育てていた」という言葉だ。
いまやノルウェーは、世界を牽引するサーモンの養殖大国だ。日本国内の養殖業は、大企業でも年間売上1000億円に届かないが、ノルウェーの企業の一社はサーモンの養殖、加工、販売だけで、年間売上5000億円以上にのぼるという。
「30年前は圧倒的にノルウェーをリードしていた日本が、ずっと停滞している間に、ノルウェーに圧倒的な差をつけられるまでになってしまった。養殖業に携わって2年のときに気づき、それ以来8年間ずっと、この状況の要因や解決策を考え続けてきた」(赤坂氏)
そんな赤坂氏が出した結論が、このJABUROという会社だ。赤坂水産を含めて、愛媛県西予市で養殖業を営む、比較的大規模な3社が手を組み、JABUROを設立したという。
目的は、「日本の養殖業の先進化」。小規模な経営体が集まり、合同経営することで、フードテックと称されるAIやIoTの技術を、養殖に取り入れやすくしていくことを目指す。
JABUROが最初に着手したのは、赤坂水産が生み出し海外での高評価も得ていたブランド魚「白寿真鯛ゼロ」を、JABUROに参画する残りの2社へ展開すること。3社が同じように生産できる体制やマニュアルを整えたうえで、AI/IoTの給餌機を使って高度化させた。
赤坂氏は、「赤坂水産や私自身の利益を目的としたものではなく、水産業のため、この地方のため、さらには国民の皆様のためにやりたいということを、ご理解いただくまでがすごく大変で、そこはもう蜜にコミュニケーションを取りながら、自分という人間を信用してもらうということをやってきた」と明かす。
具体的な活動としては、植物由来の無魚粉飼料の採用と、サステナブルへの意識が高い海外向けのプロモーションに注力したという。
魚の消費量は世界的に右肩上がりだが、カタクチイワシを主原料とする餌は年々高騰している。しかし、植物性の無魚粉飼料による養殖に切り替えるとなると、難易度が非常に高いという。
そこで、最先端技術が搭載された給餌機を使用し、またいけすを大規模化することで、味わいを落とすことなく、成長効率を高めた。実際、海外での評価は非常に高く、「世界陸上のレセプションなどで使われるほど高い評価を得ている」(赤坂氏)という。
さらに今後は、物流クライシスともいわれる2024年問題を見据えて、活魚販売から冷凍販売への切り替えも図っていくという。JABUROに参画した3社だけではなく、愛媛県内のさまざまな企業と一体となって、約3年間で約4億円の事業費を投じ、無魚粉飼料で育てるマダイの効率化や、冷凍販売の強化に取り組む予定だ。
特に、ソフトバンクとは共同で、海中におけるAI活用に取り組むという。ソフトバンクが保有するCG技術「Foids」によって、魚の大きさや重さ、いけすのなかの魚の数などの推定、最終的には個体識別できることを目指しているという。
次に登壇したのは、愛媛製紙技術部の岡本一茂氏だ。もともと愛媛製紙は、板紙、家庭用薄葉紙の製造を主事業とする企業だが、中小企業庁の「戦略的基盤技術高度化支援事業」の採択を受けて、愛媛県や愛媛大学などとMaCSIE(柑橘セルロースナノファイバー)を共同開発した。
2021年からは、“柑橘果皮からできた植物由来の化粧品原料MaCSIE”として販売を開始。さらに、ここで培った「ナノペースト化技術」を活用し、さまざまな製品の受託開発へと事業の幅を広げているという。
「柑橘由来高機能ペーストMaCSIE」は、ジュース工場で廃棄物となっていた搾汁残渣の果皮を原料とし、主成分であるセルロース繊維を特殊な技術によってナノサイズまで細くしたものだ。
このナノ化されたセルロース繊維(セルロースナノファイバー:CNF)の働きによって、高温粘性、チクソ性などのさまざまな特性を持つ。また柑橘由来の有効成分によって、生理活性も併せ持つ。
つまりMaCSIEは、元の原料に付加価値を加えて、より商品価値の高い状態での再利用を目指す「アップサイクル原料」だといえる。また、薬品処理を行わず、水と、機械的な処理のみで製造しているため、「無添加、無変性の天然原料」でもあるという。
ちなみに、名称の由来は「Make Citrus Supreme Innovation by Ehime」。日本語では、「愛媛で柑橘に最高のイノベーションを」という意味で、県内の多くの機関や企業の力を合わせたことへの想いもこめたという。
そもそもCNFとは何かというと、「セルロース繊維を化学的または機械的に解繊(かいせん)し、繊維幅をナノオーダーまで細かくしたもの」だそう。
セルロース分子単位の強度は非常に強く、鉄の5分の1の軽さで5倍の強度といわれる。また、ナノ化することで高粘性、分散安定性、高透明性、チクソトロピー性といった物性が発現するという。
CNFの製造には大きく分けて化学的処理と機械的処理の2種類がある。化学的処理は、化学反応によってセルロース分子に電荷を持たせることで、分子間に生じる電気的反発を利用する方法で、均一に数ナノメーターまで解繊できる。一方、MaCSIEの製造で用いられている機械的処理は、セルロースに直接力を加えて約20ナノメーターまで解繊できるという。
なぜ、製紙会社である愛媛製紙が、CNFの開発に挑んだのか。その理由は、愛媛県特産のみかんジュース製造において搾汁残渣として年間5000トン以上の柑橘果皮が生じることや、CNFは製紙における叩解技術の応用によって製造可能であること、また柑橘果皮にはセルロースが多く含まれていることに着目して、「愛媛県の企業らしい特徴ある、かつSDGsにも沿った製品開発を」という想いからだった。
ちなみに、以前は木材パルプ由来のCNFの研究開発にも取り組んでいたが、柑橘果皮を原料とすることで、木材由来のものとは異なりの柑橘の有効成分も利用できる点にも、注目したそうだ。
2018年度戦略的基盤技術高度化事業の採択を受けて、愛媛県産業技術研究所、産業技術総合研究所、愛媛大学、愛媛県の化粧品メーカーであるアイテックとともに、産学官の連携で研究を進め、3年間の補助事業を経て、2021年4月からMaCSIEという名称で販売を開始した。
ラインアップは、伊予柑の外皮を原料とした「MaCSIE Iyo」と、甘夏の内皮を原料とした「MaCSIE Amanatsu」の2種類で、昨今の環境配慮への意識の高まりから、「廃棄物の再利用」に対する評価が高まっているという。2種類とも、機械的な処理で製造しており、化粧品や食品向けに販売している。
岡本氏は途中、一般的な木材由来CNFとMaCSIEの違いや、MaCSIEに含まれる主な有効成分と含有量、報告されている効果などについても、丁寧に説明した。
岡本氏は講演後半では、MaCSIEの機能性と用途について整理した。たとえば、「高粘性」や「チクソ性」を生かせば、伸びの良いクリームやスプレーできるゲルなどになる。
「分散安定性」は、不溶性成分の沈降抑制や、具材の沈まない調味料などの開発にも役立つ。柑橘由来ならではの柑橘風味の付与や、味のマスキング効果も望めるという。
また、MaCSIE単体で水と油1対1の条件まで乳化安定が可能なことを確認しており、乳化剤としての機能がある。
乳化状態においても、ナノオーダーの油滴をCNFで覆い、それをネットワーク構造で支えて乳化していることを確認しており、有効成分の吸着や、保護、難溶性、不溶性成分の見かけ上の可溶化などの機能もあるという。
アイスクリームやチョコレートに添加すると、溶けにくくなる効果があるのは面白い。MaCSIEを5%添加するだけで、無添加品が写真のように溶けてしまう状況においても、溶けずに形を保っていた。
製品化第一号は、愛媛県内の企業であるNM FIRMが手がけている。植物由来原料を主に使用した化粧品にMaCSIEを採用した。
食品においては、宝酒造が2023年夏期限定で全国販売した、「寶丸おろし夏みかん」酎ハイに採用されたという。
愛媛製紙では、MaCSIEに限らず、ナノペースト化の受託加工も行なっているという。岡本氏は、「原理的にはセルロース繊維を含むものであれば、他の果物類や、野菜類、豆類などでも、さまざまな物性を持ったナノペーストを製造することが可能だ」と話し、このように呼びかけて講演を終えた。
「弊社のナノペースト化技術をご活用いただき、現在取り扱われている商品のラインナップ増加や、高機能化、添加物として使用している化成品から天然原料への置き換え、添加物表示の削減、製造工程において廃棄物になっているもののアップサイクル化などを実現していただけると考えている」(岡本氏)
最後に登壇したのは、クリエ代表取締役出口友子氏だ。同社は、愛媛県のスタートアップとして、ライブコマース事業を主軸とした販促DXに取り組んでいるという。
もともとクリエは、ウェブ制作と地域創生に軸を置き、東京渋谷にて創業したという。しかし、すぐにコロナ禍の緊急事態宣言に突入した。
愛媛に拠点を移すきっかけになったのは、真鯛養殖業社からのSOSだった。ステイホームが叫ばれるなか真鯛が市場に売れなくなって、いけすに残っている。なんとかウェブの力で助けてもらえないだろうかと、相談を受けたのだ。
もともとカメラマンとして、地元のテレビ局でも仕事をしていたという出口氏は、このときいち早く「ライブコマース」という新しい販促手段を選んだ。
「当時、ライブコマースに取り組むのは全国的なコスメやアパレルが中心。地域の特産品に特化をして配信、販売していくのは、珍しい取り組みだった」(出口氏)
まずは、愛媛発のオリジナルのライブコマースの専門番組を、「YouTube」で立ち上げた。愛媛から50回以上配信し、チャンネル視聴者数は5万人を超えた。例えば、番組内でマグロをさばいて、そのまま販売までという、ライブ感ある企画なども手がけた。
コロナ禍において、愛媛にいながら全国に特産品を販売していく、という斬新な手段は、全国規模のメディアにも数多く取り上げられたという。
しかし、この3年間を振り返ると決して順風満帆ではなかったそうだ。1年目は、完全に持ち出しでスタート。社内にノウハウもないなか、ライブコマースシステムが不安定、電波がない、何よりも地元の理解がなかなか得られず苦労したという。
2年目は、愛媛県の「きずな博」との協業が開始し、年間24回配信できた。また、1年間の視聴者数も約2万人と、安定してきた。しかし一方で、視聴者数の75%を広告からの流入に頼り、「ライブコマースは広告費がかかる。事業の黒字化は不可能だ」と指摘された。また、1年間の購入者数は156人、購入率は0.78%と苦戦。出口氏は、「ユーザーのニーズと商品がアンマッチだった」と振り返る。
絶望的なまま迎えた3年目、転機が訪れた。きっかけは、コロナ禍でメインの航空事業が大打撃を受けるなか、非航空事業として地域創生に取り組んでいたANAグループとの協業だ。
ANAとしても全国で初めて、ライブコマースという手段を用いたということで、最初は3回のみのコラボ配信という話だったが、粘り強い交渉で現在まで2年間継続しているという。
結果もついてきている。3年間で170社のさまざまな商材を取り扱ってきたなかで、真珠という1つのヒット商品を生むことができたのだ。愛媛県宇和島の真珠で、250万円という売り上げを達成したという。
改めて、同社のこだわりは、「現地からの生配信」と出口氏はいう。また、「どの地域にも、“ポスト真珠”になり得る特産品があるはずだ。今後は、愛媛プラスアルファ、他の地域ともぜひコラボレーションしながら、全国に広げていきたい」と力強く語った。
地方企業で唯一、「ライブコマース・サービスカオスマップ2023年版」に取り上げられたというクリエ。次のチャレンジは、システム面の強化だ。ソフトバンクが出資したFireworkが日本国内でも使えるようになったことを受けて、早速11月から契約したという。
出口氏は、「将来的には、ドローン配送や冷凍技術など、新しいテクノロジーをライブコマースと掛け合わせて、地域創生の可能性をさらに広げていきたい」と話した。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
「程よく明るい」照明がオフィスにもたらす
業務生産性の向上への意外な効果
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
住環境に求められる「安心、安全、快適」
を可視化するための“ものさし”とは?