今年の夏は、日本が記録的な暑さだったことは記憶に新しい。気象庁は、2023年夏(2023年6~8月)の平均気温は、「1898年以降で、夏として最も高くなった」と発表。統計開始以来、北日本と東日本で1位、西日本で1位タイの高温となったという。
暑さと関連するのがエアコンの売れ行きだ。暑くなれば売れるというのが業界の常識だが、実は、2023年夏のエアコンの売れ行きは芳しくない。
一般社団法人 日本冷凍空調工業会(JRAIA)の調査によると、気象庁が夏と定義している2023年6~8月は、毎月前年割れで推移。9月単月は前年実績を上回ったものの、その9月を含む家電各社の第3四半期(2023年7~9月)に集計しなおしても、前年同期比2.1%減の243万1000台と、前年割れの結果となった。
家電各社の決算を見ても、エアコンには厳しさが見られる。ダイキン工業 社長兼CEOの十河政則氏は、「空調事業は需要が停滞し、事業環境は当初想定以上に厳しいものになった。住宅用エアコンは、消費マインドが冷え込んでいる」とコメント。日立グローバルライフソリューションズ 常務取締役 COOの伊藤芳子氏は、「エアコンは、今年夏は未曽有の猛暑となったが、市場全体では、前年同期比3%減という厳しい市場環境だったと認識している」と語る。
さらに、シャープ 副社長の沖津雅浩氏も、「2023年6月までに、販売店に相当の台数を納入していたこともあり、販売店からお客様への販売台数は大きかったが、メーカーから販売店への出荷台数は前年同期を割り込んだ」と指摘する。
実は、異例ともいえる猛暑にもかかわらず、エアコンが低迷した背景にはいくつかの理由がある。
1つ目は、シャープの沖津副社長が指摘するように、エアコンの流通在庫が市場に蓄積していた点だ。
ダイキンの十河社長兼CEOも、「国内空調市場は、2022年から2023年前半にかけて、流通在庫が溜まっていた。だが、夏の猛暑でかなり捌けた。それにより、下期以降には期待ができる」と語る。
量販店などでの販売状況を集計するGfK Japanによると、2023年7~8月には、前年同期比24%増という実績を達成している。流通在庫が一掃されたことを裏づける数字とみることもできるだろう。だが、同社の調査でも上期全体では、平年の実績には及ばず、2023年1~8月の販売実績では、前年同期比8%減、平年実績比では13%減という厳しい状況になっている。
ちなみに、北海道や東北では、7~8月の販売実績が前年同期比2倍増となっている。北海道では7月末から40日連続で35度以上の真夏日となったことが背景にある。夏場のエアコン需要を創出したといえる。
エアコンが低迷した理由として、2つ目は、前年同期には、上海ロックダウンが解除された影響で、出荷数量が増加傾向にあった時期で、その比較となったことで、出荷数量が低く見えたことがあげられる。また、3つ目には、外出機会が増加したことで、旅行やレジャーなどの外向け支出が拡大。耐久消費財全体に対する購入が減少傾向にあったこと、4つ目には物価上昇や電気料金上昇による消費者マインドの冷え込みがあること、そして、5つ目には、2019年10月の消費増税、コロナ禍での特別定額給付金によって、エアコンの販売数が増加しており、需要を先食い。買い替えのサイクルには当たらず、需要低迷が長期化している点も背景のひとつだ。
こうした理由が積み重なって、猛暑であっても、エアコンの出荷が低迷したといっていい。
ダイキンの十河社長兼CEOは、「猛暑で流通在庫は掃けたが、それ以上の重要はなかった」と指摘する。
だが、エアコンの販売が好調な企業には共通した傾向がある。それは省エネと清潔性である。
ダイキンの十河社長兼CEOは、「戦略的売価施策の徹底と、省エネニーズに対応した高付加価値機種の提案を強化した。とくに、電気代が高騰しており、省エネニーズの拡大を背景に、『うるさらX』を中心にした省エネ提案を強化し、シェアを拡大した。電気代が安くなるという理由から、エアコンを買い替えるニーズが生まれている」と述べた。同社では、国内住宅用エアコンにおいてシェアを拡大し、22%のシェアを獲得。トップシェアを維持しているという。
また、日立ジョンソンコントロールズ空調 ヴァイスプレジデント兼日本・アジア地域ゼネラルマネジャーの泉田金太郎氏は、「上期実績は12%増と大きくシェアを伸ばし、過去最高のシェアとなった。新製品では、2倍の空気清浄能力を持ち、においを消したり、花粉を取り除く機能を進化させた。また、冷やすだけでなく、暖房にも適している。自信を持って市場に投入することができる製品である」と語る。
シャープの沖津副社長も、「電気代の高騰により、省エネに対するニーズへのシフトしている状況がみられる」と指摘する。
エアコンは、室内空気に対する関心の高まりや、猛暑が続く日本の環境変化、エネルギー価格の高騰といった社会課題に、最も直面している家電のひとつである。そうした観点からの訴求がエアコンの販売増加に影響することになりそうだ。
だが、エアコン市場には、依然として危機感があるのも事実である。これだけの厳しい暑さが続いた夏であって、需要が低迷したことは、暑さだけではエアコンが売れないという時代が訪れたともいえるからだ。
ダイキンの十河社長兼CEOは、「これまでとは異なる新たな価値を作らなくてはならない。しっかりと冷やし、しっかりと暖めることは当然。安心安全、快適、健康であることも同様である。これに加えて、新たなサステナビティの価値を提供することが必要である。今後は、すべてを再生材料で作ったエアコンに価値を見出すといった消費が生まれる可能性もある。2030年という先を考えると、そうした要素も必要になると語る。
厳しい夏の経験は、これからのエアコンのモノづくりや販売戦略の再考を促すことになったともいえそうだ。
一方で、家電各社の上期決算からは、家電市場全体の低迷ぶりも浮き彫りになっている。
シャープの沖津副社長は、「国内家電市場全体でみると、美容家電以外は前年実績を割っている状況にある。さらに、今年は暖冬であるとの予測も出ており、これからの冬物の動きも厳しくなりそうだ」と指摘する。
シャープの家電事業を含むスマートライフ&エナジーは売上高が前年同期比11.5%減の2233億円、営業利益は18.0%減の142億円と減収減益となり、個人消費が旅行や外食などの外向き消費にシフトしたことを、家電需要低迷の理由にあげる。
日立グローバルライフソリューションズは、国内需要の低迷などを背景に、売上収益は前年同期比7%減の989億円、Adjusted EBITAは48億円減の75億円と減収減益。「コロナ禍では家電の販売が大きく増加したが、いまはその反動がある。2024年度以降に戻してくると見ている」(日立製作所 副社長兼CFOの河村芳彦氏)と語る。
パナソニックホールディングス副社長兼グループCFOの梅田博和氏は、「上期は、家電や空質空調が苦戦した。業界全体の実需が前年を下回っている。だが、美容家電は堅調に推移したが、洗濯機は新製品に切り替わる狭間だったことがマイナスに影響した」と説明した。パナソニックのくらしアプライアンス社の売上高は前年同期比4%減の4199億円、調整後営業利益は26億円減の242億円と、こちらも減収減益になっている。
また、ソニーグループでは、テレビやデジカメを含むエンタテインメント・テクノロジー&サービス(ET&S)分野の売上高は前年同期比4%減の1兆1853億円、営業利益は11%減の1167億円、調整後OIBDAは6%減の1684億円とやはり減収減益。ソニーグループ 執行役員の早川禎彦氏は、「第2四半期だけを見ても、前年同期には、上海ロックダウンからの回復による需要増があった反動で、売上高が9%減となっている。テレビの市場環境は厳しく、需要の低迷や価格競争激化に対して、先行して販売計画を保守的に見直し、販売リスクや在庫リスクを抑制するとともに、コスト削減施策を前倒しで進める」と厳しい姿勢をみせる。
一般社団法人 日本電機工業会(JEMA)によると、2023年度上期の民生用電気機器市場は、前年同期比3.2%減の1兆3116 億円となった。
だが、明るい材料は、高機能や高付加価値化した家電の販売比率が高まっていることだ。これは、日本の家電メーカーが得意する部分でもある。
JEMAの調査によると、洗濯機ではドラム式の構成比が5%増加。電子レンジでは幅広い機能を持ったオーブンレンジが6割を占めた。また、ジャー炊飯器ではIH式が約7割を占め、ご飯の食味や食感を追求した高機能製品の需要が継続しているという。
シャープの沖津副社長は、「コロナ禍以降は、いいものを買うという傾向が続いている。台数が減っても、金額の落ち込みは少ないと考えている」とする。
付加価値家電を展開するバルミューダでは、2023年10月に発売したステンレスホットプレートの「BALMUDA The Plate Pro」を発売。1週間で5000台以上を販売したという。バルミューダ 社長の寺尾玄氏は、「想定を上回る良好な売れ行きで、いまも強い売りが続いている。バルミューダらしい、他社とは違う、尖った商品が出せた」と手応えを示す。
このように、高機能モデルの販売が増加しており、それが国内家電メーカーの差別化につながっている。また、パナソニックや日立グローバルライフソリューションズでは、指定価格制度を開始し、付加価値を訴求しやすい施策へと乗り出した動きも見逃せない。決算の数字や市場動向から見ても、日本の家電メーカーの付加価値戦略が、より加速する流れが顕在化してきたといえそうだ。
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