北海道での旅行計画を練っていた筆者は、訪問予定地のウェブサイトで、ユニークな写真を見つけた。なんと、馬の上でPC作業をしているのだ。
この写真を掲載したサイトを運営しているのは、北海道の浦河町。件の画像は、ワーケーションやテレワークの誘致を目的とした、町が運営するポータルサイトに掲載されていたものだ。
乗馬が趣味の筆者(といってもまだまだ初心者なのだが)にとって、この画像は、まさに琴線に触れるものがあった。
馬とともにある街、浦河町。同町の移住交流テレワーク誘致推進室で、移住交流推進係長を勤める谷口亮介氏に、町のワーケーションやテレワークへの取り組みを聞いた。
浦河町は、北海道の日高地方にある町だ。車では、新千歳空港からおよそ2時間30分、帯広空港から1時間30分程度の場所にある。
日高地方は馬産地として知られ、大企業によるものから個人経営ものまで、大小さまざまな牧場が数多く存在する。浦河町内には日本中央競馬会(JRA)の「日高育成牧場」もあり、東京都渋谷区とほぼ同じ面積という広大な土地を利用し、馬たちが日々トレーニングに励んでいる。
畜産業だけでなく、観光においても、馬は大きなキーワードだ。たとえば、浦河町内で第三セクターが運営しているホテル「優駿ビレッジ AERU」では、敷地内に厩舎を設け、馬をけい養している。ゴルフやスキーといったアクティビティの中に、乗馬トレッキングメニューを用意しているのだ。2021年にはゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」が大ヒットしたが、同作キャラクターのモデルになった馬も、AERUでけい養されている。
浦河町でワーケーション推進事業を始めたのは、2020年度のこと。ただ谷口氏は、「テレワーク推進事業はそれ以前から、移住体験という形で事業を進めていた」と説明する。ワーケーションという形での推進を始めたきっかけはコロナ禍。同時期にリモートワークが普及し、多くの自治体がワーケーションの受け入れを進めていた時期に、浦河町も同様に事業展開に至ったのだという。
その浦河でワーケーションをするにあたっての魅力は何か。谷口氏は、「馬産地ということで、やはり『馬』が一つのキーワードになると思う」と言う。「『バケーション』の部分では、AERUで飼育されている馬ににんじんをあげたりと、馬とのふれあいができる」と語る谷口氏。AERU同様、ホテル内で馬を飼育し、体験乗馬や敷地外でのトレッキングが可能な施設は他の地域にもあるが、周囲に馬の関連施設が広がり、馬に囲まれた環境を楽しめるのは、全国でも数少ないだろう。
もちろん、馬以外の観光要素もある。谷口氏は、「自然が多いので、これを活かしたアクティビティを、観光協会が用意している」と、「オオワシ・オジロワシウォッチング」や「干物づくり体験」などのコンテンツも挙げた。
これまたユニークなのが、谷口氏ら、浦河町の担当者による、浦河町内の案内だ。スーパーやコンビニ、飲食店、観光名所などを、要望に沿ったルートで紹介してくれる。先述した体験移住者向けのプログラムを、ワーケーションでの訪問者にも適用したのだという。
さらに、浦河町のワーケーション事業は、「ワーク」の部分でも馬を意識する。
浦河町が用意するワークスペースは、シェアスペースや乗馬公園内の建物など。その中には、AERUの厩(きゅう)舎、つまり馬が暮らす建物内というものがあるのだ。部屋自体は一般的な会議室のようで、もちろん寝わらの上で作業をするという環境ではない。しかし、なぜ厩舎にスペースを設けたのか。
谷口氏は、「ワークスペースは、新しい施設を作ると費用が掛かってしまうので、すべて既存の施設を活用して整備した」と説明。その中で、「他と差別化しようと、馬産地らしい、とがったものを整備しようと考えた」(谷口氏)結果、恐らく全国でも浦河町だけの、独特なワークスペースが誕生したのだという。
そして、冒頭で紹介した、馬の上でPC作業をしている写真だ。谷口氏によると、氏の前任者が企画したため、詳細は把握していないとしつつ、「『馬』をキーワードにワーケーション、テレワーク推進事業を進めるということで、あの写真の撮影に至った」のだという。馬上の人物は、町の職員とのことだ。
なお、乗馬というアクティビティは、非常に危険というわけではないのだが、一方で絶対に安全とも言えない。動物を相手にするため、不意に騎乗者が意図しない動きを馬がする可能性もあるのだ。もちろん、初心者や初体験者が乗る馬ならば温厚なことが多いのだが、それにも絶対はない。
つまり、件の写真はあくまでイメージ写真であるということ。専門家の指導の下、安全性に配慮して撮影した写真なのだ。谷口氏も、「同じ構図の写真を撮りたいという要望をいただくことがあるが、安全のためにすべてお断りしている」と説明している。
先述したように、浦河町では以前から、体験移住の取り組みを実施してきた。町が体験移住用の住宅を複数用意しており、移住や短期滞在を検討する人へ提供しているのだ。谷口氏によると、完全に移住するのはハードルが高いと思われている一方で、毎年のように浦河へ「短期移住」する人は多いという。
この体験移住用住宅を活かし、2023年に「保育園留学(R)」というプログラムも始まった。浦河町とキッチハイクが手掛けたもので、町内の幼保連携型認定こども園「浦河フレンド森のようちえん」が舞台となる。浦河に1~3週間滞在する家族が対象で、期間中に1歳~5歳の子供をこども園が預かってくれるというプランだ。こども園は2022年にオープンしたばかりだといい、谷口氏は「満足度はかなり高い」と説明する。
プログラムは体験移住用住宅の宿泊利用がセットになっており、滞在中はここでリモートワークができる。加えて、こども園近隣のコワーキングスペースも利用可能だ。平日は、親はリモートワーク、子供は園で自然と触れあい、休みの日には町営の乗馬クラブやAERUで馬と触れあうといった体験ができるだろう。
また、2023年3月には、「浦河町ワーケーション誘致推進補助金」も創設した。企業を対象とした補助金で、交通費や、浦河町内の宿泊費、テレワークオフィス使用料に対し、1企業あたり最大12万円の補助が出るという。谷口氏は、「個人の方のワーケーションは多いが、企業としての訪問もしやすい環境を整備し、誘致するために創設した」と説明。問い合わせは増えてきていると、その手ごたえを語った。
浦河では、かつてはJRの日高本線が町内を通っていたが、2015年の高波被害により運休となり、そのまま廃止。2023年現在、公共交通機関は高速バスを含む路線バスのみ。訪問にはバスかクルマを利用する必要があり、訪問のハードルは低くはない。
それでも、「馬とともに過ごすワーケーション」というのは、やはり他の地域にはない魅力だろう。道路を走っていると、道路沿いの牧場で草をはむ馬が見られる地域で、かつワーケーションの環境が整えられている。そんな自治体は、全国でもあまり例はない。浦河では、馬産地ならではの「馬とともに過ごす」ワーケーションが楽しめるのだ。
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