イタンジは5月16日、医療サービスのカケハシ、建設DXに取り組むスパイダープラスと共に「Vertical SaaS 3社合同ラウンドテーブル」を開催した。カケハシ代表取締役CEOの中川貴史氏、スパイダープラス取締役執行役員COOの鈴木雅人氏、イタンジ代表取締役執行役員CEOの野口真平氏が登壇し、モデレーターをクラフトデータ代表取締役社長の早船明夫氏が務めた。
カケハシは、調剤薬局を起点に医療サービスを提供しているヘルスケアスタートアップ。電子薬歴、服薬指導システム「Musubi」を中心に、薬局向けデータプラットフォーム「Musubi Insight」、患者フォローアップアプリ「Pocket Musubi」、医薬品在庫管理、発注システム「Musubi AI在庫管理」、医薬品二次流通サービス「Pharmarket」など関連プロダクトを複数展開している。テクノロジーを通じて、超高齢化社会における医療従事者の不足、薬局でのデジタル活用の遅れなどの課題解決に取り組む。
スパイダープラスは、図面、現場施工管理アプリ「SPIDERPLUS」を展開。高齢化、後継者不足、長時間労働などの建設業の課題に向き合い、サービスの導入によって業界の労働時間削減を図る。「大手スーパーゼネコンから電気、空調、衛生設備会社までユーザーは拡大している」と鈴木氏は語る。
イタンジは、「ITANDI BB」などの不動産仲介、管理に関わるサービスを数多く展開する。郵送、手渡し、FAXでの書類のやり取りや手書きの申し込み書などの電子化を進め、リアルタイムで情報が更新できるようにするなど賃貸業の課題解決に取り組んでいる。
モデレーターの早船氏によると、「バーティカルSaaSは特定業界向けの小さな市場ではない」とのこと。ここ数年でバーティカルSaaSスタートアップにおける投資は加速しており、カケハシ、アンドパッドなどが大型資金調達を実施している。ホリゾンタルSaaSと比較しても、各業界におけるSaaS支出額のポテンシャルは高いという。
バーティカルSaaS企業が取り組むべき戦略として、「単にSaaSを提供するのではなく、近接する領域や類似性の高い業界にも展開していく、中小規模からエンタープライズまで幅広く攻略するなど、実現可能な最大の市場規模を狙っていく必要がある」と早船氏は語る。
各業界の課題、共通点の探求、成長戦略について早船氏が尋ねると、カケハシの中川氏は「薬局は国内に約6万店あると言われている。大手のドラッグストア、調剤チェーンなどは1万数千店で、他は個人で経営しているような小さな店舗が多い。そのため最初は中小規模の薬局のニーズに合ったプロダクトを開発し、実績を積んだあとに大手に対応できる機能を拡張していった。営業も各セグメントに合わせて変えてきた」と、自社が行ってきたアプローチについて回答。
イタンジの野口氏は「不動産業界の働き手は年齢層が高く、賃貸物件を借りる側である20~30代の消費者と年齢のギャップがあることが課題だ。不動産会社の顧客はオーナーと消費者の2者がおり、これまではオーナー側を優先してきたため、消費者体験があまり重要視されてこなかった。しかしインターネットの普及により各不動産会社への評価が可視化されてきたため、近年は消費者体験も見直され始めている。また、大手の不動産会社の取引も中小規模の会社を通して行われることが多いため、町中にある中小規模の不動産会社のデジタル化が進まないと、大手のデジタル化も進まないといった状況がある」と業界の現状を話した。
スパイダープラスの鈴木氏は「建設業の現場は大手のスーパーゼネコンと、サブコンと呼ばれる下請けの会社、そのまた下請けの会社などが集まって複数の企業で構成されている。総合建設業の会社と空調や電気の工事をしている会社では働き方などが微妙に異なるが、現場にいるすべての人が図面を見るという点は同じ。それぞれに切り分けて複数のプロダクトを展開することもできるが、1つのプロダクトに集約している」と自社の戦略を語った。
特定業界向けのサービスであるバーティカルSaaSは、法改正、また高齢層にもスマートフォンやタブレット端末が普及するなどの外部環境の変化による影響を受けることがある。それぞれの業界において近年どのような変化があったかを早船氏が尋ねると、2024年に「働き方改革関連法」が適用される建設業でプロダクトを展開しているスパイダープラスの鈴木氏は、「法適用を控え、各社は残業時間を抑えるための業務効率化に必死に取り組んでいる。プロダクトの必要性は理解してもらえている」と話す。
イタンジの野口氏は「不動産業界では、2022年に『宅地建物取引業法』が改正され、賃貸借取引は店舗で書面を交付する必要がなくなり、電子契約が可能になった」とコメント。繁忙期においては、件数ベースで電子取引の約半分をイタンジのプロダクトが占めたという。
医療サービスを展開するカケハシの中川氏は、「消費者に近いところで言うと、近年の大きな話題はマイナンバーカードの保険証化、処方箋の電子化などがある。オンラインでの診療や服薬指導も可能になった。薬局側が単に薬を渡す場所ではなく、患者へのカウンセリングや服薬指導を行う場に変化しようとしている」と回答した。
最後に早船氏が各業界の今後の展望について尋ねると、中川氏は「電子化によって、カウンセリングや服薬指導を適切に行っている薬剤師や医療従事者を評価し、自分に合った医療従事者を消費者が選べるような世界になっていったら面白いと思う。また、後発医薬品が足りていないという問題もある。利益の出る薬はいろいろな会社が殺到し薬を作りたがるが、利益の少ない薬はどこもあまり作りたがらない。薬局のデータから国内での需給バランスがわかるようにし、安定的に高い品質の医薬品を提供できる世界を作っていきたい」と語った。
「建設業はオリンピックや万博などが開催されるたびに盛り上がるが、働き手は減り続けていくことがデータから判明している。業務効率化を進め、1人で複数の現場の監督も務められるような世界にしていく必要がある」と話すのは、スパイダープラスの鈴木氏。
イタンジの野口氏は、「不動産業界は高齢化しており、働き手が不足している。しかし、住まいに関するサービスの質を落としたくはないため、業務を効率化していく必要がある。現在、不動産業の仕事は電話やFAXなどでのコミュニケーションから成り立っていることが多いため、電子化を進めこの業界のインフラのような存在になっていきたい」と語った。
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