菅義偉前政権による携帯料金引き下げ政策の影響がピークを過ぎ、安定を取り戻すかに見えた2022年の携帯電話業界。だが楽天モバイルの「月額0円」廃止やプラチナバンドの再割り当て議論、およそ3日にわたって続いたKDDIの大規模通信障害、そして円安や「1円スマホ」問題など、大きな出来事が相次ぎ業界全体が混沌とした1年となってしまった感がある。
そうした中から衛星通信やデュアルSIM需要の開拓など新しい市場を創出する動きも見られる一方、本来注力が必要な5Gへの関心が低下の一途をたどるなど将来に向けた不安も見え隠れする。2023年こそはポジティブな発展を見ることができるのだろうか。
携帯電話業界はこの数年間、元首相の菅義偉氏による携帯料金引き下げ政策に大きく揺れた。だが2021年に携帯各社が料金を大幅に引き下げたプランを打ち出し、さらに菅氏が首相を退任し総務省への影響力も弱まったことから、2022年は一部の例外を除いて料金に大きな変化は見られなかったようだ。
その例外となったのが楽天モバイルである。同社は2022年5月13日、新しい料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VII」を発表したのだが、2021年に投入した「Rakuten UN-LIMIT VI」から、実質的に月額0円で利用できる仕組みを廃した内容であったことが大きな波紋を呼んだのである。
月額0円の仕組みはユーザーから非常に好評を得て、楽天モバイルが契約を伸ばす要因にもなっていた。それだけに、月額0円で利用できなくなることを嫌うユーザーが競合他社のサービスに流出する動きが加速。同社は2022年4月に携帯電話事業による契約数が500万に達したとしていたが、執筆時点での最新の数字となる2022年9月末の契約数は455万と、月額0円廃止で45万もの契約が失われる結果となっている。
そしてこの動きはもちろん、競合サービスの契約を大きく伸ばすことにもつながっている。実際、同じ月額0円で利用できるKDDIの「povo 2.0」や、MVNOの「IIJmio」などは、楽天モバイルが月額0円廃止の発表直後から申し込みが集中。その後も低価格帯のサービスを中心として一時は楽天モバイルからの乗り換えを狙ったキャンペーン合戦が相次ぎ、楽天モバイルが“草刈り場”となってしまった感は否めないだろう。
なぜ楽天モバイルが月額0円施策を止めたのかといえば、それは楽天モバイルへの先行投資で楽天グループの経営が非常に苦しい状態にあるためだ。2022年11月11日に発表された楽天グループの2022年12月期第3四半期決算は2580億円の赤字と、赤字幅が前年同期の倍にまで拡大。傘下企業の上場などで資金調達を急いでいる状況だ。
しかも楽天モバイルが黒字化を目指すとしていた2023年まで、あと1年しかない。それだけに楽天モバイル自体の売上も増やしていく必要があり、月額0円施策の終了へとつながったというのが正直な所であろう。そのこと自体はやむを得ない部分があると感じる一方、利用者をこれだけ逃がしてしまっている以上、顧客とのコミュニケーションには課題が少なからずあったというのも正直な所。2023年にその反省を生かして加入者を増やせるかどうかは、同社の今後を左右する大きな分岐点となりそうだ。
もう1つ業界、ひいては社会的に大きな影響を与えた出来事となったのは、2022年7月2日に発生したKDDIの大規模通信障害であろう。この通信障害では音声通話を担う「VoLTE交換機」が輻輳するなどコアネットワーク全体に影響が及び、復旧までおよそ3日を要する非常に大規模なものとなった。
その結果KDDI回線を利用したサービスで、音声通話を主体として長時間利用できない状態が続いたほか、一部のIoT通信サービスにも影響が及び、それらを利用している気象観測所や一部銀行のATMなども利用できない事態となった。KDDIによるとその影響は音声通話利用者2278万人、データ通信利用者765万人に及んだとされており、連日マスメディアで報道されるなど社会的に非常に大きな影響を与えたことは間違いない。
そしてこの通信障害を機として注目されたのが、特定の事業者の回線で通信できない時、一時的に他社の回線に乗り入れて通信を維持する「非常時ローミング」である。だがその実現に向け課題となったのが、警察や消防などから通報者に折り返し電話をかけ、通報者の状況を確認する「呼び返し」の存在だ。
呼び返しの実現には技術的に複雑で時間がかかることから意見が分かれていたのだが、警察や消防などからの強い要望を受け総務省は後者を選択。だがKDDIの通信障害の時のように、コアネットワークに不具合が起きるとローミング自体が不可能になってしまう。それゆえ総務省では、呼び返しはできないが緊急通報だけはできる「緊急通報のみを可能とするローミング方式」の実現に向け模索を続ける方針も同時に示しており、2023年はその議論の行方が注目される。
また一連の通信障害を受け、SIMを2枚挿入できる「デュアルSIM」の仕組みを生かして自らバックアップ回線を持つというニーズも急速に高まっており、とりわけeSIMが利用できるMVNOの低価格のサービスなどがそうした需要を満たすサービスとして人気となった。MVNOの視点から見れば、先に触れた楽天モバイルの月額0円施策廃止とKDDIの通信障害によって“特需”に沸いた1年だったといえそうだ。
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