日本発の植物工場スタートアップ「スプレッド」、世界からも注目される「技術と戦略」とは

 朝日インタラクティブは10月24日から平日8日間に渡り、4回目となる「フードテックフェスティバル」をオンラインで開催した。2日目に登壇したのは、植物工場スタートアップで8月に総額40億円の大型資金調達も達成したスプレッドの代表取締役社長 稲田信二氏だ。

スプレッドの代表取締役社長 稲田信二氏(右下)
スプレッドの代表取締役社長 稲田信二氏(右下)

 レタス市場は、日本国内は1650億円だが、グローバルでは7兆円超え、人口の増加に伴って安定的に拡大し続けており、同社の植物工場事業は世界から注目を集めているという。本稿では、「植物工場が切り拓く、農業の未来」と題して行われた稲田氏の講演をレポートする。


食料を安定的に供給する、「新たなインフラ創造」目指す

 最初に、「地球が本来持っている食料生産力は、約20億人分だと聞いている。現在、世界の人口は80億人を超え、将来は100億人に迫るという。地球に大きな負荷がかかっていることを認識し、新しい食料生産の方法を考えて、農業生産量を増やす必要がある」と、稲田氏は切り出した。

 2006年に設立したスプレッドは、植物工場の技術の開発、工場の運営、野菜の販売まで、トータルで植物工場事業に取り組んでいる。売上高は17.1億円(2022年3月期)だ。

 「地球がもたらす食の恵みを、創造性を持って最大化する」というミッションを掲げ、生産地と消費地を限りなく近づける「究極の地産地消」を目指す。稲田氏は、植物工場事業に参入したきっかけを、このように話す。

 「2001年から青果流通事業を営むなかで、産地が変わる、生産量が減るなど、日本の農業の変化を感じた。実際に農家さんを回ると、自分の代で農業は辞めたい、息子には継がないように言っている、昔に比べてだいぶ収量が落ちたなどの話もあった。日本の農業の将来どうなるのだろうと危機感を感じた」(稲田氏)



 さらに、世界の農業生産にも不安を覚えたという。2020年以降の予測を見ると、人口がさらに増えるのに対して、穀物生産量は20億トンのまま、「農業生産の限界」が指摘されているのだ。地球環境への影響も考えると、農業生産のあり方を見直す時期だという。

 供給面でも、1日1人あたりのカロリー摂取量を先進国、新興国や、途上国、アフリカ諸国で比べると、バランスは悪い。稲田氏は「いくら生産量を上げても、手に取れない人たちがいるという、根本的な問題は解決できない」と話す。

 人口が増えて食料需要が上がれば、市場規模としては2030年には1360兆円に成長する一方で、昨今の気候変動、コロナ拡大、ウクライナ侵攻などによって、食料の供給や価格という面において、食料安全保障のリスクが大きく高まっているのだ。


 稲田氏は、「この社会課題を解決するために、経済格差と地域格差を超えて、安定的に食料を供給できる、食料のインフラを創造したい」と、同社の取り組みに対する想いを語った。

世界が注目する植物工場の技術とは

 そのためには、地球に負荷をかけずに生産する、「農業×テクノロジーの技術」が重要だという。技術開発のポイントは3つ。1つめは、生産業務において、自動搬送などロボットに置き換えられる業務を代替していくこと。2つめは、栽培管理において、生産者の勘や経験ではなく、IoTやAIを活用して、どこでも誰でも安定した栽培をできるシステムに置き換えること。3つめは、バイオテクノロジーによる種子開発やゲノム編集など、地域にあった品種の開発だ。

 「この3つのテクノロジーで、農業生産の生産性を大幅に改善することが、持続可能な農業を実現するための手段だと考えている」(稲田氏)


 続いて稲田氏は、技術進化の軌跡を紹介した。まず2007年に京都の亀岡で、第1号となる亀岡プラントをスタート。まずは「大規模化」を図った。1日あたり2トン、1時間あたり4.3kgのレタスを生産することに成功し、当時は「世界最大規模」と言われたという。

 11年後の2018年、京都に「テクノファームけいはんな」を建設。ここでは「自動化」を取り入れた。グローバル展開を目指して、省人化、水のリサイクルなど、世界中どこでも稼働できる植物工場を具現化。世界各国のメディアや自治体が訪れているという。1日あたり3トン、1時間あたり6.8kgと生産性向上にも成功した。

 2021年には、それまでに開発した技術をもとに、千葉県でエネオスグループのJリーフと協業して、初となるフランチャイズ植物工場「テクノファーム成田」を稼働。高さ28段のラックを積み上げる「多段化」を実現し、1日あたり4トン、1時間あたり11.2kgを生産している。

 現在は、「巨大化」に挑戦している。静岡県袋井市で中部電力と「テクノファーム袋井」を建設中だ。自動化比率もさらに向上して、1日あたり10トン、1時間あたり30.9トンの生産を見込むとのことで、世界からの注目度もさらに高まっているという。


 ちなみに、亀岡プラントでは、現在も60名が働いている。「機械化すると変更しづらいが、人間なら自由に柔軟に対応できる。大きな自動化の工場を作る前に、亀岡でテストしながら方向性を決めている、いわばマザー工場だ」(稲田氏)。

 そのうえで稲田氏は、「技術革新を続け、将来的には無人化工場を目指していきたい」と話す。目下、テクノファームとよばれる「大規模自動化植物工場」が保有する技術の特徴は、大きくは4つだ。

 1つめは、搬送や収穫など労働負荷のかかる部分を機械に置き換えていく「自動栽培」。2つめは、大規模空間であっても室温とCO2の量を一定に保つ「空間環境制御」。これによって、97%の歩留まりを達成できたという。3つめは、「水資源のリサイクル」だ。世界で初めて、レタスから出る蒸散水を空調機から回収し、濾過、殺菌して、養液に導入する循環システムを実現して、栽培に使用する水のほとんどを再利用可能にしたという。4つめは、「IoT/AIのビッグデータ」。IoT機器からの情報収集とAIによる解析で、多拠点展開時にも最適な栽培環境を整備できるよう、また将来的には自動栽培を見据えているという。


 現在構築中の「植物工場管理システム」では、栽培情報、環境情報、生産情報などから、地域ごとの最適な栽培情報をアウトプットする仕組みを作る予定で、最終目標としてはロボティクスも組み合わせて、完全無人化の植物工場を目指しているという。


顧客の事業経営における課題解決を目指す

 最後に、稲田氏は「マーケットの状況も重要視している」と説明した。7月発表の「人工光型植物工場のレタス商品市場規模推移予測」によると、CAGR(年成長率)は28.7%、2026年には約450億円に成長し、日本の全レタス市場1650億円のうち、27%のシェアを占める。要因は、「消費者の健康意識や簡便性需要の高まり」と、「中食外食における安定供給、高品質への需要の高まり」だという。


 スプレッドの事業方針は、「顧客の事業経営における課題の解決」だ。具体的には、小売(食品スーパー)、中食、外食、コンビニなどが抱える、価格高騰、人手不足、消費者ニーズの多様化、環境への配慮などの課題を、植物工場事業を通じて解決する。

 取り組むテーマは、「商品戦略」「環境対策」「業務改善」の3つだ。稲田氏は、「商品戦略では、PB化の推進や収益性の改善が、取引先から求められている。食品ロス削減や、地産地消などフードマイレージを短くするところも含めて、環境対策も必要だ。また、流通全体でのサプライチェーン再構築、物流の効率化なども、対応していかなければならない」と話して、3テーマの詳細も解説した。


 「商品戦略」では、すでに国内食品スーパーマーケット2万2000店舗のうち約23%で取扱があり、シェアはトップ、販売累計も間もなく1億食に達するが、さらに自社ブランドの発信強化、トップバリューやセブンプレミアムのPB商品を予定している。また、これまで廃棄していた外葉を商品化した「ちぎりレタス」発売や、通年生産可能で無農薬の高品質ないちごなど、新たな企画も次々と進める。


 「環境対策」では、植物工場野菜の高付加価値化を図るべく、カットレタスの技術開発に5年前から取り組んできた。従来のカットレタス商品が抱えていた数々の悩みを解消し、レタスの消費期限の限界だった3日を6日まで引き伸ばした。また、作業での水使用量を68%減、カットから出るごみの廃棄量を45%減、カット作業の工程を自動化に置き換えた省人化で人手も約60%削減したという。


 「業務改善」では、2030年には国内レタス生産量を1日あたり100トン体制にして、国内シェア30%を占めることを目指す。生産拠点の全国展開を加速することで、地域内でフレッシュな商品を提供できるほか、顧客にとっても、物流コストの低減、納期の短縮など、メリットは大きい。


 「私たちはこれまで、最初に単独で工場を作り、続いてフランチャイズやジョイントベンチャーなど、多様なビジネスモデルで事業を拡大してきた。最終的には、資産流動化モデルとして、外部からいろいろな投資家を募って、植物工場の事業展開をスピーディに拡大しつつ、あらゆるニーズに対応できる生産体制に持っていきたい」(稲田氏)


 稲田氏は「日本のみならずグローバルに展開していきたい。食持続可能な農業に挑戦し、食料革命を起こして、新たなフードインフラをグローバルで実現したい」と意欲を示した。

 講演後は、モデレーターのCNET Japan副編集長 加納恵が、稲田氏への質疑応答を行った。「露地栽培やハウス栽培との味や値段の違い」と尋ねると、稲田氏は「水耕栽培なので、水分量が多く柔らかい食感。栄養価は変わらない。価格はいまのところ2割ほど高い」と答えた。ただし、柔らかくて可食部が多いため、芯まで使う方もいるほどで、歩留まりはよいらしい。

 また、「JVやFCなど、他社と協業を進める理由」について、稲田氏は「1工場あたりの投資額が非常に大きいビジネス。この15年間は、自社工場を2つ作り技術向上や市場拡大を図ってきたが、昨今の食料安全保障の問題もあって食料ニーズがかなり高まっているので、パートナー企業と一緒に資金を負担して、スピード感を持って事業を拡大したい」と答えた。

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