Appleは常に憶測を呼んできた。Jobs氏がステージでiPhoneを発表する1年近く前の時点で、Appleはクールな新型デバイスを発表して、競争の激しい携帯電話市場に参入することを計画している、とのうわさがすでに飛び交い始めていた。
2006年7月、当時Appleの最高財務責任者(CFO)を務めていたPeter Oppenheimer氏が金融アナリスト向けの収支報告会でその計画を事実上認めたことで、その新型デバイスに関するうわさは「可能性」から「いつなのか」という話題に変わった。Appleはソニーなどの競合他社にどのように対抗していく計画なのか、と尋ねられたOppenheimer氏は、「われわれはこの市場で競争する能力に強い自信を持っており、現在開発中の製品について非常にワクワクしている」と答えた。
「携帯電話に関しては、現在市販されている携帯電話が最高の音楽プレーヤーになるとは思わない。iPodが最高の音楽プレーヤーだと思う。しかし、そのうちに、おそらくそうした状況は変わるだろう。われわれは、ただ指をくわえて黙って見ているわけではない」(Oppenheimer氏)
その瞬間、金融分野の人々はピンときたはずだ。Appleが開発中の製品について即興ではコメントしないことを考えると、なおさらである。金融関係者の直感は、それから3カ月後、AppleがiPhoneの商標を出願したニュースが報じられたことで「まもなく登場」するという認識に変わった(ちょっとしたトリビアを紹介しよう。AppleがiPhoneを発表した時点では、ネットワーク大手のCiscoがiPhoneという名称の権利を保有していたが、数週間後に法的な和解が成立し、CiscoはJobs氏に商標を譲渡した)。
今では多くの人が忘れているだろうが、当時、iPhoneの3.5インチのタッチスクリーンディスプレイと洗練されたデザインが、NokiaとBlackBerryによって支配されていた市場を覆すことを想像できた人はほとんどいなかった。BlackBerryの製造元(当時はResearch In Motion(RIM)という社名だった)は、iPhoneを過小評価していたことを後に認めている。iPhoneのバッテリーが8時間しか持続しないことや、AT&Tの古くて遅い第2世代ワイヤレスネットワークでしか動作しないことを理由に、iPhoneを軽視していたという。
RIMの最高技術責任者(CTO)のDavid Yach氏は2015年5月、The Wall Street Journalに対して、「普通に考えれば、iPhoneは失敗していたはずだった」と語った。
iPhoneはAppleにとって非常に大きなリスクだったので、これは大変な出来事だ、と当時の筆者は感じていた。その日まで、Apple Computer Inc.はMacとiPodで知られていた。Jobs氏は、Appleの未来を、家電市場のシェア拡大に賭けていることを自覚していた。そして、社名から「Computer」を外して、Apple Inc.というシンプルな名前にすることを基調講演の最後に発表し、そのアイデアを強く印象付けた。
そして、同氏は、「ほかのどんな携帯電話よりも文字通り5年先を行っている革命的で魔法のような製品」と評したiPhoneについて、Appleが2008年にモバイル市場の1%でもシェアを獲得できれば、成功と言っていいだろう、と述べた。それは、1000万台を販売することを意味した。
観衆は大騒ぎになった。ワイドスクリーンや本格的な「Safari」ウェブブラウザー、ビジュアルボイスメール(留守番電話をメッセージとしてiPhoneに配信する機能)、iPodから引き継がれた音楽、写真、動画機能を備えたiPhoneは「本当に衝撃的な製品だ」と、ある金融アナリストは筆者に語った。別の金融アナリストは、2008年の販売台数1000万台という目標は「低いのではないか」とも指摘した。
Appleは1000万台という目標を予定より3カ月早い2008年9月に達成した。2016年7月には、iPhoneの累計販売台数が10億台に到達したことを発表した。
AppleのCEOのTim Cook氏は2017年、iPhoneの10周年を記念するメッセージの中で、「iPhoneは最初の10年でモバイルコンピューティングの基準を打ち立てはしたものの、これはまだ始まりにすぎない」と述べた。「これからもっと素晴らしいことになる」
今日、Appleは地球上で最も価値のある企業の1つであり、時価総額は2.3兆ドル(約311兆円)に上る。
このほかにも2007年のあの日のプレゼンテーションについて、筆者が覚えていることを挙げていこう。
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