企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は特別編として、森ビルが東京・虎ノ門で展開するインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる大手企業の担当者さんを紹介しています。
今回は、エイベックス・ビジネス・ディベロップメント社長 兼 エイベックス執行役員の加藤信介さんにご登場いただきました。加藤さんは30代半ばで執行役員に昇進、エイベックスという音楽を軸とした国内最大級のエンターテイメント企業の中で、新規事業に取り組まれています。
前編では、加藤さんが大組織の役員という立場で新規事業を立ち上げた理由と、新規事業を成功に導くための戦略について伺います。
角氏:まずは、自己紹介からお願いします。
加藤氏:2004年にエイベックスに新卒で入社し、地方での営業やCDのセールスプロモーション、アーティストのマネジメントを担当し、前半はコア事業である音楽事業を中心にキャリアを積んできました。その後、2016年に当時社長の松浦(勝人氏:現代表取締役会長)の社長室に移動になりまして、社長室の責任者というポジションに就きました。
角氏:大抜擢じゃないですか。
加藤氏:すべての打ち合わせと会食に同席して、最初は目となり耳となり、ある程度慣れてからは、打ち合わせで出てきたタスクを僕が受け取って、社内外を含めて調整をしていました。ほかにも当時松浦が中心となって進めていた会社の構造改革に並走する役割を半年間ほど担当し、2017年の1月に新体制になったタイミングで役員に就任しました。まだ年齢的にも若かったので、その目線で会社の横串改革をやって欲しいと言われ、従来のそれとは異なる戦略人事や、エンターテイメント企業にふさわしい広報の在り方などを担当していました。
角氏:その時はどのようなことを?
加藤氏:僕らの会社はアーティストやミュージシャンの卵を発見し、ヒットさせるのが縦軸のコアビジネスなので、全社員にその意識はあります。でも一方で、事業の横幅のところ、つまり新規事業を立ち上げたいとか、テクノロジーを活用して今までにない事業を創ってみたい、仕組み自体をアップデートしたい、というような意識やナレッジ、スキルを持っている社員は当時あまり多くなく、担う組織もなかったのです。
そのため戦略人事や広報の領域から、社員をエンパワーメントしていく機会を提供し、ボトムアップでイノベーションを起こしていくための風土と機能の設計をしていました。ただそれらを社内に本質的に浸透させるためには、ファクトベースで伝えていかないと説得力がないと思い、事業開発でファクトを作るために当時のエイベックスのフェーズにおいては事業開発をミッションとする専任組織が必要と考えて、ないなら自分で作ろうとなったんです。
角氏:最初は社内に新規事業部門を立ち上げられたのですね?
加藤氏:はい。投資機能も内包し、1年間である程度新規事業も弾数が整ってきたので、2000年にエイベックス・ビジネス・ディベロップメントを設立しました。他の大企業もそうだと思うのですが、最初はエイベックスのいち本部の位置付けで0-1を始めたわけですが、社内に組織をそのまま置いておくと立ち上げた新規事業ごとに会社と向き合うことになるんです。まだ粒感の小さい状態で。
それで、次の段階での組織のあるべき姿を考えたときに、粒間の小さい事業ごとではなく、それを内包する一つの箱をモニタリングしてもらったほうが僕らとしても健全だし、意思決定のスピードも上がるし、一方で会社から見ても自分の責任範囲がより明確になると思って分社化したのです。
角氏:事業開発に挑戦する前段の動機として、組織開発的なところが先にあったんですね。若い社員たちのマインドや人材そのものを育てる組織を作ることが、風土や文化を変えていくドライバーになると。いくつかの事業が出てきて、それらを1つの箱に収めることで箱を大きくし、そこに目を向けてもらうようにするという誘導の仕方は、組織設計をち密に考えていらっしゃる証ですね。ただそれを会社に通していく際に難所があったと思うのですが、苦労されたことはありますか?
加藤氏:新規事業組織は、立ち上げの時は社内の上層部の人間がヘッドを張っているか、明確な後ろ盾が必要と思っています。社内の誰が新規事業組織をマネージしているか、誰の直轄でやっているかというところは、組織論としてすごく大事な部分です。ただ、ある程度0→1が終わったタイミングでは、新規事業のまだ小さいPLでそのレイヤーに対してそれぞれの事業ごとに向き合っていると、どうしてもお互いしんどくなる。「そんな小さい話」とか「またその話?」とか。
でも最初は小さくても成功する可能性が見えているのであれば、そこまで事業を継続させられないともったいないじゃないですか。だったら、ゼロイチ後は可能性がある事業をいかに軌道に乗るまで継続させられるかは、新規事業組織を司る者に課せられたミッションだと思っています。それを前提として考えた時に僕の中でいろいろな折衝や空気感を見ながら、次のステップとしてあるべき方向性と考えたのが箱にするということだったんです。
角氏:なるほど。それは大事だと思います。経営側と新規事業部門は対立しがちですが、リレーションマネジメントを所管の役員がうまくやっていると関係が良好に進むんですよね。人集めについてはどうされたのですか?
加藤氏:最初は松浦直下という意味を込めて、CEO直轄本部という名前にしたんです。実際に事業開発やテクノロジーでイノベーションを起こしたいというのは松浦の思いでもありましたし。
角氏:初めてそういうネーミングを聞きましたよ。
加藤氏:新しい取り組みである新規事業組織の垂直立ち上げのために、組織の位置付けを明確にする必要があったんです。それでも最初は4人くらいの小さな新規事業組織からのスタートで、「こんなに人のアサインって難しいんだ」と(笑)。そこで外部の専門家や、外部とのセッションやオープンイノベーションを含め、さまざまな手段を使いました。
角氏:そういう初期の動きがあって、それぞれの事業が出てきたのですか?
加藤氏:いろいろですね。マーケットインで深堀するパターンもあれば、元々思いがあってノウハウがあるスタッフがいる場合はやらせてみるケースもあって、いくつかのポートフォリオで進めています。
角氏:人材の構成や事業の進め方については?
加藤氏:社内に新規事業立ち上げのスペシャリストがいない段階で、事業開発の成功確率を高めるためには、まずは既存事業で感じていた課題感を元に既存事業に近いところで事業開発をおこなうと、会社のコア事業に対する貢献度は高くなりますし、ノウハウも溜まります。一方で完全に新しい市場を開拓することにはならない。だから、両方に取り組まねばならないのですが、後者は段階的に領域を広げていく必要があります。
うちの当初のスタッフはそれぞれが既存事業に対する課題感は持っていたので、そこから少しずらしたところで事業開発をしようとか、僕らが持っていたコアビジネスに対する課題感を事業開発の目線でフラットに考えたらどんなビジネスモデルができるかというところから考えて創ることを大事にしていきました。すると、既存事業から離れたところで、ある程度勘所がわかった領域での新規事業開発を経験できます。その結果経験が組織にたまるので、そのノウハウを生かして飛び地の領域にいけるといった具合に、段階的に領域を広げていくことができます。
角氏:なるほど。
加藤氏:あとは組織マネジメントのあり方ですが、既存事業に隣接している領域は成功確率も高く、早回しで動けます。一方で新しいマーケットに対する挑戦は、既存事業に隣接している領域よりも立ち上げに時間がかかって成功確率も低いかもしれませんが、そこが取れればマーケットサイズは大きい。ただ、後者だけやっていると時間がかかりすぎる可能性がある。だから既存事業に隣接してスタッフに勘所があり、会社のコアビジネスに対して価値がある部分で新規事業の目線で成果を作って貢献をしつつ、中長期的な取り組みも継続できるようなポートフォリオのマネジメントが大事になります。
数年の試行錯誤を経て、「特定の1つの事業を立ち上げることがミッションとして決まっているわけではない、ボトムアップも含めた新規事業開発組織」をマネジメントしていく場合の重要なことを僕なりに考えた結果です。
後編では、エイベックス・ビジネス・ディベロップメントが展開している新規事業の内容と進捗について紹介します。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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