音楽エンタメ業界で新規事業開発のロールモデルを作る--エイベックス・加藤信介氏【後編】

石田仁志 藤井涼 (編集部)2022年06月03日 09時00分

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、エイベックス・ビジネス・ディベロップメントの加藤信介さんとの対談の様子をお届けします。

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エイベックス・ビジネス・ディベロップメント社長 兼 エイベックス執行役員の加藤信介さん(左)、フィラメントCEOの角勝(右)

 後編では、現在加藤さんが取り組まれている新規事業の内容と事業の方向性について紹介します。

アーティストマネジメントのノウハウを横展開

角氏:エイベックス・ビジネス・ディベロップメントの新規事業開発は既存事業に隣接しているもの、中長期的な新しい取り組みという2軸で取り組まれているということですが、それぞれの事業についてお話しいただけますか?

加藤氏:まず前者ですが、エイベックスは元々お茶の間まで届くようなスターを創出することが事業のコアで、スタッフにとってもモチベーションです。ただ現在は、ボカロPや歌い手出身のクリエイターを含めたネットクリエーターといわれる人たちがチャートを賑わせ、YouTuberやライバー、TikTokerなど様々な新しいプラットフォームやムーブメントの中から人気者が登場してエンゲージメントの高いファンを獲得するなど、人気者像が多様化しています。

 そこで1つめの領域が、そういった既存の枠組みとは異なる場所から生まれる新しい人気者やIPを、新規事業開発ならではの目線とスキームで創出する事業です。具体的に言うと、スクラッチでの事業開発に加えてYouTuberやインフルエンサーなどをマネジメントしている会社のM&Aを含めて人材と事業の開発を行い、かつ僕らが持っているマネジメントノウハウやライブ、グッズなどの機能とマッチングします。

 社内に多様な人気者やIPを増やしていくという動きなので、すでにエイベックスの中にあるノウハウや機能との相性がいい。そこにリアルだけではなくバーチャルの領域も含めて取り組んでいます。

角氏:現状のYouTubeのようなメディアもそうだし、メタバースが普及してくると、そこも加藤さんの所管になってくるわけですね。そこはアドバンテージがあるというか、かなり勝ち筋が見えているのでは?

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加藤氏:あとはリアル・バーチャルを横断してしっかりヒットIPを創出することに尽きます。ヒットクリエーターやIPを育成するのか外部から獲得するのかは両方あると思うのですが、いずれにしても今期以降は人材とIPのポートフォリオを一気に増やしていきます。ほかに商品開発における、従来のライブを中心とした物販とは異なる、彼らから派生したファッションやコスメのブランドを作るD2Cビジネスのノウハウなどのクリエイターを支える機能を、クリエイターと向き合っていく中で一気に拡充していく。

角氏:ちなみに売上はどれくらいですか?

加藤氏:数十億です。前年対比200%前後でトップラインは伸張しているので、立ち上げのトップラインの伸び方としては悪くないと思います。

角氏:むしろだいぶ伸びていると思いますよ。

加藤氏:全体としては伸びているのですが、個別の事業や会社でいうと一桁億サイズの事業が複数個連合体として存在する形なので、今後さらに一体感を持ちつつ事業推進していくことと、社内外へのプレゼンスも考えて、組織を統合することも含めてより一枚岩な方向に進化させていきたいなと思っています。

伝え方のDXで再注目される「旅行」というコンテンツ

角氏:隣接事業は先が見えている様子ですが、それ以外はいかがでしょうか?音声合成サービスの「コエステ」は実績が出ていますが、ほかに旅行事業の「itoma(イトマ)」とアート事業も展開されていますね。

加藤氏:itomaはとても面白いコンテンツです。いま“伝え方のDX”が生じていて、元々価値があるコンテンツやモノに改めて光が当たるようになります。たとえばサウナやソロキャンプは、元々閉じたコミュニティの中で行われていましたが、YouTubeやSNSが出てきて一部の人が楽しいと思っていたことが多くの人に伝わり、流行しています。

角氏:パーソナルな体験が伝わっていったと。

加藤氏:さらにテクノロジーが進化すればするほど新しいコンテンツも出てきて、体験価値自体もどんどん拡大していきます。その中で、旅行は非常に価値のある体験でありエンターテインメントで、マーケットも大きく日本を象徴するコンテンツでもあります。そこの伝え方のDXやビジネスモデルを変えることによって、旅行という体験エンターテインメントをまだまだ多くの人に提供できる可能性があるのです。

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 しかも、僕らは既存の業界の中のプレイヤーとは異なる事業開発ができるのも重要で、itomaの事業責任者は元々ずっと旅行代理店で働いていて、宿泊施設から見た旅行代理店の予約手数料の高さと平日稼働率の低さに課題感を感じていて、この課題を解決して旅館を中心とした宿泊施設を持続可能にできないか考えていました。

 でも、僕にとってはその既存の仕組みが驚きで、音楽業界だと特にオンラインサービスはクリエイター側が支払う中間マージンは適正に下がってきてますし、価値があるものであればコンテンツへのリスペクトとしてユーザーが対価や会費を払う。この流れはユーザー無料の予約サービスが当たり前の旅行業界にも起きると思いましたし、働き方や休み方が変わっている中で、平日の稼働率が低いという部分も新しい需要創出ができる可能性を感じて。

角氏:なるほど。

加藤氏:だからitomaは、既存のサービスとは大きく異なる、宿泊施設から予約手数料を一切頂かずに会員から会費をいただくことで、宿泊施設への還元率を最大化する一方で、会員に対しては宿泊施設にご協力頂いて最安値のプランをご提供したり、itoma限定のプランをご提供することで、「宿泊施設の利益最大化・最安値・高付加価値」を全て実現するOTA(オンライントラベルエージェンシー)を軸に事業展開しています。

 さらに今後は僕らが持っている強みを活用すると、芸能人やインフルエンサーには旅行好きの人たちが多いので、彼らとコンテンツを作ったり、予約の取れない飲食店にポップアップで出店していただいて、宿泊施設だけではなし得ない高付加価値かつ高価格なプランをitoma限定コンテンツとして提供するなど、オンリーワンな価値を持つサービスに育てることが可能だと考えています。

隣接業界からのアプローチで「アート業界の不」を解消

角氏:自社のリソースやアクセスできる資源と旅行を組み合わせて、オープンイノベーション的な商品開発をされているんですね。それはエイベックスでないとできないことだと思います。アート事業はどうですか?

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加藤氏:アートはグローバルで7兆円の市場があるのですが、そのうち日本はたった2500億円、現代アートに限ると800億円なんです。アート業界には、才能を持っている人が世の中に発信する機会や目に触れる機会が少ないという不が存在しています。その結果、毎年優秀なスキルを持った作家が美大から多く輩出されるのに、本業だけで生活できない、または、途中でやめなければならい人が大部分で、僕らはそこにもどかしさを感じるわけです。

 そこに僕らのマネジメントやプロデュースで培ってきたノウハウが使えて、その結果若手のアーティストが作家活動だけでご飯を食べられる環境が作れるかもしれないと。それが今の事業につながっています。

角氏:具体的にはどのような活動を?

加藤氏:「MEET YOUR ART」というアートメディアを軸に、YouTubeで発信しつつECサイトで作品を紹介して販売したり、イベントを開催したりと複合的なアート事業を展開しています。MEET YOUR ARTでは、俳優でありコンテンポラリーダンサーとしても著名な森山未來さんにMCとして参画していただいて、決してニッチにならず、幅広くたくさんのユーザーにMEET YOUR ARTが発信する情報が届くように設計しています。

 5月13〜15日には、アートを中心にファッション、ライフスタイル、音楽、食などが一堂に会した「MEET YOUR ART FESTIVAL 2022 ‘New Soil’」を恵比寿ガーデンプレイスで開催しました。アートフェアと称すると敷居が高く感じる人も多いと思いますが、隣接したカルチャーを一堂に会することで、音楽を聴きに来たらアートの展示があったというように偶発的で新しい気付きを設計したいと思い、アートを中心としたミックスカルチャー型のフェスティバルにしたのですが、初回にもかかわらず非常に多くの方に来場いただき、アートにも触れていただけたので、一定の範囲で僕らならではのアートフェスティバルの形を実現できたのではないかと思っています。

角氏:なるほど。

加藤氏:さらにご参加いただいた作家の皆さまにも新しい出会いがたくさんあって非常に楽しかったと言っていただけて。元々アートが好きで定期的に購入されている方はもちろん、ミュージシャンやタレントを含む本当に様々な方にご来場いただき、実際に作品を購入いただけるケースも多々あったので、そういう意味でも領域を超えた新しい繋がりや出会いが作れたのは非常に嬉しかったですし、それは僕らのイベントならではの価値になるのではないかと考えています。

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角氏:めちゃくちゃなりますね。そこからさらに広がっていくと。

加藤氏:そうです。ミュージシャンやタレントの皆さんが作品を購入したことをきっかけに、作品の良さが彼らのSNSを通して世の中に拡散されるかもしれない。フェスティバルでの出会いをきっかけに何かコラボレーションが生まれるかもしれない。それを我々が設計できるかも知れない。僕らがMEET YOUR ARTやフェスティバルで培ってきたものやポジショニングには派生する様々な可能性を感じています。

成功の連鎖を作って事業を拡大していく

角氏:1年間信頼を積み上げてそれを実現したのですね。うまく会社と向き合いつつ、事業にも深く向き合っていないと無理ですよね。その中でアートへ投資して、結果を出したのは凄いなあ。

加藤氏:実際はヒリヒリの連続ですが(笑)。でも、今後も持続可能というかやり切るために色々考えていて、クリエーター領域は、これからも社内で完全に育て上げていきたいと思っている一方で、コエステや旅行などは外部との連携で規模感を大きくしてきたところも大きいので、外部調達などの違うスキームも考えています。各事業に適切なスキームで会社としてのリスクも一定減らしながら、成長速度もあげる。その中で成功事例を作れれば、音楽を中心としたエンターテインメント業界の中で新規事業開発のロールモデルを作れるのかなと。

角氏:会社との向き合い方や関係性のロジックとして、新規事業をどう位置付けていくかを語っていただく方は多いですが、加藤さんの考えは解像感が全然違いますね。実際に、組織を段階的にどう位置付けるか、外部と連携する中での信頼の構築の仕方、その後にそれをまとめ上げてポートフォリオ化し、グロースのためにどれだけ時間をかけるか等々、いろんな軸で取り組まれています。他では聞けない軸で新規事業の話を伺えました。ありがとうございました。

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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