企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、大成の代表取締役副社長である加藤憲博さんにお話を聞きました。後編では、新規事業で誕生したデジタル製品と今後の事業構想について伺いました。
角氏:新規事業で開発した製品についてお聞かせいただけますか。まずは警備ロボットの「ugo(ユーゴー)TSシリーズ」ですが、開発に至った経緯は?
加藤氏:警備業界はなかなか人が集まらないんです。新人を採用したら、現場に出てもらうために1週間の教育が必要で、いざ現場に出たら重労働が待ち構えています。まず「巡回」の仕事で館内を歩くだけでも、大きな建物だととてつもない距離になります。縦の移動は階段ですし。
角氏:確かにそうですね。
加藤氏:巡回が終わると「立哨(りっしょう)」という仕事があるのですが、不審者を警戒しながら監視して、挨拶をし、落し物が届けられたり、道を聞かれたりといろいろな人の相手をしなければなりません。
体力の消耗も大きいことから辞めてしまうことも多いんです。すると新たに募集をするのに1人あたり10〜20万円かかる。そんなことをやり続けて何の意味があるのかという思いがあったんです。そこで警備の仕事を細分化してみたら、全てを人がやらなくてもいいという結論になり、警備ロボットを探したのですが、私たちが望むものは市場になくて。
角氏:機能面が不足していたのですか?
加藤氏:いえ、お客様は管理コストを下げたいのに、1500万円とか2000万円するものばかりで。そんなものを何台も買ってペイできるかという話ですね。
角氏:ああ、なるほど。
加藤氏:当時、警備や清掃ロボットは、お客様のイメージとしてはパフォーマンスロボットだったんです。ただ、運営する側からするとそこには何の意味もない。それで運用に特化したロボットを探していたら、Mira Robotics(現ugo)のugoという家事代行ロボットを紹介してもらいました。ugoには手が備わっていて、モーションセンサーで人と同じ動きができる。そこで洗濯物を取り込めることを売りに市場に出したのですが、ロボットが大きすぎて家に入らなくて。
角氏:それはつらい(笑)
加藤氏:出た時には話題になったのですが全く売れず、開発が止まりかけていたんですね。それで当社に出資の話が来たのですが、見た瞬間、「このロボットは使えそうだ」とピンと来たんです。
角氏:家事代行ロボットを警備に?
加藤氏:理由はフロア間の移動です。ビル清掃ロボットの一番のネックは、横(平面)は動けても縦(上下)の移動ができないことでした。そこをugoは、手がついているので自分でエレベーターを呼び出して移動できそうだと。人型ロボットでディスプレイも付随し、AI学習機能も搭載する予定だったので、立哨と巡回をこのロボットに任せようと考えました。
加藤氏:3年間の開発期間を経て2021年11月にugoを正式にリリースしたのですが、それまでにPoC(概念実証)を数十箇所でやりました。
角氏:数十箇所でですか?
加藤氏:東名阪のオフィスビルや商業施設で実証実験をやりました。そこでトライアンドエラーを繰り返し、システムを改修していく中でどんな建物でも使えるようにしていきました。
角氏:聞いただけで気が遠くなるくらい大変そうですけど(笑)。ちなみに実証実験では、どんな失敗がありました?
加藤氏:衝突検知がついているに人に当たってしまったり、エレベーターの中で電波が届なくなって動かなってしまったり、センサーがガラスを突き抜けて認知しなかったりと散々でした(笑)。それまで順調に動いていても、お客様が視察に来たとたんに止まるとか。
角氏:あるあるですね(笑)。ただ、社内からの“ほれ見たことか問題”もありますし、心が折れませんか?普通なら、出資をしていたとしても数十回も付き合わないですよ。執念を感じます。
加藤氏:オープンイノベーションのため、300社程度のスタートアップと会いましたね。ugoの松井健社長もその一人ですが、彼は信念も知識もありメンバーもちゃんとされている方が多く、信頼できる人と会社に出会えました。時間はかかりましたが今もPoCを希望される会社が何十社といますし、導入が決まっている会社もあって、苦労が実りつつあります。
角氏:ugoの課題をクリアできるスタートアップを探していったんですか?
加藤氏:ugoだけを考えているわけではないんです。さまざまなものにつながる時代になっていくので、最終的にはプラットフォーム化を考えていて、それを管理するのがT-Spiderです。そのためにIoT開発の会社を買収しまして、そこがT-Spiderを開発する形になります。
角氏:その「T-Spider」についてもお聞かせ下さい。
加藤氏:ビル管理業務はビルごとに仕事内容がまちまちで、清掃の求めることからやり方、設備点検報告書の出し方など全然違います。そのため、あるビルで働いている社員が別のビルに移ると仕事のやり方が通用しません。
角氏:レギュレーションが違うんですね。
加藤氏:それを見える化し、ある程度共通化しようとの思いからT-Spiderの開発に着手しました。T-Spiderは日々の活動やトラブルなどの情報を吸い上げて分析し、その後の提案につなげるところまでを考えているのですが、まずは見える化するために、複数のお客様から警備日報をもらって内容を分析しました。それを受けてアプリケーションは、汎用的な項目を載せた基盤を用意し、お客様ごとにカスタマイズ開発できる形で設計してあります。
ugoとの連携も重要ポイントで、ugoが何時に稼働してどうフロアを回ったか写真でわかるようにして、それをデータ化しT-Spider上でお客様にugoレポートを提出します。実績としては、名古屋と東京の十数カ所のビルに採用されています。
角氏:ビジュアルなレポートになっていると。
加藤氏:お客様は状況をリアルタイムに把握できますし、カレンダー機能や承認機能によって日報にお客様のチェックをもらって作業終了を確認でき、われわれもいつどのビルで何があったかわかります。それを警備だけでなく清掃、設備管理へ適用するためにブラッシュアップしているところです。
角氏:こだわって開発された理由がわかりました。
加藤氏:ほかにも、大きなビルの責任者は10年も働くと異動できないんです。異動したくてもお客様から、「いてもらわないと困る」と引き止められてしまう。その10年の知識が、個人の頭の中にしか入っていないからです。
角氏:それは怖いですね。
加藤氏:そういう意味で常に日々の出来事を明瞭化することによって、職人的な知識を集約させたいのです。
角氏:悩みが深いですね。これは売れそうだなあ。
加藤氏:外販できる態勢を整えると、十分いけると思います。システム会社でなくユーザーが作っているので、痒いところに手が届く仕組みになっています。
角氏:最後に今後の展望をお聞かせ下さい。
加藤氏:今後、建物の在り方は変わってくるでしょうし、正直インフラ事業は厳しくなると思っています。そうなると、今の管理の方法ではまずい。新しい技術やそれぞれのビルがどのような使われ方をしているかを把握しなければなりません。そこで当社は、センサー事業に取り組んでいます。
たとえば、ビルの清掃の場合、現在はフロアごとにお客様の活動内容が全く違うのに、同じ清掃の仕方をしています。そこをそれぞれの活動をちゃんと分析して、清掃を効率化していくのです。トイレはどの場所が一番使われていて、何時に人が多く、人はどの通路のどこを歩くかなど、センサーを活用してビルの実態を把握できるようにすると違った考え方ができますよね。
角氏:なるほど。
加藤氏:さらに、それらの情報をT-Spiderに集約し、最終的には日々の活動報告もそこに入り、あとはいろいろなデバイスをつなげると、清掃・設備管理・警備というビル管理業務がつながってマルチに活用できるようになります。カメラの映像をAIが分析して不審者がいたらugoが駆けつけるとか、ugoがゴミを見つけたらアラートを鳴らして清掃員が駆けつけるとか。
そういう形で、今まで人がやっていたことをある程度デバイスやロボットに切り替えていき、人は重要な判断のところを担うという世界観を作り、管理業務を変えていきたいと考えています。
角氏:ビルメンテナンスサービスのカスタマイゼーションですね。今はビルごとですが、それをさらに入居者ごとにカスタマイズする方が効率的だと。管理者の負荷は下がるし、入居者の快適性も増す。それをデジタルでやっていくと。なかなか、そこまで考えている人はいないと思います。
加藤氏:清掃員の働き方も効率化されてきて、働き方改革となって人材も確保しやすくなります。デジタル化もそうですが、また別に人の付加価値を高める活動も考えていて、両輪で進めていきます。そこがリンクしてくるともっと面白くなってきますよ。
角氏:それは面白そうですね、もはやビルのメンテナンスだけ見ているわけじゃないんだ。
加藤氏:そうですね。清掃、設備管理、警備という縦割りを変えてしまえばいろいろな可能性が出てきます。
角氏:巷で取りざたされているDXの話にもズバッとはまっていて、面白かったです。昔は3Kなどと言いましたが、警備員や清掃員のイメージが全く違うものになりますね。それは社会にとってもいいことですし、貴重な資源としての人がうまく生かされて、しかも満足度が高く、人生の幸せに近づくという非常にいい循環になっている。
加藤氏:この業界には、黒子に徹することを求められる風習がありますが、エッセンシャルワーカーとして現場に行ってビルを管理・維持するのは非常に大事な仕事なので、それを目に見える化して社会から感謝される形に変えていきたいですよね。ちなみに当社は2021年に上場廃止したんです。理由は、デジタル開発を加速するためです。いろいろなところの縛りがなくなって、スピード感が増しました。
角氏:加藤さんがお考えの仕組みが世の中にどんどん増えていったらいいですね。これからの展開が楽しみです。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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