トヨタが「Woven City(ウーブン・シティ)」と呼ばれる、実験都市構想をCESで発表したのが2020年。その後、静岡県裾野市で着工して、約1年が経過した。Woven Cityの目的は、自動運転、コネクテッド、パーソナルモビリティ、スマートホーム、水素エネルギーといった、先端技術を人々のリアルな生活に導入して、技術の検証と確立をスピーディに進めることだ。
2024年から2025年の入居開始を目指して、急ピッチで建設が進められるなか、必要となる技術領域は幅広い。ウーブン・キャピタルは、Woven Cityで求められるさまざまな技術やサービス面でのリソース獲得などを目的に、トヨタグループのウーブン・プラネット・ホールディングス傘下で活動するCVCで、約8億ドルを運用するグローバル投資ファンドである。
今回、活動のキーマンであるGeorge Kellerman氏に、日本のメディアとして初めて単独インタビューを実施。Kellerman氏は、ウーブン・プラネットでインベストメント・アクイジションのヘッドと、ウーブン・キャピタルでマネージングディレクターを務める人物だ。ウーブン・キャピタルの投資戦略や、日本のスタートアップへの眼差しを紐解いた。
——はじめに、ウーブン・キャピタルのミッション、ゴールについて教えてください。
Kellerman氏:ウーブン・キャピタルは、ウーブン・プラネットがミッションを達成するためのサポートをしています。ウーブン・プラネットは、2018年のCESでトヨタが「自動車会社からモビリティカンパニーに進化していく」と宣言した後、トヨタ、デンソー、アイシンが共同出資で設立したTRI-AD(トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント)が前身となり、2021年に社名と体制を変更して設立されました。
TRI-ADは、自動運転技術をメインに開発を推進していましたが、ウーブン・プラネットは、傘下にウーブン・コア(自動運転)、ウーブン・アルファ(車載OSや自動地図生成、ウーブン・シティなどの新規事業)、ウーブン・キャピタル(投資ファンド)を抱え、「モビリティ=自由に動けること」と定義して、年齢や心身の状態を問わず、誰しもにとって安全なモビリティの実現を目指しています。
つまり、ウーブン・プラネットがミッションを達成するためには、自動運転という既存領域ではカバーしていなかった、多くの領域の技術、製品、サービスが必要になります。言い換えると、トヨタグループだけではない、幅広いパートナーシップが必要なのです。ウーブン・キャピタルは、ウーブン・プラネットのビジネスに必要なパートナーをグローバルから発掘し、投資やパートナーシップを通じて、リソースを獲得することを目的に活動しています。
——そのなかでも特に重点を置いている分野や領域はありますか?
Kellerman氏:前提として、「モビリティをどう定義するか」がありますね。我々は、ヒトやモノの動きのみならず、あらゆる情報も含めて、モビリティと捉えています。そのうえで、次世代のモビリティ製品を創造するためには、自動運転、コネクティビティ、機械学習やAI、クラウド、データ分析といった、ソフトウェア領域の強靭なコンポーネントが必要になると考えています。
同時に、エネルギー、ヘルスケア、スマートホーム、農業、教育、支払いといった、実にバラエティに富んだ、通常ではモビリティという枠に収まらないような分野も、Woven Cityを作り上げています。こういった全ての領域で、パートナーをグローバル規模で探しているということになります。
——他のCVCと比較して、ウーブン・キャピタルのユニークな点とは、どういったところでしょうか。
Kellerman氏:法人として独立しつつ、ウーブン・プラネットの将来を支えるべく、“長期的な賭け”をしているという点では、従来のCVCと同様です。しかし、ウーブン・プラネットはトヨタの100%子会社なので、トヨタグループのグローバルのサポートを受けられること、トヨタ本体の事業に先駆けてグローバルベースで新しい技術を市場に導入してオペレーションできる機会があること、それを通じて世界中の人々の人生をより豊かにしていくというゴールを共に目指せるということは、投資先企業にとってユニークな点だと思います。
また、私がCVCとして非常にエキサイティングだと思うのは、デザインフォーマニュファクチャーや、サプライチェーン、ロジスティック、販売やマーケティングなど、トヨタがグローバルで非常にうまくやっている知見やスキルを、さまざまな面で投資先に提供して、支援できるという部分です。
——これまでの投資実績には、どういったものがありますか?
Kellerman氏:直接的な投資としては、シリーズDで出資したNuroと、シリーズCのRidecellの2社があります。またファンド・オブ・ファンズ(Fund of Funds)という、ファンドへの投資では、2150やUP.Partnersにも出資しています。もう1つは、機密性が非常に高いのでお話できないのですが。
ファンド・オブ・ファンズでは、モビリティや、農業、サプライチェーン、ロジスティック、サイバーセキュリティ、気候変動に関する技術など、我々にとって重要な領域でのエキスパートで高品質な技術を有するスタートアップについて、グローバルカバレッジがあるところを求めています。夏くらいまでには、いくつかのファンド・オブ・ファンズのプロジェクトが立ち上がると思います。
——ウーブン・プラネットの事業と投資先とのシナジーは、どの程度期待できますか?
Kellerman氏:これはグロースステージに投資している理由でもありますが、投資先はみな初日から“ウーブン・プラネット・ファミリー”として機能できる会社です。さらに我々は、ポートフォリオエンゲージメントチームという組織を持っており、「いかにトヨタのビジネスにコネクトし、直接的かつ商業的な関係を持っていくか」という観点で、投資先スタートアップに道筋を示すことで、シナジー創出をサポートしています。
——具体的な支援策について、もう少しお伺いできますか?
Kellerman氏:具体的な支援策については、非常に機密度が高いのであまり触れられないのですが、投資先にはすでにパイプラインに入っている企業もありまして、彼らに対しては活発にディスカッションの場を設けています。
最も重要なのは、投資先企業の成功を担保していくことです。我々が彼らのビジネスをサポートし、彼らも我々のビジネスをサポートする。両者の観点から、どのようなサポートがあれば成功できるかを検討することが大切です。ウーブン・キャピタルは、スタートアップの成功にフォーカスした、さまざまな支援策を行なっていると言えると思います。
——では次に、日本での活動についてお伺いします。Kellermanさんはなぜ、ウーブン・プラネットでCVCに挑戦しようと考えたのですか?
Kellerman氏:そもそもウーブン・プラネットは、日本と世界の架け橋になるというミッションのもと、設立されました。ウーブン・キャピタルも、日本と世界の架け橋となり、グローバルにビジネスを展開していくことを目指しています。
日本に設立した理由は、日本は数十年にわたって世界第2位の経済大国であり、現在も3位ということで、非常に大きな経済圏を持っているためです。つまり、グローバル市場に対して、日本からオファーできることが、たくさんあるのです。日本市場に内在する技術やノウハウにアクセスすることは非常に重要です。同時に、グローバル市場でそういった力を示していくことは、日本にとって非常に重要なポイントであると考えています。
——日本のスタートアップ投資で、どのようなところに魅力や課題を感じますか?
Kellerman氏:魅力だと感じるのは、日本には非常にレベルの高い技術やノウハウ、グローバル市場での経験があることです。近い将来、日本のスタートアップ企業への最初の投資についても、アナウンスできるでしょう。
ただ、課題もあります。多くのスタートアップが、「日本市場だけで十分な規模がある」と考えがちという点です。我々は、「製品やサービスのグローバル展開」を求めています。日本のスタートアップに投資、サポートして、グローバルに持っていきたいと考えているのです。
ですから、日本のスタートアップの方々に伝えたいのは、「会社を立ち上げる段階から、グローバル企業として思考してほしい」ということです。そのためには、海外や外資系企業での経験がある方、グローバルビジネスでの標準語である英語の読み書きができる方を、初期段階から採用することです。そうすれば、企業が成長する過程で、製品やサービスを海外に持っていくことを検討しやすくなります。
——Kellermanさんはシリコンバレーでのスタートアップ投資経験も豊富ですが、日本と比較してどのような違いがありますか?
シリコンバレーと日本の大きな違いは、コミュニティの多様性です。シリコンバレーは、まさに“人種のるつぼ”。世界中のノウハウがそこに集結しています。けれども日本で技術やテックのコミュニティへ顔を出すと、日本人しかいません。
つまり、技術力そのものは問題ではなく、技術をプロダクト、製品やサービスに変換して、グローバルでオファーしていくところが、日本のスタートアップにとって最も難しい部分になるでしょう。国外の顧客ニーズを理解しようという視点を追加することが最も大切です。
——VCのエコシステムには、どのような違いがありますか?
Kellerman氏:最も大きな違いは、VCの数もさることながら、シリコンバレーには国際的なVCが非常に多いという点です。たくさんの海外ファンドが、世界中から才能が集結しているという理由で、シリコンバレーにオフィスを設立しています。
日本は、マーケティングがうまくできていないと思います。日本にオフィスを設立してもらうことで、スタートアップのエコシステムが立ち上がり、成長していくのです。そういう意味では、繰り返しになってしまうのですが、スタートアップがグローバルにアプローチしていくことが必要です。
私がシリコンバレーでやり取りしているほとんどのスタートアップは、まずは巨大なアメリカという市場でビジネスを始めますが、「いずれはアメリカから出てグローバルになりたい」という野心を、始めから持っていますよ。
——日本では、VCが早期のリターンを求めるために、スタートアップ企業がイノベーションよりも株主の方を向いてしまい、その結果時価総額が上がらないといった、負の循環に陥っているという側面もありますが、この状況はどう見ていますか?
Kellerman氏:VCのリターンとは、IPOからではなく、アクイジションから得るのです。そしてアクイジションとは、ビジネスがまだスケールしていない、才能ある人材と製品やサービスがある、最初の段階で起こります。そこから、子会社や新しい部門を作っていきますので、日本はM&A市場を変えていく必要があると思います。そのためには海外の投資家が、日本のスタートアップを買収しやすくする、海外や外資系企業の経験者を採用するなどの対応が必要です。
一方、日本のVCは、グローバルなリーディングファンドも含めて、アーリーやシードなど初期段階のスタートアップにフォーカスする傾向が強いですね。ウーブン・キャピタルのような、成長ステージに投資するVCが増えれば、スタートアップはスケールアップするための時間を得られます。十分な規模になれれば、すぐパブリックになる準備を整えられますから。
——最後に、日本の起業家へメッセージをお願いします。
Kellerman氏:日本の将来は、次世代の起業家とスタートアップの肩にかかっています。日本には、素晴らしい起業家の歴史がすでにありますから、これを次世代に引き継いでいかなければなりません。
日本がグローバルにおける存在感を維持したいのであれば、既存のビジネスだけに依存するのではなく、誰もが簡単に起業できて、投資が活発になり、スタートアップがグローバルで活躍できる企業へと成長することが必要です。
そのために日本は、教育システムから見直すべきでしょう。特に、両親の教育が必要です。子供たちに教えるべきは、「いい学校に行けば、大企業に就職して、その企業でいい仕事ができる」ということではなく、「自分の夢を追いかけて、将来のビジョンをしっかりと持って、社会に価値を提供することがゴールである」という価値観なのではないでしょうか。
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