この連載「元Googleの人事が解説--どんな企業でも実践できる『新卒採用』の極意」では、グーグルで新卒採用を担当していた筆者が、各企業がそれぞれの採用プロセスにおいて、どのように自社にあった「才能」を獲得・育成していけばいいのかを具体案を交えてご紹介していきます。
第1回では、プロローグとして「ググる就活が生んだ罪」と題し、日本の新卒就活に対する違和感と、あるべき姿について私なりの考えを書かせていただきました。
本来、採用の現場では「個人」に徹底的にフォーカスし、個性や才能を見出すことで企業とのマッチングが図られるべきです。しかし、日本では多くの企業が「落とすため選考」から抜け出せず、型通りの質問を通して減点方式での評価に終始しています。結果、学生もゲームルールからの逸脱を避けるために「一般的に正しそうな方法論」に頼って就活をせざるを得ず、個性や才能を発揮しマッチングを図る環境からは程遠い状況に置かれています。
第2回では、そもそも、なぜ日本の就活市場は現在のような「仕組み」になってしまったのかについて、海外でも採用に関わった経験と比較して考察してみたいと思います。
私がグーグルで採用担当をしていた時の話です。とある学生の方に説明会の日程を案内した際、その学生が「その日は授業が入っているため、授業を欠席できるかどうか確認させてください」と申し訳なさそうに返事をしてきました。確かに説明会の日程は限られていましたが、私からは「学業は最優先なので授業は休まないように」と促し、その上で説明会を追加実施することを提案しました。私の対応にその学生の方は目を丸くしながら、本当に嬉しそうにうなずいてくださったのをいまでもよく覚えています。
一方、海外で採用に関わっていた時は、学生の方から「その日は授業があるので無理です」ときっぱり言われることが当たり前でしたし、ましてやそれが選考結果に影響するなんて絶対にあり得ませんでした。
そもそも、学生であれば学業が本分であり、学問は能力を伸ばすための投資ですから、企業からしても優先すべきなのは当たり前です。しかし、日本の新卒採用では、なぜか企業側にパワーバランスが偏り、学生は企業が敷いたスケジュールに従うことを余儀なくされています。この根本的な原因は、1950年代の朝鮮特需から1970年代前半の高度経済成長期に完成された新卒一括採用の仕組みが、大きな変化なくいまだに維持されていることにあると思います。
この時期は、とにかく人手が必要で大量採用が求められました。またジョブ型の組織構造でもないことから、こと新卒採用に関しては実務能力に対するポテンシャルより、組織文化とのマッチングが優先されて採用可否が決まりました。もちろんカルチャーフィットは採用において非常に大切な要素ですから、否定する意図はありませんが、重要なのは「個人の才能・個性」に対する見極めがなくとも採用可否が決まる点です。
この前提に立つと、専門職に直結するような学業でない限りは、企業からの評価の対象になりません。結果的に、学事日程を無視した選考スケジュールが組まれ、“青田買い”が進行してしまうことになります。また、企業から評価されないのでは、学生側も就活中に学業の優先度を上げるのは難しいでしょう。これでは、自分の能力や個性を磨くために費やすはずの学問の時間は削られる一方です。
もう1つ、象徴的なエピソードをご紹介しましょう。グーグル時代のとある同僚の話です。「自分はグーグル入社時は金髪だった。さすがにグーグルでも怒られるだろうと思っていたけれど、入社初日研修を担当する人事の髪が緑色だった」と笑いながら話してくれたことがあります。さすがグーグルといった例かもしれませんが(笑)。
一方で、就活を理由に髪の毛の色を黒に染め直すという学生は毎年たくさんいます。就活用のメイクを習う講座まで開催されているほどです。もちろんマナーとして整えなければならない部分はあると思いますが、学生の目には就活では「いかに普通か」をアピールしなければならないと映っているようです。
ここにも逸脱を許さない新卒採用の仕組み、そして企業側の期待値が見え隠れします。そして、このような企業側の期待値がある限り、「目立つこと」は避けられ、ルールに則って「安全に」就活を終えることに、学生はエネルギーを割き続けることになります。この負のサイクルが回っている限り、大多数が最大公約数に収束し、個性が表現される場とは対極の状況が維持されてしまいます。
採用ブランディングを通して、多くの企業は声高に「次なるイノベーションのために尖った才能を求む!」と表明していますが、本音は「おとなしく言うことを聞く従順な人材が欲しい」ということなのでしょうか。
個性に向き合わない新卒採用の「仕組み」についてここまで書いてきましたが、翻って採用の現場に目を向けてみると、個性に向き合いたくても向き合えない悲哀も見えてきます。実際、新卒採用担当の皆さんからは、「できれば、もっと個々人にじっくり時間をかけて採用したい」という声をよく聞きます。でも、やりたくてもできない事情もあるのです。
それが、年々多忙を極める現場の過密スケジュールです。たとえば、2023年卒業学生に向けた新卒採用(日系大手企業の場合)を例に、その過密スケジュールを見てみましょう。
2021年初頭:始動
2021年春:夏期インターンシップ募集に繋げる説明会など
2021年夏:夏期インターンシップにて学生との関係構築スタート
2021年秋〜冬:秋冬期インターンシップなど、引き続き学生の応募意欲向上施策
2022年春:面接選考の実施準備
2022年6月初旬:面接選考スタート
2022年6月中〜下旬:内定提示と受諾交渉
2022年夏:採用活動の振り返り
2022年7月〜2023年3月:入社までのつなぎ止め施策の実施
2022年10月:内定式の実施
2023年4月:入社
このように2023年卒業の学生を採用する計画は、およそ丸2年を費やして実行される長尺のタイムラインなのです(外資系企業やベンチャー企業など、これよりさらに早い段階から活動を開始している企業も多くあります)。
さらに厄介なのは、新卒採用は毎年同じようなスケジュールで繰り返されるため、2学年分、時期によっては3学年分の採用活動が並行して動くことです。たとえば毎年3月頃は、4月に入社を控える内定者に向けたフォローと、翌年入社を目指す学生向けの面接選考準備、さらに翌々年入社の学生に向けた夏インターンシップの計画が同時進行します。次から次へと計画を実行に移さねばならないので、採用活動を振り返り、効果的にPDCAを回す余裕がありません。過去の自分を振り返ってみても、5月のゴールデンウィーク、8月のお盆、9月のシルバーウィークといった長期休暇をゆっくり過ごせた記憶がありません(笑)。
上記のような「通常業務」に加えて、最近ではリファラル採用など新しい応募チャネルも増えていますし、オンライン化への対応なども大急ぎで取りかからなくてはなりません。新卒採用担当者の負担は増すばかりで、煩雑な業務に追われて「学生一人ひとりにもっと時間を割いて丁寧に吟味したい」と悩む方を多く知っています。いまから何十年も前に作られた時代に合わない「仕組み」を回すことに手一杯な新卒採用の現場には、学生の個性に向き合う余裕も、会社の個性を生かした採用方法を着想する余裕もないのです。
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