2021年9月のデジタル庁の発足に向けて、日本国内ではデジタル化やDXへの注目が高まっている。しかし、本当に日本のDXは進んでいるのだろうか?本記事では、工場や店舗などの現場向けのクラウドサービスを提供する筆者が見てきた現場の実態や、DXを推進するためのヒントや提言をお伝えする。
「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉を昨今よく目にするようになった。Googleトレンドによると2015年頃から少しずつ登場し、デジタル庁の設立発表などを経て、ついに3月の段階で最高の数値を記録している。
これほど盛り上がりを見せるDXというワードだが、一体何を指しているのだろうか?明確に答えられる人は少ないのではないだろうか。
さまざまな場所でDXの定義が語られているが、総じてDXとは、「ビジネスモデルの変革を伴う、競争上の優位性を築くためのデジタル技術活用のこと」を指しているようだ。この定義があるために、「それはDXではなく、ただのIT化だ」といった議論が散見される。さらにDXは一朝一夕で誰もが容易に出来ることではなく、敷居が高い印象を受けるのではないだろうか。
それもそのはずで、現在までDXの成功事例は、一部の大手企業にとどまっている。その一方で、多くの現場では未だに紙やハンコ、人力によるエクセルへの転記作業などが溢れているのだ。巷に、AIやIoT、VRといった言葉が流通した結果、「夢見がちなDX」をイメージする人が増えている印象を受ける。それ自体は決して悪いことではない。テクノロジーの可能性に心躍ることで、オペレーション変革の第一歩を踏み出すことができるからだ。しかし、そこに至るまでにはステップがあることを理解して、しっかりと段階を踏んでいくことを認識する必要がある。
改めて「現場のDX」について、レベル分けをすると以下のようになる。
カミナシは、ITやPCを使えない環境で仕事をするノンデスクワーカー向けのSaaS「カミナシ」を提供している。商談時には「AIを使って一気に自動化はできないか」と言われることも多い。出来ることなら叶えたいが、やはり一気には難しいのが現実だ。
多くの現場では、まずステップ1~3に取り組むことになる。これをカミナシでは「身の丈DX」と呼んでいる。掛けられる費用や期間、労力にも限界がある中で、「頑張れば誰もが手が届くデジタル化」をそう呼んでいる。
この時に、あえてステップ1の「ツールのデジタル化」をゴールに取り組む人たちはほとんどいない。もちろん紙や判子がなくなれば業務効率化にはつながるが、工場や店舗などの現場では、単にPDFにしたり、タブレットにエクセルを表示させて入力しても、やり方が変わっているだけで誰も楽にならないのだ。
DXが注目される時代において、ツールのデジタル化を目的にしても変革できる業務はごく一部となる。現在は、比較的手軽に導入できるSaaSが登場したことにより、ステップ2の「業務のデジタル化」がスタート地点となるだろう。最終的なゴールは、基幹システムから現場で使うツールまでを一気通貫でデジタル化することだ。
製造業の工場では、生産管理業務は基幹システムに組み込まれていることが多い。生産管理はいわゆる「基幹業務」に当たる。一方で、機械の設備点検など、エクセルで管理しているような業務は「非基幹業務」とされる。
いきなり「基幹業務」そのものをデジタル化しようとすると、現場の負担もシステムを変更するコスト負担も大きい。まずは、ツールを置き換えやすい「非基幹業務」の領域に、単独で使えるSaaSを導入していき、小さな成功事例を積み重ねていくこと、つまり「身の丈DX」が最終的なゴールまでの近道になる。
この数年でSaaSを提供する企業が増えたことにより、業務のデジタル化が進んでいる。しかし、そのほとんどはデスクワーカー向けのサービスである。PCや机のない現場で働くノンデスクワーカーの状況については、この数年間それほど大きく変わってはいないのだ。
カミナシを創業して4年、この事業を通じて強く感じるのは、「現場のデジタル人材不足」だ。筆者自身もずっと、「良いシステムさえあれば、世界が変わる」と思ってやってきたが、そうではないと最近気づいた。すでにいろいろなところで提言されているが、日本のDXが遅れている最大の理由は「デジタル人材の偏り」にある。そのため、ユーザー側のITリテラシー不足や、推進者不在により遅々として進まないのだ。
特にこの問題は、ノンデスクワーカー領域にこそより顕著だ。大手の上場企業であっても、工場や拠点、店舗などにはデジタル人材が不在のことが多い。日常的にPCやスマートデバイスを業務で活用しているホワイトカラーの企業とは状況が異なる。
デジタル化推進に必要なのはシステム5割、それを使う人材が5割と言える。SaaS事業をやればやるほど、これを痛感している。サービスの提供者として、並行して「デジタル推進人材」を世の中に増やしていかなければならない。
その鍵こそが「ノーコード」にあると思う。ノーコードとは、「プログラミング知識がなくても、ドラッグ&ドロップのような簡単な操作で、誰でも簡単にアプリケーションを作成できる方法」のことを指している。おもちゃのブロックのように、さまざまなパーツが用意されていて、それを組み合わせてオリジナルのアプリを作るイメージだ。
つまり、誰かが作ったシステムをそのまま使うのではなく、自分自身の手でアプリを作ることになる。その際、ユーザーは自分の頭で考え、試行錯誤してパーツを組み合わせながら形にしていく。自ら業務アプリを作り、現場に導入したならば、彼らは「デジタル推進人材」と呼ぶに相応しい。
米ガードナーの調査によると、2024年にはアプリケーション開発の65%がノーコードなどの手法で行われることになるという。これは同時に、企業側のデジタル化推進人材を育て、増やすことにも繋がると考えている。実はそこに価値がある。
これまで現場業務のデジタル化は、IT部門やシステム会社が主導して推進されていた。しかし、今後はノーコードツールが広がる過程を通して、現場主体でデジタル化が進んでいくことになるだろう。
ノンデスクワーカーも日常ではスマートフォンを使いこなし、便利なサービスを享受している。業務においては、管理部門や社外の人間より現場のことに精通している。足りないのは、自分のアイデアを形にする“道具”だけなのだ。自分が普段使っている現場事務所のパソコンから、簡単な操作でアプリが作れるようになればすべてが一変するだろう。
2020年代は、ノーコードによりITの民主化が加速する。「身の丈DX」は現場で働くノンデスクワーカー自身の手で実現される時代になるのだ。すると、これまで業務で使ってきた紙やハンコが一気にデジタル化する可能性が高い。むしろ、そうなってくれなければ、DXは進みようがない。従来のような外部に発注して、一から壮大なシステムを構築する方法では時間が掛かりすぎる。現場をもっともよく知る彼ら自身の手で5個、10個とアプリを作って広めてもらうことで、DXは加速すると考える。
夢見がちDXという少し皮肉な呼び方をしてしまったが、AIやIoTの活用も今後10年で飛躍的に進むのではないだろうか。紙やインクから、現場主導でデジタル化されたデータの上で、AIによる分析や予測が活用される。この領域は、引き続きITベンダーが主導的な役割を担うだろう。
ノンデスクワーカーとデスクワーカーの間にある、IT活用度合いの差は縮まっていくと考えている。すでに日本人の85%以上がスマートフォンを使っており、この割合は1年経つごとに増えていくだろう。10年前と比べて、タブレットの性能は10倍に、価格は約40%も安くなった。少しずつ、土壌は整いつつある。
現場向けのデジタル化はまだ始まったばかりだ。前述のとおりいきなり高みを目指さず、身の丈にあったDXをノーコードで実現する。それがひいては、日本のDXを速く推進する一助になると考えている。
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