81歳のGeorgina Schuldtさんは、同じ場所にずっといることに慣れていない。看護の仕事を引退した後、夫と一緒に8年間ボートで暮らし、カナダからパナマに航海した。それから戻っても、毎年夏になると、太平洋岸北西部にキャンプに行っていた。
だが、夫は2019年に亡くなってしまった。現在、Schuldtさんは歩行器を使用しているため、長距離を移動することはできない。飛行機に乗ったり、他人に車椅子を押してもらってどこかに行ったりする気はない。
このような状況にもかかわらず、Schuldtさんは先頃、欧州の都市を巡ることができた。仮想現実(VR)の中で。フロリダ州にある、Schuldtさんが暮らす生活動作支援介護施設では、MyndVRのヘッドセットを3台所有している。MyndVRは、65歳以上の人々を対象とするVR体験の開発を手がける企業だ。
「初めて試したときは、スペインの都市を見た。私たちは街の広場にいて、すぐ目の前を歩く観光客までいた。触れそうな気がした」。Schuldtさんは、初めてのVR体験をそう語る。「素晴らしいと思った」
われわれが話をした日、Schuldtさんはちょうどヘッドセットを使って、色鮮やかな紅葉の森を訪れてきたばかりだった。
「VRは、今いる環境から別の場所へと自分を連れていってくれる。大好きなのに、今となっては訪れることのできなくなった場所に戻って、さまざまなものを見ることができるのは、とても楽しい」(Schuldtさん)
VRは、高齢者の孤独感と社会的孤立の軽減に利用できる多くのテクノロジーの1つだ。研究者によると、高齢者の孤独の問題自体が伝染病のように蔓延しているという。
全米アカデミーズの2020年の調査によると、65歳以上の人の4分の1近くは社会的に孤立していると考えられるという。孤独感を訴える高齢者ほど、不安やうつ病、自殺、心臓病、脳卒中、認知症のリスクが高いことが調査で明らかになっており、喫煙や肥満、運動不足に匹敵する危険因子とみなされている。
「深刻な孤独感が長期間続くと、健康に悪影響が及ぶこともある」。そう語るのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校で健康的な老化と高齢者の介護を専門とする上級副学部長で、精神医学と神経科学の著名な教授でもあるDilip Jeste博士だ。
幸い、生活を変えることで、そうした事態にならないようにすることもできる、とJeste博士。テクノロジーは、米国の高齢化社会において、より社会とつながった健康的な生活をもたらすという大きな青写真の鍵の1つとなるかもしれない。
高齢者だけをターゲットとするVR企業が、高齢者の暮らすコミュニティーに進出している。そうした企業の狙いは、憂うつな日常生活からの逃避や、家族とつながる場所を提供することにある。
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