ホスピスの看護師Laurie McKayさんが救急処置室に駆けつけると、受け持っている60代前半の男性末期がん患者が、股関節骨折で担ぎ込まれたところだった。「いつかこんな日が来るとは思っていたが、今日は、妻と一緒にクルーズ船に乗るはずだったんだ」
McKayさんは、サンフランシスコのベイエリアにあるContinuum Care Hospiceの看護師指導の主任を務めている。患者の男性とその妻がふたりで最後のアラスカ旅行に出かける機会をだめにしてほしくない、そう考えたMcKayさんは、同病院が患者に使い始めていたツールに目をつけた。仮想現実(VR)だ。
退院したら夫妻の自宅を訪問すると約束したMcKayさんは、サムスンの「Gear VR」ヘッドセットと、Googleの「Earth VR」を使って、クルーズ船の寄港地をすべてマップ上に指定し、360度の大海原、夫妻が訪れるはずだった滝や氷穴などを再現した。ほかにも、この男性が子どもの頃に住んでいた家の今の様子、男性が働いていたボートが係留してあるカリフォルニアのマリーナなども見せた。
「この患者が二度とできないだろうと思っていた体験ばかりだった」、とMcKayさんは話している。
VRは、ゲームやマーケティングのための仕掛けと思われがちだが、他の業界にも着実に浸透してきた。そのひとつが医療だ。医療向けのVRだけでも、2026年までに69億1000万ドル(約7500億円)の市場になると、市場調査会社のReports and Dataは3月のレポートで予測している。
VRは、一時的に流行しながら期待外れに終わってしまったと不当に評価される可能性もあるが、まだ見切りをつけていない企業もある。Facebookは、4月末から開催された開発者会議「F8」で、399ドル(日本では4万9800円)の「Oculus Quest」の発売予定日などを発表した。米CNETのScott Stein記者は2019年に入って試したなかで最高と評している。そして、VRはコンシューマー向けを超えた世界にも進出し始めている。
例えば、ホスピスケアにVRを利用することが、医療従事者の間で広がりつつある。病室から、ましてベッドの上から動けなくなった患者に、広い世界を体験してもらうのだ。ロンドンに行きたい、イルカと一緒に泳いでみたい、スカイダイビングをしてみたい。そんな「生きているうちにやっておきたいことリスト」の夢を実現する手段になる。治療やカウンセリングの一環にもなるし、疼痛管理に役立つ可能性もある。
VRを患者に使ってもらおうと、過去1年ほどの間、Continuum Care Hospiceが協力体制をとっているのが、高齢者向けのVRに特化した企業Rendeverだ。
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