Tom Neumann氏にとって、忘れられない変化の一瞬だった。
Neumann氏は、共同創業した会社で開発した仮想現実(VR)プラットフォーム「Rendever」のデモを、2018年、コネチカット州ノーウォークの高齢者施設で行った。試してもらったのは、入居者のひとりMickeyさん。認知症で、何週間も前からほとんど口をきかず、笑顔も見せていない。そのMickeyさんに、Oculusのヘッドセットを装着して、子犬がいっぱいの部屋を仮想体験してもらったのだ。
Mickeyさんの顔が、たちまち明るくなった。にこにこしながら子犬に話しかけ、キスを送る。実際にかわいがるように手を伸ばすその姿が介護士たちの涙を誘った、とNeumann氏は回想する。
「信じられない。本当に自分の手で触っているみたい」。Mickeyさんは驚きの声をあげ、笑みを浮かべたという。
VRのことを考えるとき、高齢者というのはターゲット層としてほとんど想定されていないかもしれない。ヘッドセットを使って目と脳を欺き、仮想の世界にいると思い込ませるこの技術は、もっぱらゲーム体験などに使われることが多いからだ。だがVRは、人工知能(AI)やロボット、モーションセンサなどと並んで、高齢者の孤独を癒やし、場合によっては、より長く自立した生活を送ることも可能にするものと期待されている。そうした技術を使った製品の数々が、先頃ラスベガスで開かれた世界最大級の家電見本市CES 2019で紹介された。
米国立老化研究所によると、高齢者層を対象にしたイノベーションは、高齢化するベビーブーム世代に恩恵をもたらす可能性があるという。ベビーブーム最後の世代は2030年までに65歳を迎え、その頃には米国内で高齢者が人口の20%を占めるようになる。
高齢者、特に施設に入居している高齢者にとって、RendeverのようなVRプラットフォームは、孤立感、身体の不自由さ、うつなどの改善につながる可能性があると、同社の最高技術責任者(CTO)も務めるNeumann氏は言う。「Oculus Go」ヘッドセットとサムスンの「Galaxy Tab A 10.1」を使って、入居者と介護士は世界中ほとんどどんな場所にでも行ける。それこそ、マチュ・ピチュ遺跡でもエッフェル塔のてっぺんでも、あるいは子どもの頃に住んでいた家でも、自由に選んで仮想的に訪れることができるのだ。
「(高齢者の)コミュニティーに入ったとたん、世界が小さくなってしまう人も多い。好きなことができなくなったり、大切な場所に戻れなくなったりする。大事に思っている人の人生の、二度とない瞬間に立ち会えなくなってしまう。VRを使えば、もう一度そういう世界を広げることができる」(Neumann氏)
複数のVRヘッドセットを同期して、グループが一緒に仮想旅行にいくこともできる。同じプラットフォームを、もっと個人的な体験に使うことも可能だ。例えば、孫娘がドミニカ共和国で結婚式を挙げるとしたら、その様子を親戚がRendeverのカメラで撮影し、同社のウェブポータルにアップロードすれば、ヘッドセットで見ることができる。
Rendeverは、高齢者コミュニティーを対象にしているが、AARP(全米退職者協会)と共同で「Alcove」という消費者向けプラットフォームも開発しており、これもCESで発表された。Alcoveでも、世界中ほとんどどこへでも仮想旅行ができるほか、複数のユーザーが一緒に動画を見たり、一緒にゲームを楽しんだりすることも可能だ。こちらのアプリは、Oculus Goでアーリーアクセスが始まっている。
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