広告が嫌われる“本当”の理由--業務に忙殺されるマーケターの闇

村岡弥真人(アライドアーキテクツ CPO 兼 上級執行役員)2019年11月21日 08時00分

 「広告は嫌われている」

 広告業界にいると、この言葉を頻繁に耳にします。時には「広告は悪だ。出稿すべきではない」と言う人にも出会います。生活者が望まないタイミングで、望まない場所に、半強制的に出現する広告に対して嫌悪感を持つ感情はよく理解できます。

 Yahoo! JAPANを始めとする主要メディアも、アドフラウド問題をはじめとするデジタル広告の健全化に本格的に取り組んでおり、「嫌われる広告」が業界全体の明確な課題として認識されています。

 しかしながら、広告を広義に解釈すると、毎日の生活を豊かにする製品や、必要とするモノと出会うための重要な接点であり、私達の生活の中に当たり前のように存在し、馴染んでいるものではないでしょうか。そのくらい現代人の生活の基盤になっているにも関わらず、人は広告を嫌います。

 広告が嫌われる理由は、広告そのものが悪いためでしょうか?

媒体と手法の多様化によって多忙を極めるマーケターたち

 広告が嫌われる本当の原因は、広告そのものが悪いのではなく、広告やマーケティングに携わる多くのマーケターが、生活者にとってより良いコミュニケーション設計をするための十分なリソース(時間や情報)を割けていない状況により、ユーザーファーストではない広告が氾濫していることだと思います。

 私がデジタル広告の仕事を始めた約10年前から考えても、じつに数多くの広告媒体や広告手法が新たに登場しました。さらに、新規媒体や新規手法には、かつてのようにアドネットワークやDSPのような多くのメディアを集約し効率的に運用する機能も適用されづらくなり、メディアごとに時間を投資し向き合う必要性が増しています。また、モバイルサービスやSNSの台頭により、これまでのPCで通用してきたクリエイティブやコミュニケーションが通用しなくなり、メディアや施策の数だけ細かいクリエイティブが求められるようにもなりました。

 その大きな変化にともない、ブランドマーケターの業務範囲やKPIの種別も純増。また代理店も生産性やノウハウの観点でかつてのように広告主の施策をトータルで請け負いきれなくなり、得意領域に合わせて戦略的に支援を絞るケースも増えています。その結果、施策複雑化に合わせて増えるリサーチ業務やエクセル作業、取引代理店の増加、代理店が取り扱わない作業の自社運用化により広告主のマーケターは多忙を極めるようになりました。

「嫌われる広告」を脱出するための3つのキーワード

 「やったほうがいいのは分かっているだんけどね、リソースがあれば……」。広告代理業をやっていた時にこのセリフを何百回と聞きました。

 業務に忙殺された結果一番おざなりにされてきたのが、生活者や顧客と向き合う時間やインサイトを深掘りしてコミュニケーション設計に落とす余裕です。最適化技術やAIの重要性が高まる昨今においては、余計にインサイトの深堀りやコミュニケーションへの感度が低下しているような印象もあります。

 弊社の調査でも、極めて多くのマーケターが「施策の実行にかかっている時間を減らしたいと思うか?」という質問に「思う」と回答しており、業務に忙殺される状況を顕在的な課題として認識している方も少なくありません。

 その状態が続けば続くほど、マーケターの中での生活者や市場の観点が失われ、いつしか自身の業務に違和感を持たなくなっていってしまいます。市場や生活者への理解の薄さは広告効果の伸び悩みに繋がり、それはマーケターとしての生産性低下にも繋がります。

 一方でもし仮に、余計な業務や人力の限界からマーケターが解放されることで、より多くの時間を生活者の理解やコミュニケーション設計に使えるようになれば、「嫌われる広告」は減っていくのではないでしょうか。

 マーケターが現状の業務の違和感に気づき、より本質的な課題解決に動く上で、下記3つのキーワードを意識することが重要だと考えます。

(1)生活者起点

 生活者の嗜好性や商品購入に至るまでの判断基準が複雑化し続ける中で、従来のように市場や顧客像をマクロの集合知で捉える手法だけでは生活者が買いたいと思う商品の開発や、生活者に届くマーケティング施策の設計が極めて難しくなっています。市場や顧客を深く理解するためには、生活者や顧客と直接つながらなければなりません。

 当たり前な提言ではありますが、「顧客データを保有していない/データはあるがコミュニケーションできる関係性ではない/リサーチパネルの調査では自社顧客のインサイトを取得することが難しい」などの理由で、生活者との関係を構築できていない企業は少なくありません。ブランドが生活者と直接繋がり、フィードバックを受ける仕組みを作ることが、真に生活者に届く「生活者起点」のマーケティングを実行する上で重要になります。

(2)テクノロジー

 前述した「生活者起点」を実現するためには、マーケター自身の作業業務過多を解消する必要があります。従来であればマンパワーで解消していた課題でも、労働人口が減少しながらも賃金が上昇する日本経済においては、従来のような人の行動量に依存した施策実行を続けることは、施策のROI悪化に繋がってしまいます。人月ベースの作業業務のほとんどはテクノロジーで代替可能です。

 一方で、いまだ新規のテクノロジーの導入にアレルギー反応を示すブランドや代理店は少なくありません。雇用を守る、従来の慣習を大切にする、さまざまな理由を聞きますが、テクノロジーによるアップデートを続けることができない企業は生産性が悪化するとともに利益が減少し、新たな挑戦や投資をすることが難しくなるはずです。

(3)パートナーシップ

 広告を良くするためには、関係する全ての人間が広告の先にいる生活者のことを考え、コミュニケーションを設計し実行することが必要です。もし、ブランド企業と代理店の間に発注主とベンダーの厚い壁があり、両社が公平なコミュニケーションができないと、代理店は生活者のことではなくブランド企業(顧客)の満足を優先してしまいます。

 「発注する側」「納める側」という関係性ではなく、共通のゴールを持ったパートナーとして、共に生活者に向き合うことができる関係性を作ることが、生活者にとっては最良の状況を作り出すはずです。パートナー企業としても、安売りや値引きで惹きつけるのではなく、ブランド企業からパートナーとして信頼してもらえるような支援体制やノウハウの蓄積が重要になってきます。

 「生活者と向き合い、テクノロジーを活用することで業務効率の向上を図り、共通のゴールを目指せるパートナーシップを築く」

 極めて当たり前のことですが、今の広告業界には不足している視点だと考えています。すごくシンプルで当然だからこそ意識されづらくなりますし、マーケティングの本質だからこそ「適切に顧客や市場を捉えること」は極めて難しい業務です。

 しかしながら、今や社会問題にもなっている「広告が嫌われる問題」に立ち向かうためには、我々広告業界の人間だからこそ、原点に立ち戻り、当たり前のことを当たり前に行うための進化をしていく必要があるのではないでしょうか。

村岡 弥真人 Yamato Muraoka

アライドアーキテクツ株式会社 CPO兼上級執行役員

大手ガラスメーカーでの勤務を経て2012年にアライドアーキテクツ入社。2014年よりSNS広告に特化した広告代理事業を立ち上げ、自社最大の事業まで事業拡大を行う。2016年にUGC Centric Creative Platform “Letro”の提供を開始、Facebook及びInstagramのオフィシャルパートナーに。2017年より自社プロダクト事業全体の統括を行い、ベトナムの開発子会社2社の経営も兼任。2018年CPOに就任。アジア市場全体での事業展開を担当。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]