すでに数多くのユニコーンが生まれているブラジルのスタートアップシーンについて、現地で日本人唯一のベンチャー投資家であるブラジルベンチャーキャピタル代表の中山が解説します。
前回ご紹介したように、ブラジルのエコシステムには、多くの投資家が入ってくることでより優秀な人材が起業し、大きなEXITをすることでさらに多くの投資が入ってくるという好循環が生まれています。そこに、わずか1年で急激に存在感を表しているのがソフトバンク・ビジョン・ファンドです。
ブラジルには十分に投資機会があるにも関わらず、私が参入する前には日本の投資家はスタートアップ領域にほとんどいなかったのですが、彼らからはやはり「理論的に考えれば機会もあるし、面白いけれど、なにしろ遠いからなあ」というコメントを数えきれないほどいただきました。
しかし、理論的に考えて機会があれば、しがらみなくやってしまうのがソフトバンク。いくつか大きな投資をした後、2019年に50億ドル規模の南米市場向け投資ファンドを設立。ついに南米スタートアップ市場に本格的に投資をし始めます。同時に、VCファンドへの投資を通じて、小規模ベンチャーも網羅しながら、アクセラレーターまでやるという包括的な活動計画が次々とアナウンスされています。
今回は、ブラジルのベンチャーキャピタル業界で話に出ない日がないソフトバンク・ビジョン・ファンドの活動について整理します。
まずは、公表されているソフトバンク・ビジョン・ファンドのブラジルのスタートアップへの投資実績を振り返ってみましょう。
2017年に「99」というタクシーアプリから始まったライドシェアのスタートアップに投資します。その後、99は中国のソフトバンクの投資先である滴々に100%買収されます。2018年には宅配バイク便のシェアリングプラットフォーム「Loggi」に出資します。ここまでは年に1回程度の様子見といえる投資でした。
ところが、2019年に入ってからは、すでに7件投資しています。この記事を書いている最中にもいくつか新規投資のニュースが出て情報を更新しなければいけない状況で、年内にもう数件の投資するのではないかと業界では噂されています。
2017年以前のブラジルのスタートアップのEXITは数十億円規模でも十分大きなものでした。ところが、2019年に入ってソフトバンクだけで10件近い1000億円超のバリュエーションがつく案件が出てきているのです。起業家も投資家にも、これまでのリターンの想定を100倍近く上回る可能性が見えてきたわけです。
2019年のソフトバンクの投資増の最大の要因は、2019年3月に発表されたラテンアメリカに特化したSoftbank Innovation Fundです。2019年以降4〜5年間で50億円規模の投資を行う計画が発表されています。
これを率いるのはMarcelo Claure氏。携帯電話卸売会社Brightstarを起業して1兆円企業に育て上げ、2013年10月にソフトバンクに売却。その後、2014年8月に米携帯電話3位のSprintのCEOに就任した人物です。2018年6月にはソフトバンクグループのCOO (兼同グループInternationalのCEO)に就任しており、まさに今話題のWeWorkのエグゼクティブ・チェアマンとして再建を託されています。南米のボリビア出身だけにラテンアメリカ市場の見識も確かです。
Marcelo Claure氏がグループ全体を大きく見る中で、ソフトバンク・ビジョン・ファンドのサンパウロオフィスで指揮を執るのがAndre Maciel氏。ブラジル出身の彼は J.P. Morganで17年間、ニューヨークやサンパウロを行き来しながらテクノロジー事業関連のM&Aや投資に関与してきた、米系投資銀行での経験が長い人物です。
私の周囲からいろいろ聞こえてくる情報としては、現在サンパウロで活動するソフトバンク・ビジョン・ファンドのスタッフは約10名程度。投資の件数・規模感からすると小規模かもしれませんが、ブラジルのVCの中では大きなチームと言えるでしょう。
ブラジルのソフトバンク・ビジョン・ファンドが他国と異なるのがレイター以外の投資も積極的に行っていることです。Andre氏自身がイベントで、3億ドルを南米のベンチャーキャピタルに投資したと発表。自分たちでアーリーステージのスタートアップを見ることはできないため、「小規模なマーケットには異なるコスト構造で臨む」「韓国・中国勢に遅れを取らない」「ベンチャー企業への税制優遇も追い風に、ラテン・アメリカ各国とのネットワークを強化する」といった目的での投資です。
出資先としてメディアなどに名前が挙がるのはKaszek、Redpoint、Valor Capital、Canaryなど。Maciel氏は「すでにバリュエーションは2倍以上になっているだろう」ともコメントしています。
さらに、2019年7月末にはブラジルの株式市場に上場しているBanco Intelに資本参加。約220億円を投資しています。Banco Intelはインターネット・モバイルバンキングに強いこともありますが、銀行を持つことでバリュエーションが高くなりがちなFinTechスタートアップができることの範囲を広げたり、逆にBanco Intel自体がメリットを受けることで、さらなる成長が見込めるという狙いでしょう。
2019年9月には、高成長が見込める約40社の企業をブラジルへ誘致することを検討中と発表。Latin America Tech Hubとして海外からブラジル進出がしやすい環境を作るのが目的です。当然ブラジルのスタートアップを買収しての進出も増えてくるでしょう。すでにソフトバンクグループの出資先であるUber、WeWorkはブラジルへ進出しています。また「ブラジルのヘルスケア、物流、交通、農業などの分野に投資機会があるだろう」との考えも示しました。
スタートアップはもちろん、ベンチャーキャピタル、上場企業である銀行への投資、海外スタートアップのブラジルへの進出支援と、まさにブラジル全体を取りに来ているソフトバン・ビジョン・ファンド。それだけブラジルや南米の市場は魅力的ということでもあると思います。
ソフトバンク・ビジョン・ファンドは、11月22日に弊社が主催する「ブラジル・ジャパン・スタートアップ・フォーラム」にも参加予定です。ぜひダイナミックなブラジルマーケットを日本の皆様にも肌で感じていただければ幸いです。
中山充
株式会社ブラジル・ベンチャー・キャピタル代表
ブラジル・ベンチャー・キャピタル代表。ブラジル・サンパウロ在住。 1998年に早稲田大学卒業後、ベイン&カンパニー東京支社に勤務。その後、起業し10年間スタートアップの経営を行う。2011年スペインIEビジネススクールのMBAを取得。2012年より初の日本人スタッフとしてブラジルのベイン&カンパニーサンパウロ支社に勤務後、2014年にブラジル・ベンチャー・キャピタルを創業。ブラジルのシードステージのスタートアップへの投資育成を行う。 ブラジルで唯一の日本の投資家・企業向けのブラジル・ジャパン・スタートアップ・フォーラムや、日本でブラジル・アグリビジネス・フォーラムを主催するなど、日本とブラジルのスタートアップを繋ぐ活動多数。
著書「中小企業経営者が海外進出を考え始めた時に読む本」「未来をつくる起業家 ブラジル編」
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