スポーツ業界の働き方にメスを--プロバスケ千葉ジェッツ代表に聞く“意識改革と理念” - (page 2)

“好き”は結果的には生産性を落とす

ーー夢やあこがれを持って“好き”を仕事にすることに対して、金銭や寝食をいとわないという考え方を持つ人もいるかと思いますが、その点はどう思いますか。

 思いを強く持っている人ほど仕事との境目なく働いてしまう、残業代はいらないぐらいの勢いで仕事をしようとする人もいる。その気持ち自体はわかります。実際バスケットボール……しいてはスポーツやエンタメ業界全般で見てもよくあることかと思います。

 会社としてはガバナンスとして、リスクのある過労死の問題にナーバスにならざるを得ないのは事実としてありますが、それ以前のところで、好きすぎて盲目になるのが、本当に幸せなのかと。物事や仕事の境目が見えなくなってしまい、時間をいとわず働くことは、結果的には生産性を落としてしまうと、私は思っています。「好き過ぎる」の弊害はそこにあって、スポーツ界隈には多いです。

 仕事は“やりたいこと”と“やるべきこと”の2つがあって、ビジネスの優先順位はやるべきことにある。でも、やりたいことのほうに流れると、それで生産性が落ちたり、結果が得られないことも起こりえます。そこはフラットな仕事の視点で割り切って判断すれば、“やるべき”の方向に向かいます。なので、経営者としてはどこまで心を鬼にするのか、ですね。あと私個人の意見ではあるのですが、仕事は覚えてくると、結果的になんでも好きになると考えています。

 その観点からいくと、私はドライすぎるぐらいにドライに見ていたと言っていいです。実際、千葉ジェッツの立て直しがうまくいった理由のひとつに、私がよそ者だったからというのはあります。とにかく会社として成り立たせないと意味がない。ビジネスとして利益を出し、社員や選手に還元し、ファンサービスなどへの投資をしてブースター(ファン)も喜び、さらなる利益を生み出すという循環に持っていくことだけを考えていたので。自分で言うのもなんですが、エモーショナルな部分は非常に低かったです。 

 こういう考え方はビジネスライクすぎると指摘されることもありますが、仮にそこを怠って、資金難になって主力選出を放出せざるを得ない状況になったら、ブースターは怒ると思います。魅力的な選手を抱えて強いチームを作り、会場の演出も凝ったものにして来場したみなさんにも満足していただくためには、当然資金が必要であり、ビジネスをきちんと遂行する必要がある。そのためにはスタッフが適正な働き方をしなければいけないし、そのための教育も必要だと。この責任は私にありますから、そこは割り切ってますし、ビジネスとしての割り切りを徹底していることが、ある意味強みですね。

ーーそうした考え方を持ち込もうとしたとき、スタッフとの間に問題は発生しなかったですか。

 当時考え方の違いによる反発は、確かにありました。そのときに、私は1年で必ず黒字化する、できなかったら退任するという約束をしました。そのうえで、もし私が社長でいることが嫌だったら、反発して仕事を放棄してもらってもかまわないと。赤字になったら追い出せるので、私がいることを望むかどうかはみんなで決めてほしいと伝えました。

ーースタッフの方の意識がポジティブな方向に変わったのは、どのタイミングでしたか。

 2年連続で黒字決算を出したことですね。1年目のときは途中から着任したので、事実上半年間だったのですが、そのときの黒字化は少しトリッキーなやり方だったのも否定はしないですし、スタッフもそんな目で見ていたのです。でも、2年目のときは年間を通しての目標設定や、会社としての仕組みづくりにも取り組みはじめて、そのうえで黒字になったんです。みんなで頑張っての黒字化になったので空気は変わりました。

 特に、当時のbjリーグで黒字化したチームはほとんどない状態でしたので、信じられないぐらいの見られ方をされたように思います。賞与を出した時にみんな喜んでいたのは今でもよく覚えてますし、やればできるという自信とともに「この人なら本当にできるかも」という、労使としての信頼関係として通じ合ったというか、頑張っていこうという空気感になったのです。本当にそこからですね。

ーー本格的な評価制度を取り入れ始めたのは、2年目の段階からでしょうか。

 2年目のときはいくつか部門別の目標設定はしましたけど、いきなり細かく設定したものを導入しても混乱するので、頑張ったら分配するという荒っぽい感じではありました。空気感が変わった3年目から、会社らしい評価と目標設定の骨組みを自分で作りました。単に業績評価だけではなく、行動規範の2軸で考えましたね。

 なぜ2軸かというと、2000年ごろに米国流の成果主義が流行ったと思うのですけど、30代で起業した際、成果主義を導入したら会社がおかしくなった経験があるんです。聞こえはいいかもしれませんが、結局自分のことしか考えなくなってコミュニケーションがなくなり、他人を蹴落としてまで自分の評価を得たいスタッフまで出てくるような状態までになってしまって。このときの経験があったので、2軸で評価するというのを作り出しました。

 千葉ジェッツが日本一になるために必要な、ビジネスマンのスキルはこうあるべしという100カ条といっていいものを作ったんです。もちろん、いきなり全部実行しようとか目指そうというのは無理なので、そのなかからスタッフ個人個人にあわせて、いくつか目指すものを相談して決める形を取りました。そして業績のプロセス管理と、労使のコミットメントに対するプロセス管理を、週1ペースぐらいに面談しながら細かくやってましたね。

意識改革は“言い続けること”と“メリットを伝えること”

ーースタッフの働き方に対する意識の浸透や、変化を促すことに必要なことはなんでしょうか。

 ルールを言い続けることと、そのメリットをしっかり伝えて与えることだと考えます。例えば「残業を禁止にして残業手当がなくなります」となったら、それは単なるコストカットだと思われます。では、なぜそれをするかという意図を伝えないと、決まり事だから従うかもしれませんが、浸透にはつながりません。ただ言うだけではだめですし、それが実感できないようなメリットでは反発をくらうだけです。短い時間で生産性を上げたらメリットを享受できる、残業手当を凌駕するような賞与などのメリットが得られるような仕組みにしないと、絶対に無理です。

 きちんと仕組みを作って、そのメリットをちゃんと返すことを実行する。そうすれば、スタッフの意識が変わってやり方が変わり、スピードが変わる。スピード感が変わると、顧客満足度もあがる。そしてブースターも増えていき、収益が向上する。スタッフの意識が変わってくれれば、会社として成長軌道に乗せられるのがわかっているので、そこの意識改革は大事だと思いました、一方でお金の問題が出てくるので、それは別で還元するということをセットでやっていっただけです。

 ほかにも、たばこ休憩の禁止も健康リスクではなく、会社としての理念である「千葉ジェッツふなばしを取り巻く全ての人たちと共にハッピーになる」に反しているのでは、という説明の仕方もしています。できるだけ家族や友人、恋人との過ごす時間も大事であり、短い時間で生産性を上げたら給与も増やすと言っているなかで、たばこを吸う時間を自由に取っていることは、生産性を上げることと逆行していないか、というのと、吸う人と吸わない人との不公平感があるのはおかしいと、その2軸で話しています。たしかに反発もありましたけど、わけがわからない話ではないと思うのです。

 やはり、一方的な決定事項として伝えられただけでは「はぁ?」と思われるものです。経営者の思いや考えていること、そしてスタッフのことを考えてベストであるという、その意図をきちんと伝えること、そしてそれを言い続けることが大事です。ルールだから守らせるだけでは、いくら経営者が先導しようとしてもついてこない。一歩間違うと空回りして、スタッフからさめた目で見られてしまいます。小さい話かもしれませんが、そこを丁寧に向き合っていかないと、労使の信頼関係の構築はできないですし、そのためには日頃の努力が必要で、愛情を持って説明をしたり対応をしないといけないではないかと思います。

ーー理念の話がありましたが、これはいつごろ付けられて、どのような位置づけにあるものでしょうか。

 私が社長に就任した日に決めて、スタッフと選手を一同に集めて話をしました。理念はこの会社の生き方を示しているものですし、最上位概念です。こういったものは形骸化しやすいものではありますが、物事の判断で「それはみんなにとってハッピーなことか?」と問いかけたり、会話でもできるだけ使うようにしています。使うものの感覚を持つことで、意識付けを行うようにもしています。

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