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スポーツ業界の働き方にメスを--プロバスケ千葉ジェッツ代表に聞く“意識改革と理念”

佐藤和也 (編集部)2019年04月16日 09時00分
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 「そもそも働き方改革って何なんでしょうね。たまたま働き方改革っぽく見えただけで、それを推進していたわけではないです」。

 そう語ったのは、プロバスケットボールチームの千葉ジェッツふなばし(千葉ジェッツ)の運営会社社長を務める島田慎二氏だ。

 千葉ジェッツは、有志らが主体となって発足したクラブチームで当時のbjリーグ2011-12シーズンから参入。2013-14シーズンからはNBLへ移り、そしてリーグが統合された2016-17シーズンからはBリーグで活動している。近年では天皇杯3連覇を果たしたほか、観客動員数リーグ1位を誇る、人気と実力を兼ね備えたチームとなっている。直近では4月14日の試合において、東地区の連覇を果たした。また、ミクシィとの資本業務提携を発表するとともに、1万人収容のアリーナ建設を目指すことも表明した。

 そんな千葉ジェッツも、かつては資金不足による経営危機に陥り、解散寸前の状態まで追い込まれていたという。そんななかで島田氏がコンサルティングとして関わったことを契機に、経営再建に乗り出す。2012年に運営会社の社長となってからは、スタッフの意識改革や、働き方、組織の本格的な見直しを実行。経営状況も成長軌道に乗り、それにあわせてクラブの成績も向上していった。

 運営会社としては、それまで夜遅くまで働くことが常態化していたが、残業は原則禁止であることはもとより、30分以上の会議やミーティング、たばこ休憩の禁止など細かいルールを設定。短い時間で生産性を上げるとともに、スタッフへの給与レベルを引き上げ、社員旅行など還元する方針をとっている。“日本一短く働く”ぐらいの感覚で、日々業務に取り組んでいるという。

 島田氏自身は旅行会社を自ら設立しバイアウトした経験を持つ経営者であり、スポーツ業界とは無縁だったという。そして島田氏から見たスポーツ業界の運営会社や働く人たちに、違和感を強く持ったと振り返る。そんな島田氏に、どのように千葉ジェッツのスタッフの働き方や意識を変えていったのか、話を聞いた。

運営会社の千葉ジェッツふなばし代表取締役社長 島田慎二氏
運営会社の千葉ジェッツふなばし代表取締役社長 島田慎二氏

「バスケで儲かるなんてありえない」ネガティブ思考だった現場環境

ーーチームとのかかわりを持った当初、スタッフや経営陣を見てどのように思ったのでしょうか。

 率直に、ビジネスとしてスポーツをとらえていないなと。チームに関わっていることで満足しているような状態でした。でもそれでは、経営が成り立たない。稼がないと続かないのは当然ですけど、このままでは再建すら厳しいのではと思いました。

ーーそのときにスタッフとのヒアリングを行ったとのことですが、どのようなことを質問して、どのような反応をしていましたか。

 どうしたらこの状況を解決できるか、その改善提案書を提出するということでしたので、何が問題なのかを突き止めるのが役目でした。社内の状況や実態がわからなかったので、社内の問題とか、今後はどうするといったシンプルなものを質問した記憶があります。

 反応は、非常にネガティブでしたね。「バスケなんてこんなもん」「ジェッツは続かない」「そのうちつぶれる」「バスケットで儲かるなんてありえない」「スポーツ業界に休みがあるなんて思ってないし、それならここにきていない」とかとか……。それを聞いて、闇はここにあると。私自身は、スポーツビジネスを知らなかった人間なので、純粋に「なんだこれは」と違和感を持ちました。会社であれば、ちゃんと働いて対価を得る。それでいて家族を養ったり、プライベートも充実させることが大事だと考えていたので。

ーー当時の経営陣を見てどう思いましたか。

 すごく夢と熱意を持っていたのは伝わってきましたし、一生懸命に奮戦していました。決して当時の経営陣が悪かったとは思ってません。ただ、夢を追って脱サラして少ない資金を集めて立ち上げたチームでしたから、経営者としての経験が乏しかった。資金が少ない場合は行き詰りやすく、ネガティブパターンに陥りやすい状態にありました。

 資金があるならば、ある程度の期間を見て試行錯誤しながら進めていくのもありなのですけど、資金がない場合、短い時間で結果を出さないとショートして立ち行かなくなります。それを経営経験に乏しい方が行うには荷が重いのです。

 当時のbjリーグは参入条件が低かったので、夢とロマンを求めて立ち上げられたチームは、千葉ジェッツに限らずたくさんあったのです。でも現実は違います。このような状況からどうビジネスとして結び付けていくか、そのセオリーについて不足していた部分があると感じていました。

 とはいえ、私もここまで深くかかわることは考えていませんでした。オーナーのひとりが昔からの知人で声をかけてくださり、私も時間があったのでちょっと手伝うぐらいの感覚で引き受けたので。改善する方法を提案するというオファーでしたけど、その提案書の最後には「これは厳しいです」とハッキリ書いた記憶がありますし、手を引いたほうがいいぐらいにも思っていました。

 余談ですけど、社長も1年だけという約束だったんです。でもビジネスチャンスを広げるためにNBLへの移籍を決めたとき、3年は社長をやらないと強豪チームと渡り合うことは無理という意見が、経営や株主側からあり、私も意地になって続けることを決めました。私の役割は危機を脱することでしたので、経営も改善してチーム力や人気も上がった後の事は一切考えていなかったのです。でも、Bリーグが始まることになって、その勢いに乗るためにも続けると決意しました。結果として、自分でもここまで長くやっていることが不思議に感じるところもあります。

ーー社長に就任してから、まずどのようなことに取り組まれたのでしょうか。

 まず、ビジネスマインドを浸透させることです。シンプルに、利益が出なかったら給与も出ないしクラブも続かないという、当たり前の意識を植え付けました。それでいて、がむしゃらに働くのではなく、みんなが時間を気にして無駄を省き、早く帰ることを実現して尚且つ、会社として利益を出すことでみんなの給与アップやプライベートの充実に繋がると、しつこく伝えました。また、それまでのなんとなく残業するということは認めずに原則禁止にして必ず申請する。そういった細かいルールを少しずつ作っていって浸透させていきました。

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