企業理念に基づくマーケティングを実践するアシックス--テクノロジ活用を加速

別井貴志 (編集部)2018年11月15日 11時55分

 およそ70年の歴史があり、世界展開している大手の総合スポーツ用品メーカーであるアシックス。執行役員 マーケティング統括部・統括部長のポール・マイルズ(Paul Miles)氏に、企業理念や哲学に基づいて、どのようにマーケティングしているのか、データやテクノロジをどう活用しているかを聞いた。

アシックス 執行役員 マーケティング統括部・統括部長のポール・マイルズ(Paul Miles)氏
アシックス 執行役員 マーケティング統括部・統括部長のポール・マイルズ(Paul Miles)氏

――マーケティング統括部のミッションは何でしょう。

 ブランド戦略というのは、そもそも経営戦略そのものだと信じています。そのため、全社で取り組む話ですが、その中でマーケティング統括部は、ブランドの理念も含めて顧客の信頼を勝ち取る部門です。そもそも「アシックスは何で存在していて、なぜ良い靴をお客様に提供したいのか」ということを伝えつつ、商品そのものだけではなく、商品に活かされているテクノロジやデザインなども含めて「体を動かすことや、怪我をしないことがなぜ我々にとって大事なのか。なぜそれがお客様にとっても気にして欲しいことなのか」を伝えることがマーケティングの仕事だと思っています。

 そして、1つ新しく組織が追加されました。今までマーケティングがサイロ化されていた面もあり、やはり一貫性を持ったブランドメッセージやそのブランドの見せ方、伝え方が必要ですので、戦略のビジョンを立案するために新しくブランド戦略室ができました。いわゆるサイロを崩すために、経営企画室と一緒に社長直轄の組織として、ブランドを消費者にどう伝えるかというところをフットワーク軽く一貫性を持ってシームレスに取り組むチームです。

 以前は、各販売会社でどうブランドを見せるか、どう商品を訴求させるかと、やや短期的な視点で取り組んできましたが、今はもう少し中期的なブランドビジョンをより考えるようになっています。今は商品開発、販売会社、店舗の方々などいろんな人たちと接して、最終的にどうするとお客様に一番伝わるかというところを重視してます。1つのブランドのプラットフォームがあっても、各地域や顧客それぞれの属性などによっていろいろやり方が変わってきます。そのため、定量的、定性的なさまざまのデータを集めて分析し、何がベストなのかを日々検討しながらできるだけより良いメッセージを作っています。

――では、「アシックスブランド」とは何でしょうか。

 そのためにはまず企業理念、哲学を知ってもらいたいと思います。わかりやすいのは、社名の由来です。アシックス(ASICS)は、「もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神があれかし、と祈るべきだ」というラテン語の名句「Anima Sana In corpore Sano」の頭文字をとっています(オニツカ株式会社とスポーツウエアを手がける株式会社ジィティオ、ニットウェアを手がけるジェレンク株式会社の3社が対等合併し、総合スポーツ用品メーカーを発足)。創業哲学とビジョンは以下です。

創業哲学:「健全な身体に健全な精神があれかし」
ビジョン:「スポーツでつちかった知的技術により、質の高いライフスタイルを創造する」

 基本的には「スポーツとそれに関連してる商品やサービスを通じて、皆さんに健康になってほしい。肉体的な健康があれば精神的にも健康になり、それがより良い社会につながる」というフィロソフィーをベースにしています。スポーツをやってほしいし、体を動かしてほしいということです。この考えができた当時は戦後だったわけですが、21世紀になった今でもさまざまな課題があると思います。テクノロジは生活する上必要不可欠なものになりましたが、モバイルデバイスを見たままずっと集中しているとか、ネットのいじめなどもあります。つまり、現代でもいろんなストレスがあり、仕事でもずっとテクノロジに追われてストレスがある中、体を動かすことによって、より良い精神状態を作れるんじゃないかと思っています。

 スポーツ庁の調べでは、20歳未満と60歳以上の人はすごく体を動かしていますが、その間の世代があまり運動していないようです。こういうのは、将来の社会にとってよくないんじゃないか、だからより動いてほしいと願ってます。スポーツは勝ち負けをはっきりさせたがるところがありますし、もちろん我々もアスリートを応援してますので勝ってほしい想いはありますが、一般のスポーツをやっている方にとっては勝ち負けというより、やっぱり参加してほしいと願っています。そして、より長く参加してほしいのです。間違っても、たとえば1つのレースに勝てばいい、怪我をしてでも勝てばいいんだという考え方ではなく、子供からご年配の方まで日常的に体を動かしていけば社会にとっても良いことだと思ってます。こういう考えに基づき、怪我をする可能性のあるような商品を我々は絶対に開発しないですし、年齢に合わせた商品やサービスを開発しています。

 テクノロジをさまざまに駆使し、ライフタイムパートナーとして一瞬の輝きだけじゃなく、一生の輝きのためにいろいろな商品やサービスを作っているということがブランドのフィロソフィーですね。もっともっと創業哲学を説明しながら商品の魅力を語っていきたいです。そして、やはりスポーツの魅力をもっともっと伝えていきたいですね。エンゲージメントとしては体を動かし始めてくれたり、これまでまったく興味を持たなかった方が少しでも興味を持ち始めてくれたりしたら嬉しいです。

――商品やサービスを通じて体を動かすことによって、ブランドの信頼を勝ち取るということですね。一方で、顧客のインサイトを理解するのが重要だと思いますが、店舗での接触、ECでの接触、スポンサードしている選手からの声などさまざまな接点があると思います。どう分析しているのでしょうか。

 顧客ロイヤリティを把握する「NPS」(ネット・プロモーター・スコア)などはもちろん見ていますが、どちらかと言うともう少し深いインサイトもとっています。ボストンに本部を設けているデジタルチームが消費者の声を収集していて、それをマーケティングだけではなく商品開発の方にもフィードバックしています。お客様とのタッチポイントが多く、開発が持っているデータ、さまざまなエクササイズを測定できるアプリ「Runkeeper」からの膨大なデータ、市場データなどがあります。こうしたビッグデータを、マーケティングインテリジェンスとコンシューマーインサイトというチームが分析し、それをまとめてどのように各部門にディレクションしていくかを日々揉んでます。

 1つのソリューションですべて分析できて、アクションを起こせるところまではまだ到達していないです。データセントリックである必要性はありますが、数字だけ動かしてる会社だったらそれでいいんですけれども、トレンドというのは読めるところと読めないところがあるので、単純にデータだけを見ればいいということではありません。ここをどうしていくかが、課題ですね。

――競合が多い中、ブランドの差別化はどう考えていらっしゃいますか。

 競合が5社以上あるような業界でしたら、大きいドミナント企業があるところに流れやすいでしょう。「あそこがこうやってるから、うちもこうやった方がいいんじゃないか」と。しかし、結局それをやるとドミナントのブランド価値を高めることになってしまうと思います。似たようなことをやっていると、すぐにそれはA社だ、B社だと紐付けられるので、まったく自社のブランドに紐付かなくなってしまいます。つまり、ホワイトスペースを見つけ出し、まったく違うメッセージを出さなければなりません。ビジュアル的にはブランドの見せ方は変えてきてますがそれ以上に、先ほども申し上げた創業理念をベースとした、「絶対他社には負けない」想いや哲学、独自の付加価値をストーリーとしてしっかりと伝えていくことを重要視しています。もちろんデザインも重要ですが、かっこいい靴を履いて怪我をしてしまったらどうにもなりません。テクノロジがよりサポートしていくというメッセージも付け加えていかなければなりませんね。他社の方々も、これを理解してより技術力を上げてきていますし、我々ももっと強みや独自性を謳っていきます。

 顧客それぞれにより商品だけではなく、メッセージもパーソナライズされていく方向に向かってます。ツールもいろいろ準備していて、1年半ぐらい前に、いろいろなチャネルから流れ込むデータを自動集約し、顧客ひとりひとりのステータスに応じたリアルタイムコミュニケーションを実現するデータハブ「Tealium」を導入しました。プライベートDMPをもっと活用し、より顧客を理解するように取り組んでいます。まだオンラインのところしか分析仕切れてない面はありますが、もともとGoogleアナリティクスをかなり活用してきまして、ここからもいろいろなことがわかりますし、アプリのRunkeeperからもいろんなデータをとれます。ほかに店舗からのデータもありますが、よりパーソナライゼーションになっていくときに、もっともっとプライベートDMPを活用していかなければならないのです。ツールを導入して、データの取り方を理解できるようになってきたので、今後はこれをどうアウトプットするかを検討しているところです。

 どうやって早くパーソナライゼーションの世界に持って行けるかが鍵になります。メッセージングも、テレビ広告だけでは伝わらないですし、デジタルもだんだん同様になりつつあります。よりパーソナルになってきている世の中で、きちんとお客様に対して「なんでアシックスがあなたにとって最適なブランドなのか」というのを伝えるところまで持って行かなければならないのです。ここを意識しながら進めていきます。

 また具体的な取り組みとして顧客体験を向上させる、顧客をより理解するために「One ASICS」というオンラインのメンバーシッププログラムがあります。メンバーにはさまざまな特典を用意し、すべてシングルサインオンにして、タイムリーにきちんとした情報を出して顧客とエンゲージメントして付加価値を提供しようとしています。2017年に欧州で試験的に開始しました。2018年には欧州全体にローンチしています。年末には日本、米国でも開始する予定です。

企業哲学、ビジョンに基づいたマーケティングを実践
企業哲学、ビジョンに基づいたマーケティングを実践

――オンラインでは、スマートフォン利用が圧倒的になっていますが、スマートフォンをどのようにとらえていきますか。

 基本的にマーケティングとしては、社内でデジタルファースト、モバイルファーストを訴求しています。オムニチャネル化などと言われていますが、いまはモバイル、つまりスマートフォンがあれば何とでもなる世の中ですので、ここでどのような体験をしていただけるかということが重要です。ただし、これも常にアップデートされると思います。たとえば、以前は横型で動画を閲覧する方が多いと思われていましたが、今の若い方々はスマートフォンで動画は基本縦長で閲覧すると言われてます。このように常に変化する顧客のインサイトや市場需要などに合わせて、すぐに切り替えなければならない時代です。

 テクノロジは最高のツールなのですが、企業やマーケターにとっては、ある意味本当に大変な時代だと思います。常にさまざまなビッグデータを分析し、顧客それぞれの行動も分析しつつ、すごいスピードで進化しているテクノロジも把握した上で、いかにアジャイルで素早く対応できるかが勝負になってきています。これをやり続けなければいけません。

 創業者の鬼塚喜八郎はスポーツマン精神を唱え、私たちはValuesとして大切にしています。その中の第6条に、「ころんだら、起きればよい。失敗しても成功するまでやればよい」」というのがありますが、とにかくPDCAを回して回して、前は3カ月間かけていたものが、1カ月になって、3週間になって、どんどんスピードアップしていかないと世の中に追いつけません。この状況では、もう人間だけでは対処できないでしょう。テクノロジによって人は変わりますし、人によってテクノロジも変わっていきますし、この変化のスピードと、企業という組織体がどうやって追いつくか、もしくは追い越せるかということが、今後のマーケティングにとって大きな課題、挑戦ではないでしょうか。

――そういった時代に、どういうマーケターが望まれるのでしょうか。

 タイプは2つあると思います。1つは顧客も市場も常に変化している中で、ブランドの理念とビジョンを明確にして一貫性を持ち、「これだ!」と言えるリーダーです。これは絶対に必要で、これがないといろいろな場面で揺れてしまいます。何を伝えていいかわからなくなります。競合他社がたくさんある中で、何をどう伝えるかというのがますます重要になります。靴もファッショナブルになってきて、企業の中でも以前より気軽にスニーカーを履けるようになってきて、こうした社会変化の波を踏まえつつ、どうやってブランドの理念やビジョンを訴求していけるかということです。つまり、一貫性のある理念やビジョンを持つリーダーです。それともう1つは、その理念やビジョンに基づいて、常にデータを活用しながら素早くPDCAを回してアクションにまで持っていけるリーダーです。この2つを併せ持つ人はなかなかいないでしょう。この両方をやれなければ駄目ですが、これをかならずしも1人で担う必要はないと思います。

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