「n=1」のマーケティングを重視するスマイルズ--熱量が価値を拡充

阿久津良和 別井貴志 (編集部)2018年10月16日 08時00分

 三菱商事の社内ベンチャーから始まり、MBO(経営陣買収)を経て独立したスマイルズ。食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」やファミリーレストラン「100本のスプーン」など多角的な事業展開と共に、ファッションブランドや1冊の本を売る本屋など共感する魅力的な個人への出資なども行っている。設立から18年を数えるスマイルズだが、その独創性はどこから生まれるのか。今回は独自のマーケティングの考え方を持つ同社 取締役 クリエイティブ本部 本部長 野崎亙氏に話を聞いた。聞き手はCNET Japan編集長の別井貴志が務めた。

スマイルズ 取締役 クリエイティブ本部 本部長 野崎亙氏
スマイルズ 取締役 クリエイティブ本部 本部長 野崎亙氏

――ユニークかつ多様な事業を手掛けていますが、各事業はどのような発想や戦略から生み出されるのでしょうか。

 われわれが手掛けるブランド(事業)は、誰かの「自分ごと」から始まります。世の中に対する「なんでこうなっちゃうんだろう」という思いや「こんなものがあったら素敵」という個人的な思いが起点です。

 例えば、Soup Stock Tokyoのように遠山(スマイルズ 代表取締役社長 遠山正道氏)が発案したものもあれば、松尾(スマイルズ 取締役副社長 松尾真継氏)や私が「やりたい」と手を上げて始まるものも。現在はネクタイブランド「giraffe」の事業部長を務める我妻(スマイルズ 弁当事業部 事業部長 我妻義一氏)が、ある日「海苔弁やります」といって始まるケースもありました。

 弊社はいわゆる一般的なマーケティングリサーチを行いません。それよりも「n=1」の想いや原体験が大切だと考えています。例えばアンケート調査では「n=10000」から顧客対象のペルソナが浮かび上がりますが、そこには顔の見える人は不在で、結局「誰かのためのなにか」になってしまう恐れがあります。

 われわれは、顧客には“何らかの共感性”を持ってご利用頂くことを目指しています。人はそれぞれ“込み入った価値観”を持っています。例えば、女性がSoup Stock Tokyoを利用される場合も、「お腹は満たしたいが身体にも気を配りたい」「食事中の姿を誰かに見られたら大丈夫かしら」といったモヤモヤした感情を解決してあげる必要があります。

 もちろんアンケートデータやテクノロジでインサイトを導き出すことは可能かも知れません。ただ、感情の奥底にある価値観をアンケートには書きませんし、自身が分かっていないケースもあるため、一定のバイアスがかかるアンケートはあまり意味をなしません。

 だからこそ、自分自身や家族、大切な友人・知人の需要を深く理解した上での「n=1」を重視しています。n=1は、その先にn=2、3……と共感者が生まれる可能性があるからです。一見しますと事業内容も勝ちパターンもバラバラですが、起点はすべて一緒です。

――どの事業も最初は新規事業です。これらのアイデアは社内でどのように生まれますか。

 勝手に出てきます(笑)。例えば「100本のスプーン」は、松尾に子供が生まれたときに、「子供も大人も満足できる、自分の家族を連れていきたいレストランを作りたい」という発想から生まれました。数年前のファミレス(ファミリーレストラン)はファミリーレス(less)と言われたりもしており、勉強する学生が多かったり、家族の団らんはあまり見られないような状況でした。

 我々が幼年期の頃、ファミレスは家族で外食を楽しむ憧れの場所でした。100本のスプーンは懐古的に過去のファミレスを構築するのではなく、ゼロベースで「コドモがオトナに憧れて、オトナがコドモゴコロを思い出す」場所を目指しました。松尾の想いに共感した仲間たちとともにアイデアを膨らませながら形にしました。

 「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」の場合は、あるとき遠山と社員が「海苔弁っておいしいよね」という話をしていたところから始まりました。それがきっかけで、現事業部長の我妻が当時担当していたJALの機内食(Soup Stock Tokyoのスープを搭載していた縁があった)にて海苔弁を提案し、採用されたのがブランドの始まりです。機内食として搭載してもらうために、ブランド名「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」というネーミングを考え、ロゴも作りました。その後、しばらくしてからGINZA SIXのリーシングのお話をいただいた際に海苔弁をご提案して1号店の出店が決まりました。

 弊社の場合はロジックではなく、発案者の熱量が先行します。2016年のエイプリルフールに社員の有志が集まって「スマイルズから4月1日の贈り物」という企画を行いました。その企画は、「100本のスプーンにご招待~遠山の手品付き~」とか「世界に1本だけのネクタイを作れます~スタイリングは遠山~」という具合に、弊社が手掛けるブランドを体験していただくと同時に遠山の得意なことをセットにてご体験いただくというもので、400件を超える応募をいただきました。その企画に端を発して、翌年2017年に「業務外業務」というオンラインショップを立ち上げました。

 どの事業もサービスも、一般的なマーケティングからは生まれていないと思います。それがスマイルズらしいところだと思っています。

「事業化はロジックではなく発案者の熱量が先行する」と野崎氏
「事業化はロジックではなく発案者の熱量が先行する」と野崎氏

――なぜ経営陣から現場のスタッフまで熱量が高く、企業文化に達したのですか。

 1つは採用の時点で、なにかしら「やりたい」と思っているようなメンバーを採用しているというのはあるかもしれません。以前、遠山は「電車でいえば、動力のついている先頭車両のような人を採用しよう」と話していました。指示待ちタイプではなく、自ら考えて動ける人、そういう集団でありたいとは常々思っています。

 例えば、弊社の場合は企画会議から強制的に生まれる新規事業はほとんどなく、誰かの「やりたい」から始まることが大半です。その背景には自身の生活や旅行体験、ちょっとした雑談のような日常から得る情報が360度で生かされています。スタッフ皆が、「何をするのか、したいのか」にフォーカスを当てて働くことができれば、もっともっと前のめりな集団になっていくのかもしれません。

――ですが、社内に一定のノウハウがないと、熱量を持った人材に成長しません。例えば経営陣による普段の発言が現場に浸透しているのでしょうか。

 事業や企画の大小、内容にかかわらず、「なんでやりたいのか?」を常に問うています。例えば「他社も取り組んでいるから」「市場の波が来ているから」といったことはやりたい理由にはなりません。世の中の意見を自分の意見のように語っても我々の心は震えません。「なぜやりたいのか」を自分自身で問いながら周囲を巻き込み実現していくことで、主体性と熱量をもって取り組むことができるのだと思います。日常的にそのようなことを繰り返すことが企業文化を醸成しているのかもしれません。

 以前ウチのチームのデザイナーが「どうしてもビールを造りたい。Soup Stock Tokyoはスープも器もスプーンもこだわってオリジナルのものを作っているのに、ビールだけ借り物だ」と提案しました。Soup Stock Tokyoがわざわざオリジナルビールをつくるというのは非常に大きなことで、社内でも「なぜそれをやりたいのか」ということをかなり問われました。1杯のビールを通して、お客様にどんな気持ちになっていただきたいのか、どんなシーンを提供したいのかを徹底的に考え抜き、顧客へ提供するまで2年かかりました。

 ちょうどその頃、世の中では女性の“ちょい飲み”ブームが始まりましたが、われわれは世の中のブームやトレンドを意識してビールを作ったわけではないので、情報の届け方には十分に気を付けました。大事なのは(発案者の)想いです。

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