長期的な海面観測の持続可能性を担保するために必要なもののひとつは、資金。つまり、観測を維持するためには当然ながら費用がかかり、その資金を調達する手段を自分たちで確保することが不可避な課題だというのだ。
大学の研究、しかも東京大学の先端的な研究であれば、学校や国から潤沢な資金援助が得られるのではないかと思うところだが、それは大きな誤解だ。林教授によると、新しい研究には大学も予算を割くことができるが、研究結果として生まれたもの(この場合は海洋観測機器などの環境整備)の継続的な運用にはなかなか予算が付かないのだという。
また、観測拠点の1つである平塚沖総合実験タワーは、元々は1965年に内閣府の防災科学技術研究所が運用を開始した施設で、現在は国による運用が終了し、それを引き継ぐ形で東京大学が運用しているのだという。
この運用費用は大学の予算ではなくタワーを利用するユーザーの利用負担金によって賄っているのだそうで、主なユーザーはデータを活用している周辺自治体、海に関連する研究を行っている大学などの研究者、事業を展開している民間企業など。タワーで観測するデータの利用はユーザーに限られているが、平塚沖総合実験タワーでは毎時の観測データをウェブサイトで一般公開するなど、公共的な利用もされているという。
「ある程度の予算はつくが、もし今後その予算が削減されたら観測自体も続けられなくなる可能性が高い。それは避けなければならない。研究、観測を持続させるためには、自分たちで運用に必要な費用=収益を獲得していく必要がある」と林教授は課題を提起。国や大学の予算に依存せずに、運用に必要な収益を獲得して自立できる環境を作ることが、観測の長期的な持続可能性を担保するために重要なことなのだ。
このために林教授が目指しているのは、観測の利活用に関するエコシステムを構築することだという。つまり、観測地点でデータを集め、そのデータをクラウド上で統合管理する。そして、そのデータに付加価値をつけたりビッグデータと連携したりするといった利活用の可能性を示すことで、データを活用したいという事業者や自治体に有償で提供するのだ。
「民間で持続可能性を担保するためには、データにお金を出したいという価値を提示しなければならない。クラウド上で複数地点の観測データをリアルタイムに統合管理していくことで、それが実現するのではないか。研究していきながら将来的には独立したビジネスとして法人化なども視野に入れていきたい。ただ、儲けを出す必要はない。組織を持続できるだけの収益が得られればそれで充分」(林教授)。
林教授はこうした考えから、ビッグデータ時代に注目されている「オープンデータ」に対しても課題を挙げている。「オープンデータは使う人たちは無償でデータを利用しているが、そのデータを作り出すための観測やデータの管理には必ず費用が必要になる。データのオープン化の一方で観測とデータの管理に必要な費用を確保する仕組みを作らなければ、持続的な観測、管理を維持できないのではないか。データは決してタダではない」(林教授)。
さまざまなデータがインターネット上でオープン化されている現在、データや情報は無償で手に入ると考えている人は多い。実際、林教授の元にも平塚沖総合実験タワーで観測されたデータの提供依頼は後を絶たないのだそうだ。「平塚沖総合実験タワーで観測した1カ月分の波浪データを利用する際の利用負担金はおおよそ10万円だが、自前での調査や民間のサルベージ会社に依頼すると年間で数千万円かかる。それを電話1本で当たり前のように無償で手に入れられると考えるのは不思議なことではないか。データを無償で手に入れてきたこれまでの慣習の積み重ねがこうした考え方を生み出してしまった」(林教授)。
林教授は、こうした実態を踏まえて「安全で正確な観測環境を整備してデータを生み出すためには費用がかかり、それを維持するためには無償でデータを提供することはありえないということを世の中に理解してほしい。そのためには継続的な環境観測の必要性やデータの価値を世の中に啓蒙し、その価値を適切なコストで活用できるサービスを構築していく必要がある」と語る。
誰がどのような形で対価を払えば、有益なデータを収集して世の中で利活用できる仕組みを将来的に渡って長期的に維持できるのか。このエコシステムを構築することが、林教授にとってのこれからのチャレンジであり、その際に不可欠なのはIoTとクラウドの技術だ。「平塚沖総合実験タワーの維持も、そこから生まれる価値に対して、それを必要としている人から対価を得ることで永続的に存続できるシステムを構築しなければならない。それが実現できれば、全国各地に同様の観測拠点が構築して多くの人に役立つデータを提供できるのではないか」(林教授)。
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