――ところで、アスリートの方にとって、競技中のコミュニケーションはどのような意味を持っているのでしょうか。
為末氏:コーチングってつまりは“フィードバック”なんですね。怒るのも、技術的なアドバイスもすべてがフィードバック。そしてこのコーチングの良し悪しは、フィードバックを、いつどこでどのように伝えるかによってすべて決まります。どのように声をかけるのが一番効果的かを考えることが、最も大事なのです。
例えば、バレーボール。セッターはアタッカーにトスを上げる役割ですが、誰にトスを上げると得点につながるかを全員集まっているときにセッターに伝えると、その場にいる全員に聞こえますよね。「Aという選手は今日当たってないから、Cという選手にトスを上げろ」というのをAは聞いているわけです。しかし、“当たっていない”と名指しされたAは何を感じるでしょうか。こうした課題がきっかけで、(女子日本代表の)真鍋監督は指示を出す選手にiPadで情報だけを見せるやり方を考案したそうです。
実は、このような局面はスポーツの世界ではとても多くて。味方にも敵にも情報の階層に応じて伝えなくてはいけないことが違ったり、フィードバックも、選手によって伝える内容が違ったりするので、個別にコーチングした方がいいというシチュエーションは少なくありません。
――こうしたアスリートのコーチングがBONX Gripによってどのように変わると考えられますか。
為末氏:遠隔コーチングができるようになるかもしれないですね。映像がないとフィードバックできないので、選手の競技の様子はカメラで撮りながら。あるシチュエーションでは、マラソンランナーのコーチングをしているときに、コーチが車で身を乗り出して近づいて指示を出すのですが、選手の横につけて指示を出すことが多いため、警察に注意されたりするんです。でも、選手に近づくときは、他の選手に聞こえない声でその人に指示出したい局面だったりするわけです。そんなとき、監督と選手がBONX Gripをつけていたら、離れていても指示を出したりするかもしれませんよね。
――BONX Gripによってコーチングのスタイルそのものが変わるということですね。
為末氏:2月にアクティビティでスキーをやったのですが、凄いことにアルペンスキーの皆川賢太郎さんをはじめとするオリンピアンが教えてくれたんですよ。ただ、せっかく教えてもらっているのに、実際やってみると最後まで滑り終わってから「今の2回目のターンがこうだ」とか言われるんですね。そのターンの瞬間に言ってくれたら、僕もアスリートなので修正かけられるのに、現状ではコーチングスタイルってそれしかないんですよ。フィードバックは、リアルタイムほど精度がいいというのは定説なので、リアルタイムで指導してくれたら、もっとうまくなったのにと思いましたね。
――BONX Gripでは直接声を掛けることが難しいシチュエーションでも、リアルタイムなコーチングが期待できるということですね。BONX Gripがスポーツの現場に普及することで、どのような効果が期待できるでしょうか。
為末氏:選手のパフォーマンスが劇的に上がるというよりは、コーチングの質の向上が期待できるのではないでしょうか。実は、コーチングは日本のスポーツ界の大きな問題のひとつで、学生スポーツなどの現場では体罰などいろいろな問題が出ていますが、それらの問題の本質はコミュニケーションの質が低いことによるものなのですね。つまり「おまえ、それじゃダメだよ」というときに、何がダメか、どうダメか、どうすればよいのかというのが言語化できないため、その結果として雑な指導になってしまうのです。
コーチングの質=フィードバックの質を高めるためには、選手を観察してそれを言語化することに卓越していないといけません。そしてそれを養うためには、言語でフィードバックをする文化を作っていかなければなりません。その意味で、BONX Gripは指導者が選手を全方位的にコーチングする環境を作れるかもしれませんね。言葉でいま起きていることをすぐに表現する文化ができれば、ひいてはコーチングの能力を引き上げることにもつながるのではないかと思います。
――ちなみに、マラソンなど市民スポーツにおけるBONX Gripの可能性について、何か考えはありますか。
宮坂氏:社内でランニングが好きな人に聞いてみると、自分のペースで走りながら、かつ仲間と一緒に走っている気分を維持できるというのは、今までありえない経験だったといいます。仲間と一緒に走り出したのはいいものの、意外と相手のペースに合わせて走るのは辛く、一方で仲間から離れると、今度は完全に一人の戦いになってしまうので、辛いし寂しい。その点、BONX Gripを使えば、仲間と繋がった状態で自分のペースを保つという両立が可能になるのです。例えば、チームでマラソン大会に参加する場合、スタートしたらメンバーはバラバラになってしまいますが、BONX Gripで繋がっていればチームで参加していることをずっと実感できるのではないでしょうか。
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