そこでたとえば「Mozart」と入力すればモーツァルトに関する1万点以上の音源・楽譜・絵画などがヒットします。その多くは著作権の切れたPDです。何千万点もの作品について著作権者を探し出して交渉し、デジタル公開の許可を貰うことは、莫大な予算が仮にあっても現実には到底できることではありません。そのため、多くの巨大アーカイブは、こうしたPDの作品や、あるいは法律の特別な規定に基づいてデジタル公開を成し遂げているのです。情報化社会のゆくえを握ると言われるデジタル・アーカイブは、パブリックドメインという仕組みに支えられているのですね。日本の国会図書館も、意欲的に大規模デジタル・アーカイブの整備を進めています。
さて、日本が世界に誇るデジタル・アーカイブの実践例は「青空文庫」です。やはりPDの作品を中心に、ボランティアが自分の好きな過去の文学作品などを手入力しネット公開している電子図書館です。スキャンではなくボランティアが一字一字入力し、別なボランティアが校正することで、すでに1万2000作以上が無償・完全な自由利用として公開されています。
入力されているので、テキストデータです。そのため、スマートフォンや電子読書端末などで読むのにとても適しています。青空文庫のデータは(PDですから)商売を含めて誰でも自由に利用できます。そのため、たとえばAmazon KindleやiBookストアのような電子書籍の大規模プラットフォームでは、1万点もの青空文庫データによる無料・廉価な電子書籍を配布しています。これは、どの大手出版社の電子書籍よりはるかに多い数です。
またテキストデータですから、文字の大きさを自由に変えることができ、老人など視力の弱い方が読むのにもとても適しています。さらに音声読み上げソフトが使えますから、目の不自由な方や海外の日本ファンなど漢字の苦手な方でも、日本の素晴らしい過去の作品を楽しむことが出来るのです。まさに日本文化の発信で大きな役割を果たす、大変ファンの多いプロジェクトです。
この青空文庫、呼びかけ人で推進役だった富田倫生さんはちょうど1年前、2013年の8月16日に惜しまれながら病いで亡くなりました。人類共有の文化遺産たちの無限の可能性を信じ、その可能性を閉ざす「著作権保護期間の大幅延長」といった米国の要求とも闘い続けた人生でした。生前、決してメディアの脚光を浴びるタイプの方ではありませんでしたが、死の報に、NHKは異例といえる扱いでニュースを流し、ネット上では圧倒的な量のつぶやきが彼の死を悼んだことを付言しておきます。
我々が気軽に楽しむことが出来る膨大な過去の作品群は、幾多のクリエイター達の命がけの創意と、作品を愛する富田さんのような無数の人々の努力が築き上げてきたものなのです。
(続きは次回)
レビューテスト(15):1972年6月に亡くなった作家が1964年3月に実名公表した小説の日本での著作権は、何年何月に消滅するか。正解は次回!
【第1回】著作物って何?--文章・映像・音楽・写真…まずイメージをつかもう1991年 東京大学法学部卒。1993年 弁護士登録。米国コロンビア大学法学修士課程修了(セゾン文化財団スカラシップ)など経て、現在、骨董通り法律事務所 代表パートナー。
著書に「著作権とは何か」「著作権の世紀」(共に集英社新書)、「エンタテインメントと著作権」全4巻(編者、CRIC)、「契約の教科書」(文春新書)、「『ネットの自由』vs. 著作権」(光文社新書)ほか。
専門は著作権法・芸術文化法。クライアントには各ジャンルのクリエイター、出版社、プロダクション、音楽レーベル、劇団など多数。
国会図書館審議会・文化庁ほか委員、「本の未来基金」ほか理事、think C世話人、東京芸術大学兼任講師などを務める。Twitter: @fukuikensaku
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