青空文庫を知っていますか? ~著作権には期間がある - (page 2)

福井健策(弁護士・日本大学芸術学部 客員教授)2014年08月29日 11時00分

覚えておきたい「戦時加算」

 もうひとつの留意点は、これは映画に限らないのですが、「戦時加算」という例外です。何かというと、米国やフランスのような「戦前及び戦中の連合国民の作品」は、日本では最大で10年5カ月ほど特別に長く保護するのです。たとえば、「くまのプーさん」がありますね。原作者のA.A.ミルンが亡くなったのは1956年なので実はすでに死後50年が経過しています。ですが戦時加算があるので、2017年の中ほどまで保護は延びているのです。

 なんでこんな制度なのかというと、ありていにいえば日本は戦争に負けたからです。戦争期間中に欧米の著作権を守っていなかったと言われ、日本側だけがいわばペナルティ的に連合国との講和条約で約束させられたのですね。これは不平等だといって撤廃を求める声もあります。

 ちょっと計算してみましょう。ディズニーの大傑作アニメ「バンビ」がありますね。本国で1942年8月に公開。厄介な旧著作権法を度外視すれば、公開翌年から50年だから1992年末に日本ではPDになるはずです。が、ここに戦時加算がつきます。バンビは戦中作品なので「公開から戦争終結までの期間」を足します。

 ここで問題です。日米の戦争はいつ終結したでしょうか。1945年8月、そう思いますよね。ですが、あれは無条件降伏の時期であって、戦争終結は講和条約時点なのですね。1952年4月までは進駐軍が来てても戦争中です。よって、1942年8月から1952年4月までの9年8カ月分を足して、だいたい2002年秋頃まではバンビの日本での保護期間は続きます。

 いかがでしょうか。複雑ですがこれが戦時加算です。

 もうひとつ特別なのは写真です。こちらは現在はほかの著作物と同じ「死後50年」などの保護ですが、旧著作権法での保護期間がごく短かったのですね。ですから逆に、1956年以前に発行された古い日本の写真は、基本的に著作権は終了しています。

パブリック・ドメインの可能性

 さて、このように著作権が終了すると、著作者人格権を害するような使い方には注意が必要ですが、作品は基本的に誰でも自由に利用できるようになります。先に「くまのプーさんの著作権が2017年に切れる」と書きましたね。そうすると何が起こるかわかりますか。


岩波文庫版「星の王子さま」

 「プーさん」の新訳ブームが起きるのです。プーは今でも世界のベストセラー児童文学です。そして著作権が切れている以上、誰でも自由に出版できます。ですから、各社はこぞって新訳でプーを出すようになります。これと同じことは、「星の王子さま」の日本での著作権が切れた時に起きました。それまで岩波書店だけだった「星の王子さま」が各社から出版されて、「星の王子さま」のリバイバルブームが到来したのです。

 ただし一点、「王子さま」と「プー」では違う点があります。「王子さま」は挿し絵もサン・テグジュペリが描いていましたから、保護期間は挿し絵も一緒に切れました。ですから新訳本はオリジナルの挿し絵と共に出せたのです。ですが、プーの場合、挿し絵はシェパードという別な人物で、あちらの保護期間はまだ当分切れません。すると何が起こるか。各社はしかたがないので新しいプーや仲間たちのイラストを描いて、それで出版するのです。筆者は、生まれてはじめて両親に貰った本が石井桃子の名訳による岩波版「くまのプーさん」でした。そして、生涯で最も繰り返し読んだ文学は、間違いなくプーです。楽しみなような、怖いような気がする新たなプーたちの誕生です。


E.H.シェパード描くプーと仲間たち。2017年に何が起こるか?

 PD作品の活用策はこれにはとどまりません。たとえば第13回で紹介したJASRACの権利データベース「J-WID」がありますね。こちらで少し古そうな楽曲を入力してみましょう。「Happy Birthday to You」です。すると筆頭に「Hill」という女性の作曲した曲がヒットします。これが皆が歌っているオリジナルの「Happy Birthday」で、データベースを開くと「PD」というマークが並んでいますね。著作権がもう切れており、誰でもこの曲を無料で演奏したりCD化できるという意味です。


J-WID

 このPDが生かされる最大の場が、「デジタル・アーカイブ」です。電子図書館・電子博物館のように、古今の膨大な作品を集めてネット上などで公開する場をいいます。今や世界はデジタル・アーカイブの整備にしのぎを削っています。その台風の目である欧州の巨大電子図書館「ユーロピアーナ」では、文書・画像・音楽などジャンルを問わず実に3000万点もの作品がデジタル公開されています。

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