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ジンガ国内撤退やeスポーツの現状をキーマンが語った--黒川塾(七) - (page 3)

佐藤和也 (編集部)2013年03月21日 11時01分
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ジンガジャパン撤退は「信じられなかったし、もったいない」

松原健二氏
松原健二氏

 そして話題は松原氏が在籍していたジンガジャパンに移った。ジンガジャパンは、米国Zyngaがウノウを買収してソフトバンクグループと合弁で設立した日本法人。2年半に渡って業務を続けてきたが、2013年1月31日をもって撤退し解散した。松原氏は2011年5月から解散まで代表取締役CEOを務めた。

 松原氏はもともとオンラインゲームやモバイルコンテンツを主に携わってきたこともあり、次はソーシャルゲームをやりたい意向を持っていたという。そんな折にジンガから話があったことが経緯であるとし、そこでコンシューマゲーム「コマンド&コンカー」や、ソーシャルゲーム「CityVille」を作ったマーク・スカッグス氏と話をしたことが印象的だったと語った。

 「コンシューマゲームから見たらソーシャルゲームは物足りないのでは? と彼に質問したら、とにかくお客さんが楽しんでくれることは素晴らしいことじゃないかと答えたんです。1カ月に2億人も遊んでくれる状況は楽しいとは思わない? と言われたんです」(松原氏)。こういう経験はZyngaじゃないとできないことだから来てほしいと、誘われたことを振り返っていた。

 ジンガジャパンとしては開発部隊の用意もでき、自前でのタイトルもリリースされ、日本のソーシャルゲームの隆盛に乗れる波がきていたところで、うまくいきかけていたという。それだけに撤退することは「信じられなかったし、もったいない」と率直な気持ちを述べていた。Zyngaのパフォーマンスが急激に落ち、世界規模での統廃合などが行われたが、当時のZyngaはソーシャルゲームを維持するためのシェア至上主義であったがゆえ、収益性が厳しくなりその反動が起きてしまったと松原氏は分析。ただ日本がそれに巻き込まれるとは、事業の数字を見ても思ってなかったという。

 もっとも、世界を意識したZyngaの仕事のやり方は勉強になったと松原氏は振り返る。日本は足場(国内市場)を固めて成功したら世界展開をしようとするが、世界に通用するモデルではないもので成功しているため大きく変更しなくてはならず、大抵はうまくいかないと指摘。「Zyngaは最初から世界を目指すことを前提に制作を小規模で進め、うまくいったら一気に大きく世界へ打って出るやり方です。これでうまくいったし、行き過ぎてしまったのだと思います」(松原氏)。

 また、松原氏は米国に日本市場の特殊性を説明することに苦心したという。日本で多く搭載しているガチャのシステムはくじ引きや福袋のようなもので、米国では受ける大きな要素にはならないという。さらに、日本ではiモードの普及もあってかブラウザゲームに抵抗がないものの、欧米ではネイティブアプリを好むため、なかなか理解してもらうのが難しいそうだ。

 「もっと先に行きたかったのは、自分もそうだしそれ以上に開発者の人間が思っていたことなので残念」と松原氏。志半ばでの撤退であったことを告白した。ただし、日本発でリリースされた「あやかし陰陽録」は、台湾や中国、香港などのアジア地域でヒットタイトルとなった。現在もZyngaが提供中で、その価値は海外でも認められていると振り返り、同タイトルの成果を率直に「嬉しい」と語っていた。

 各人の今後について、平井氏はユーザーがメインになることを意識してJGUAの活動を推進していくとし、松原氏はNPO法人の国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)の理事をしていることに触れ、CEDECなどの活動を通して、ゲームは遊ぶのも楽しいけど作ることがもっと楽しいということを伝えていきたいとしている。筧氏はeスポーツをJリーグのような形にしたいこと、日本のゲーム業界が世界のスタンダードになれるように、みなさんで一緒に活動できたらとし、橋本氏はこれからやってほしいことの希望として、今後は60歳以上でも遊べるゲームが必要と考えていることを示し、何かしら力になれたらと語っていた。

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