通信キャリアの世界再編を示唆するソフトバンクのSprint買収--大元隆志の見方

大元隆志(ITビジネスアナリスト)2012年10月29日 12時49分

 この話を聞いた当初は、正直なところ驚きを隠せませんでした。リスクが大きく、ギャンブルに近いと感じたからです。しかし、ソフトバンクの孫正義社長が勝算のない勝負はしないだろうということも感じました。「博打」のように見えて、必ず勝つ自信があるのだろうと思いました。

 しかし、2兆円規模の買収自体には驚きませんでした。そもそも、ソフトバンクは、昔から2015年3月期末を目標にボーダフォン日本法人買収による負債を完済するとしていたので、そのころに大きな買い物をするだろうと思っていましたので。しかし、完済前に2兆円規模の買収を仕掛けるのは意外でした。

 驚いたのは買収の方向性でした。個人的には、ソフトバンクは国内市場を重視し、むしろKDDIを買収するのではないかと思っていたものですから、それが米国に手が向かうとは思っていませんでした(編集部注:KDDIの時価総額は株価6000円で2兆7000億円ほど)。仮に海外に進出するなら通信の世界では飽和市場の欧米より、アジアの方が有望という考え方が一般的でしたから尚更です。

 米国モバイル市場は上位二社の寡占状態がずっと続いており、それ以外のキャリアには「おいしくない」市場と思っていましたから、はじめはこの買収行為は無謀に見えました。

調達ベンダーへの交渉力の強化

 しかし、視点を変えると、狙いも見えるようになってきました。Sprintはソフトバンクと同じくAppleのiPhoneを扱っており、Ericssonの製品で通信インフラを構築しています。こうした大きなベンダー企業との付き合いがあることで、結果としてコスト削減効果を得られる可能性があります。2012年3月期の決算報告書によれば昨年のソフトバンクの設備投資額は5163億円、もちろんこれが全てエリクソンという訳ではありませんが、仮にベンダーを統一することで値引き交渉を有利にし、一割コストを削減すればそれだけで516億円のコスト削減に繋がります。

買わなければ、買われる

 もし日本市場に留まるとしたならば、LINEやSkypeといったOTT(Over The Top)のサービスにより、音声通話料収入が減るのが目に見えています。ここ数年音声収入は6200億円前後で推移していますが、長期的にはこの収入が減るのは確実なわけです。

 また、LTE(Long Term Evolution)による通信規格が横並びになることで、キャリア間の顧客の取り合いも熾烈になり、加入者1人当たりの獲得コストは今より上がるでしょう。韓国は通信の先進国であり韓国の姿は未来の姿と言われますが、一人当たりの顧客獲得費用が、複数年契約前提でもデータ通信料だけでは回収できないレベルに到達している。端末、通信規格が同じとなれば、日本も韓国のようにならないとは言えません。品質を競うために設備投資を強化するか、顧客獲得費用で競争する。結果どちらを選んでも、利益が減少するのは目に見えているわけです。

 増えない人口、飽和する通信携帯市場、減少する音声収入、かさむ顧客獲得費用といった、これらの点を考慮すると、国内だけを考えると、縮小市場といわざるを得ません。現在はスマートフォン移行によりデータARPUが上昇しているように見えるので、外からは安定しているように見えるかもしれませんが、10年後などの長期的な視点では厳しい経営が迫られるでしょう。

 こういった見解は国内通信キャリアに限らず先進国市場のキャリアには共通の視点だとは思います。そのため、クラウドサービスを拡充したり、コンテンツ配信に進出したり、もちろん海外投資も含まれますが、新たな収益源の確立に試行錯誤しています。しかし、新たな収益の柱となるようなコンテンツはそう簡単には生み出せません。世界中の天才達を相手に闘うことになりますしね。

 そういう状況で手っ取り早く成長するには、買収が一番と考えるのは悪くありません。実際キャリアビジネスとは設備産業であり規模の経済が働きやすいため複数あった事業者が大きな企業に徐々に吸収されていく傾向があります。実際、日本国内でも三年前には五社あったモバイルキャリアが今は既に三社しかない。これがLTEにより世界共通のインフラとなることで、グローバルでの生き残り競争が始まったと考えるべきではないでしょうか。

 実際、J-PHONEがボーダフォンに買収された過去があるように、グローバルでは買収による規模拡大は珍しくありませんし、日本企業だからといって買われない保証はないのです。日本に留まり、売り上げ、利益ともに縮小していったとしても倒産することはないでしょうが、規模拡大を狙う他国のキャリアに買収されるリスクがあったはずです。

返済能力は問題なし

 負債の返済能力は問題ないと思っています。Sprintの買収金額は、2006年にソフトバンクがボーダフォン日本法人を買収したときの額(1兆7500億円)と同じ規模です。ソフトバンクの連結の営業利益は当時(編注:2006年度は2710億円)よりも、現在(2011年度は6752億円)の方がずっと大きいことを考えると、仮にSprintの事業がうまくいかなかったとしても、日本の収益基盤だけで返済能力があると考えられます。

 むしろ、負債の許容範囲や、世界的なLTEへの切り替え時期というタイミングを考えると、Sprintと同規模の買収をもう1つ、2つくらいあってもおかしくない気はします。

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