ただし、ソフトバンクの戦略にリスクがついて回ることに変わりはありません。1つは人の問題です。モバイルの知識を持っている人は世界でもそれほど多くはありません。ソフトバンクは、イー・アクセス統合、LTE、プラチナバンドなどなど、国内だけでもやることが山積みの状況です。これまで通り、優秀なエンジニアを抱えるNTTドコモ、KDDIなどのライバル企業と戦いつつ、今後はSprintにもリソースを割かなければいけなくなるのです。
また、孫社長の健康問題も今後はリスク要因に挙がってきます。ソフトバンクの組織力は強く、もちろん孫社長だけで成り立っているとは思っていませんが、もし何らかの理由で孫社長が経営から距離を置く必要が生まれたとき、カリスマ的な存在を失うことによる推進力の低下は避けられないでしょう。人材のモチベーション維持にも影響が出てくると考えます。
私は、孫社長は、流通業者に代わろうとしているとみています。より多くの端末を最も売れる通信事業者になる、そんな狙いがあるように思います。もともとソフトバンクは流通業ですから多く仕入れて、安く売るという商売が得意なのではないでしょうか。
ボリュームディスカウントにより、メーカーからスマートフォンの購入価格を値引きさせることができれば、顧客獲得費用に補填できるわけです。
通信キャリアによる垂直統合はスマートフォンの登場とともに崩壊したと言われていますが、どこのキャリアも垂直統合の夢を諦めているわけではありません。日本国内にとどまる一キャリアに専用の端末を製造してもらうには多額のコストを負担する必要があります。しかし、ソフトバンクが端末を「売ってくれる」のなら喜んでソフトバンク専用端末を作るメーカーが現れるでしょう。世界1位、2位のアップル、サムスンは難しいかもしれませんが、3位、4位のメーカ、LGやファーウェイ、HTCなどは首を縦に振るかもしれません。日米共通の顧客基盤の上で垂直統合モデルの夢が再び叶うかもしれませんね。
残念ながら、当然富士通などの国内メーカーも魅力を感じるでしょうが、孫氏はひいきにしないと思います。
通信キャリアが勝つためには、インフラをより安く作り、端末をより安く調達する必要があります。それをLTE時代の幕開けと共に一つの国の中で競うのではなく、グローバルに展開できた企業が規模の経済により勝利する。地域産業と思われていたキャリアビジネスが、実は通信規格の標準化によってコンテンツプロバイダーのようなグローバルビジネスに姿を変えつつあるということでしょう。
そうなった時に言えることは、世界一位の企業だけが莫大な利益を獲得し、二番手のフォロワーはかろうじて利益を獲得することができますが、三位でぎりぎり、最悪の場合は三位でも利益を出せない可能性もあります。
今回のソフトバンクのスプリント買収は、単にソフトバンク一社だけのことではなく、モバイルキャリア全体にゲームチェンジの旗が振られたんだと私は思います。
世界一位を狙うであろう孫社長の動きには今後も注目したいと思います。
大元隆志
ITビジネスアナリスト/顧客視点アドバイザー
通信事業者のインフラ設計、提案、企画を12年経験。異なるレイヤーの経験を活かし、技術者、経営層、 顧客の三つの包括的な視点で経営とITを融合するITビジネスアナリスト。業界動向、競合分析を得意とする。講談社 現代ビジネス、翔泳社EnterprizeZine、ITmediaマーケティングなどIT系メディアで多くの記事を執筆。所有資格:米国PMI認定 PMP、MCPC認定シニアモバイルシステムコンサルタント。
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