世界のLTE市場に打って出たソフトバンクとスプリントの事情--山根康宏の見方

 ソフトバンクによるSprintへの出資、その目的はLTEインフラ整備の早急な拡大による市場競争力の強化だろう。2Gから3Gへの移行が始まった10年前の状況とは異なり、スマートフォン全盛の今の時代、顧客獲得・満足度向上の大きな武器は高速で安定したデータ通信環境の提供だ。しかもウェブサービスやモバイル広告ビジネスの急速な拡大により、データ通信需要は事業者の予想を超える勢いで成長している。各国の事業者にとってLTEの導入は新しい技術だからということではなく、顧客ニーズへ対応するため必須のものとなっているのである。

 LTEは今年になってから各国での導入が相次ぎ、日本でも大手事業者がそろってサービスを開始している。また韓国や香港、シンガポールなどでもサービスが広まりアジアでのLTE熱は一気に高まりを見せている。ここで過去を振り返ってみると、2Gではヨーロッパが、そして3Gでは日本を始めとするアジアが市場を牽引してきた。だがLTEではすでにアメリカが世界最大の市場となっており、各事業社が熱い戦いを繰り広げている。

Sprintが頭を悩ますLTEへの投資資金、日本市場での成長の限界が見えるソフトバンク

 米国のLTEはVerizonが2010年12月にサービスを開始して以来、AT&Tが2011年9月に、そしてSprintが今年7月からサービスを開始。Verizonはこの約2年間にLTEへの投資を積極的に進めた結果、サービスエリア400以上、人口カバー率75%以上、1000万人以上の加入者を持つ世界最大のLTE事業者になっている。また追い上げるAT&Tはサービスエリアこそ60カ所とVerizonには及ばないものの主要都市はほぼ全てカバー、年内にはさらにエリアを広げる予定だ。

 これに対しSprintは携帯電話契約数で3位とはいえ、Verizonの1億1000万、AT&Tの1億500万に対し5600万と大きく引き離されている上に、今後LTEへの投資が重くのしかかってくる。買収した旧NextelのiDENネットワークという負の遺産の廃止や、上位2社より先に提供を開始した高速データ通信サービスWiMAXの加入者の伸び悩みなどもあり、複数ネットワークの統合とLTEの全国展開を図る「NetWork Vision」を2011年12月に発表。LTEの投資金額は40億~50億ドルと試算されていたが、この資金調達に頭を悩ませていたところだ。

 一方ソフトバンクとしては、日本市場での成長の限界がそろそろ見えてきたところだろう。スマートフォンの普及率はまだ低いものの、携帯電話普及率が100%を超えた状況では今後は新規契約ではなく買い替えや他社からの乗り換え(MNP)に頼るしかない。しかもスマートフォン利用者の増大はネットワーク容量を逼迫させ、LTEへの早急な移行が必要である。今後増大するLTEの投資に対し、優位な条件でインフラを購入・構築するためには規模の拡大が必要だ。

 LTEの拡大が急務という点で共通点のあるソフトバンクとSprint。資金に余裕があり規模を拡大したいソフトバンクと、資金調達難のSprintにとって今回の投資は両社にWin-Winの関係をもたらす結果になるだろう。ソフトバンクが投資する約201億ドルのうち、Sprintの財務体質強化にあてられるのは80億ドル。Sprintはこれを利用し、2013年末を目標としていた「NetWork Vision」を前倒しすることも可能になるだろう。またソフトバンクもLTEインフラの共同調達によるコスト削減により、日本国内のLTEネットワーク拡大を加速化、LTEではドコモとauのカバレッジを追い抜くことも現実味を帯びてくる。日本と米国のLTE市場でのプレゼンスを高める効果こそが、今回の投資で最も期待できることだろう。

 なお両社はFDD方式のLTEを提供しているが、ソフトバンクはTD方式互換のAXGPも提供。一方のSprintは、子会社であるClearwireがWiMAXネットワークをTD-LTEへ移管することを発表している。TD-LTEは中国での事業者免許が発行されるであろう来年もしくは再来年以降に新興国を中心とした普及が予想されているが、今回の両社の投資の動きはグローバル規模でのTD-LTE市場の活性化を加速させるかもしれない。

日本でのV字回復事例は通用するのか

 だが今回の投資には見通しが不透明な点も多い。最大の懸念はSprintへの経営の関与だ。ソフトバンクの孫正義CEOは旧ボーダフォンやウィルコムのV字回復を成功例としているが、これは日本市場の話である。そもそもボーダフォンが日本市場でつまずいたのは欧州の手法を日本へ持ち込んだからでもあった。同様に日本と異なる米国の市場で、ソフトバンクのこれまでのノウハウがそのまま通用するかどうかは全く未知数だ。

 例えば、米国の顧客は所得に応じて利用する端末も料金も異なる上に、プリペイド利用者も多い。特にSprintはプリペイドの比率が約30%と、米国平均の20%よりも高い。低ARPU顧客からの収益をどう得るかは大きな課題だ。またスマートフォンの普及に伴いポストペイド料金は音声定額、データ定額が進む一方、従来よりも割高となっている。すでにスマートフォン顧客の多くは毎月50ドル以上の料金を払っており、今後は各社の競争により料金引き下げの圧力がかかるだろう。他にも2G/3Gネットワークが異なることから、端末調達コストメリットが果たしてどこまで得られるのか、といった疑問もある。

 とはいえ将来のさらなるグローバル展開を考えれば、Sprintを通して米国市場で得られるノウハウは大きな財産になるだろう。すなわち今回の投資が終わりではなく、ソフトバンクは今後も世界のLTE市場の拡大に合わせて積極的な海外投資を進めていくはずだ。Sprintへの投資はその試金石であり、その結果によってはソフトバンクがグローバルな通信市場で大きな影響力を持つプレーヤーになるかもしれない。

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