Androidのジレンマ--グーグルが見せ始めた実利主義への転換 - (page 4)

文:Tom Krazit(CNET News) 翻訳校正:川村インターナショナル2010年10月07日 07時30分
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成長の痛み

 Googleは、例の10の基本原則を策定したときには、とにかく検索という1つのことしか頭にない若い会社だった。2009年9月、Androidや「Google Apps」といった新しい主要プロジェクトが本格的に進行していたころ、同社はウェブページに次のような脚注を加えた。「この『10の事実』を初めて作成してから数年が経った。われわれは随時このリストに立ち返って、引き続きこの理念が守られているどうかを確認している。引き続きこの理念が守られていることをわれわれは願っているし、皆様もわれわれにこのことを期待してくれて構わない」

 理想主義の企業の観点からいえば、検索の美とは、エンドユーザーに接する部分が極めてシンプルであること、つまり検索キーワードを入力して、リターンキーを押すだけ、というものであることだった。Googleのそもそもの存在理由は、検索結果がインターネット上で最も正確で、関連性が高く、偏りの少ないものであることをユーザーに繰り返し納得させることだった。したがって、ユーザーに完全に焦点を絞ること、そしてそれとは別に、Googleのもう1種類のエンドユーザー、つまり広告主に焦点を絞り、使いやすいツールと投資を大幅に上回る利益をアピールすることは簡単だった。

 携帯電話は検索とは大きく異なる。通信事業者は携帯電話メーカーと対立するニーズを持ち、携帯電話メーカーはエンドユーザーと対立するニーズを持ち、エンドユーザーはすべての関係者と対立するニーズを持っている。そして、検索分野でのGoogleの競合企業が、過去数年間、Googleの支配的な立場に本格的に挑戦してこなかったのに対して、携帯電話市場には、テクノロジ業界の中でも特に大規模で、潤沢な資金を持ち、賢い頭脳を持つ企業、優位に立つために全力を尽くして戦うことを恐れない企業ばかりが参入している。したがって、Androidを現在のようにするためには、パートナーシップと、それに伴う避け難い妥協が不可欠だった。

 Googleは、おそらく米国の他のどの企業よりも、自社の評判の多くの部分を、ビジネス界の他の企業より一段優れて道徳的であると見られることに賭けているといえるだろう。これはつまり、他の企業であれば昔ながらの押しの強い営業スタイルと呼ばれるだけで済むようなことでも、Googleが行っていると見なされれば必ず、すぐに例の「悪事」というカードを持ち出されて不当に長い間批判されることを意味する。

 Googleが当初の使命以外の分野にも手を広げるにつれて、そのような意識の高いアプローチは持続不可能となるかもしれない。といっても、Googleが突然Haliburton、Altria(旧Philip Morris)、BPのような企業になってしまうわけではない。Androidによって、Googleにはより伝統的でビジネスライクなビジネスを運営する能力もあることが示された。

 これは悪事ではない。賢い行動だ。

この記事は海外CBS Interactive発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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