森祐治・情報経済への視点--パラダイム・ロストの2009年を振り返って - (page 2)

コンテンツ領域でのイノベーション

 来年になれば、米国ラスベガスで開催されるCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で世界各国の家電メーカーがこぞって3D-TV(立体視)とそのソフト再生装置としてのBlu-rayプレーヤーを出展し、春までには思いのほか廉価な価格設定で発売されるようになってくるはずだ。そう、技術によってコンテンツを運ぶプラットフォームが変わるのだ。そのとき、そもそもコンピューターの仮想空間で構築された仮想映像を写し取った3DCGは、いとも簡単に3D-TV対応ソフトになる一方、2次元の手描きセル・アニメではそんな技術的な可能性がむしろ重荷になっていく可能性がある。

 もちろん、アニメには3Dは不要という意見もある。が、欧米の劇場向け作品のほとんどがCGとなり、立体視作品となっていく中、日本以外の市場での競争優位を築くためにも何らかの形で話題を取り込む必要があろう。例えば、手描きセル・アニメであっても、コンピューター処理を施し、自動的に擬似立体化することは技術的に可能だ。しかし、そんな対応は、ガソリンエンジン車の加速をよくするために電気モーターを添えるという発想でしかない。従来の自動車の延長線上にある漸次的イノベーションの結果であり、そもそもPHBやEVを作るために製造プロセスを発想から刷新してしまう、破壊的イノベーターには立ち向かえないかもしれない。

 また、CG、あるいはその延長線上にある3D(立体視)を用いた表現手法を前提に映像設計すると、これまで考えらなかった演出技法が生まれる可能性がある。なにしろカメラが仮想的な存在なのだから、描き出せるアングルも無限だし、死角なんて考える必要もない。セル・アニメのクリエーターは、その無限の想像力で極めてユニークな映像表現を、その手で描き出してきた。が、そのためには一種天才にも近い才能と、極めて長い経験をつみ、新たな発想を導き出すための時間と場数が不可欠だった。日本のアニメの制作手法とプロセスは、基本的に天才手塚治虫がディズニーと東映動画の技術を基に作り上げたものから変化していない。

 しかし、米ピクサーでは優れたコンピューター技術と結びついた映像制作手法を組み合わせることで、過去の資産を簡単に検索・活用できたり、経験の浅いアニメーターでも短期間で熟練したスキルを身につけられるシステムが作り上げられたりした。ディズニーが久々にリリースする手描きアニメ作品「Princess and the Frog」では、描くシーンやキャラクターを類似性によって分類し、スキルにアニメーターに配分し、その描画とスキル習得の2つの効率を同時に最大化するマネジメント手法という見えないイノベーションが投入されている。

 米国では、映像制作プロセス(プロダクションという)ではなく、物語を作り上げるプロセス(プリプロダクション)へも多様な知見が投入され、優れた脚本を作り上げるためのイノベーションがシステム化されている。

パラダイムシフトがロストになっていないか

 日頃から多種多様なニュースに触れていると、後世から眺めれば「断層的な変化」であっても見過ごしてしまう可能性は大きい。論理的な発想であればあるほど、過去のエビデンスによれば拠るほど、説得力は増すものの、破壊的なイノベーションの荒波に揉まれる可能性が高まる。そんなジレンマを乗り越えるためには、どうすればいいのか。

 先のコンテンツやアニメの例を挙げたように、未来の方向性とマイルストーンを決め、その実現のためのデザインに注力していくこと。優れたプレーヤーこそ、日常に埋没することなく、常に新しいものを取り込んではいないか。そう、自らが常にイノベーターであり続けようと努力する(別に、自身が発明しなくとも、役割としてイノベーターであればいい)ことなのかもしれない。そのためには、定期的に自らの中に不連続なポイントを創り出していく努力が必要に違いない。それにはきわめて頑強な意思がなければなしえないだろう。トマス・クーンが言うのとは異なる意味合いで使われることが増えた「パラダイム(発想の枠組み)」とその量子的な変化を示す「パラダイムシフト」を時として、人為的に行うことが必要に思えてならない。

 2009年の日本を現す漢字は「新」だという。だが、その「新しさ」を僕らは日常の中で、ついつい漸次的な「新」や、大きな枠組みの中での「新」として、捉えてはいないか。民主党政権であっても、それが採用した事業仕分けのような手法であっても、見た目は新しくとも、よくよく見ると何が新しかったのか、わからなくなってしまっている。一種、デジャヴを見ているかのような印象だ。日常の中に捉え直してしまおうとする、僕らの認知の本能はきわめて強い。意図的に、パラダイムをシフトしようと思わない限り、あるいはそうせしむリーダーシップがない限り、既存も新規もパラダイムそのものが埋没するパラダイムロスト状態になってしまっていないか。

 改めて、今年を振りかえり、来年こそはと思う。

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