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サイボウズ創業者の高須賀氏が見果てぬ世界一への夢:前編 - (page 2)

構成:別井貴志(編集部)2006年09月04日 13時30分
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小池:それは何年頃の話ですか。

高須賀:1995年です。プロジェクトが起こったのは1994年ですね。その時に初めて、多分、日本の中でも珍しいと思いますが、大企業でウェブを使った意志決定支援システムを作ったんです。

小池:それは早いですね。

高須賀:それは多分すごく早かったと思います。その経験が自分にとってはすごく良くて、自分が持っている技術を事業にすることは大きなチャンスがあると思って、最初、(松下電工の)社長に「僕に事業部を作らせてください」という話を提案しました。しかし、たまたまそのときに「社内ベンチャー制度ができるから、いろいろなやり方はあるけど、それをやったほうがスムーズやで」と言われて、「じゃあ社内ベンチャー制度で会社をつくります」ということで始めました。

小池:普通に考えると松下電工ぐらいの大会社で、なおかつ1995年というと高須賀さんがおいくつだったかわかりませんが、まだまだ、偉い人に直接話も聞いてもらえなかったんじゃないですか。

高須賀:年齢は二十歳代の若造ですよね。

小池:まあ僕もそんなことをやってきましたけど、社長に直接事業部を作りたいという提案を言うこと自体が珍しい時代、普通はそういうチャンスすらない時代でしたね。

高須賀:やっぱり、ちょっとアウトローな人間だったですね。だから、僕には守るものがないと常に思っていたので、上席とか何とかいうのもまったくストレートになんでも、かくあるべきと進言したし、それが一番自分にとっての仕事人としてのキャリアにプラスだと思っていました。

高須賀宣氏

 もともと僕というのは、学校もいい学校を出ていないんです。だから守るものがないので、あとはやるだけだったんです。何かをやっていくだけ。そこに関してはすごく貪欲でしたね。とにかく松下電工のためになる仕事をやるためのプロフェッショナルを身につけなければと必死で、そのためには新しいコンピュータの事業を、「松下電工の全体を考えてもプラスになるから、やらせてほしい」とお願いしました。

小池聡氏

小池:なるほど。ちょっと前後してしまうんですが、なぜ松下電工に就職したんですか。あるいはその前の学生時代はどういう自分になりたいと思っていて、なぜ松下電工に就職したんですか。

高須賀:あんまりしゃべりたくないところもあるんですが、僕は中学、高校と一般的に言うと不良と言われている部類の人間で、ほんとうに素行が悪かったんです。ほとんど勉強した記憶がないんです。もっと遡ると、小学校の低学年ぐらいから入るのすら難しい進学塾とかに行かされて、その反動で勉強なんてばからしいと思うようになってしまって、それから勉強しなくなったんです。

小池:でもね、これはオフレコというか変な話ですが、今ベンチャー界でこれぞっていう人たちは元不良だったりしますよ。

高須賀:ほんとですか。

小池:ええ、そうですよ。

高須賀:でも、結構そういうやつのほうが大人になると真面目になっているんですよ(笑)。高校時代に僕は家内と知り合って、彼女はすごく保守的で勉強ができたんですね。彼女が大学に行くから大学に行こうとさえ思って、一浪して、そこで初めて勉強したものですから、なかなか……。それでも入れてくれる学校がありまして行きました。私の父親と母親って松下出身なんですが、子どもの頃から、松下のいろいろな哲学や価値観を繰り返し教えられてきました。

 私が就職したのは1990年なんですが、完全に売り手市場だったんです。そうじゃなかったら、私は松下電工に入れなかったと思うんですが、そういう運もあって就職したという経緯なんですね。

小池:もともとサラリーマンになろうと思っていたわけじゃないでしょう? その辺はあまり考えていなかったですか。

高須賀:僕はあまり考えていなくて、「一日一日が楽しければいいや」と思っていたんです。ただし、大学4年のときに研究室に入ってから、コンピュータが好きになっちゃったんです。コンピュータがおもしろくなってしまって、これをなりわいにして生きていくのが楽しいなと。売り手市場だったものですから、「できるだけ大きい会社に入ったほうがいいよ」ということをみんなから言われて、父親の強い勧めもあって、じゃあ大企業に行くんだったら松下だということになったんです。

小池:なるほど。それで社内プロジェクトに選ばれて、そのあとに社内ベンチャー制度を活用したんですね。

高須賀:社内ベンチャー制度の事業というのは、いわゆるシステムインテグレーターなんです。受託開発なんです。今の日本のソフトウエア産業の主流ですよね。それをやっていたんですが、単刀直入に言って僕にとってこの事業はおもしろくなかった。将来空洞化を起こして厳しくなるだろうというのと、「人×いくら」でレバレッジがきかない商売だって思ったんです。

小池:スケーラビリティもないしね。

高須賀:おっしゃるとおりです。1件1件お客さんに喜んでもらうのは、それはそれですごくうれしいし、楽しい仕事なんですが、ビジネスという視点で見たときに僕はおもしろみを感じられなかったんです。

 やっぱり、僕は松下幸之助さんの影響をすごく受けていて、事業というものはどんどん拡大していくことにすごく意味があると教わっているので、そのギャップを感じて、もんもんと過ごしました。そして、この事業はちょっと問題があるなといろいろ考えるうちに、今のサイボウズの事業を思いついたのです。

小池:じゃあ、サラリーマン時代にサイボウズの事業を思いついたわけですか。

高須賀:はい。グループウェアを作ろうとは思っていなかったんですが、ウェブベースのアプリケーションとインターネットによりダウンロードするかたちのダイレクト販売というのだけがコンセプトとして存在していて、僕の中ではそこにすごくオポチュニティを感じていました。そして、実は実際に松下電工の役員会でも僕はそのコンセプトを話しているんですね。

小池:そのビジネスアイデアについて?

高須賀:はい。ここにはすごくオポチュニティがあると。やらせてほしいという話をしたところ、「いいよ」と言われたんです。普通は「だめよ」と言われて辞める人が多いんですが、「いいよ」と言われたその雰囲気が嫌だったんです。僕にとっては感じが悪かったんですね。

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