1981年、IBMの重役たちは、英断とも愚かともつかない決断を下した。ある小企業に、IBM製の新型パソコン向けにOSを提供することと、同じものを他の企業に販売することを許可したのだ。そのパソコンがDOS 1.0を搭載した「IBM 5150」である。
IBM 5150は、Apple Computer製の有名なマシンはもとより当時RadioShackで売られていたTandy製の「TRS-80」と比べても劣っていると評されたものの大ヒット商品となり、その影響はIBM以外の企業にも広く波及した。2年も経たないうちに、PC互換機メーカーの数は25社から100社へと急増し、PCの年間売上高も、業界全体で18億ドルから50億ドルへと急成長を遂げた。
以降のPC業界の繁栄はご存じのとおりである。IBM PCのOSを提供したMicrosoftは、世界最大のソフトウェア企業となり、Hewlett-Packardなどの老舗企業や、CompaqやDellなどの新規参入組に同OSをライセンス供与した。ほどなくWebが登場して広く普及したが、その普及に大きな役割を果たしたのは他ならぬPCであると大半の人たちは考えている。PCはオンラインの世界にアクセスするための理想的なプラットフォームだからだ。ギークがもてはやされるようになり、多くの人たちがパソコンで財を築いた。その中でもずば抜けた成功を収めたのが、Microsoftの共同創設者Bill Gates氏である。
今回は、25周年を迎えたパソコン業界を振り返る意味で、興味深い質問を投げかけてみたい。もし、IBMがPCのOSに排他的ライセンスを採用していたらどうなっていただろうか。おそらく、次のどちらかが起こっていただろう。すなわち、MicrosoftとIBMが別々の道を歩んだか、もしくはMicrosoftが没落したかのどちらかである。それぞれのシナリオをできるかぎり追いかけてみよう。
おそらく世界最大数のプログラマを抱えていたIBMは、OSの提供元が見つからないことに業を煮やし、社内チームを結成してOSの自社開発に乗り出す。IBMの「自社開発」哲学である。IBMは、Intelとの交渉決裂のあと、結局、マイクロプロセッサについても自社開発路線を選択する。結果として、PCの進化のスピードは遅くなり、Appleがエンタープライズ市場への布石を得る。
IBM PCは、「OS」というシンプルな名前のOSを搭載してデビューを果たすが(グラフィカルインターフェースを備えた後継バージョン2は「OS2」と呼ばれるだろう)、価格はおおかたの予想よりも高かった(実際のIBM 5150は3005ドルだった。MicrosoftやIntelなどのパーツ提供企業がいなければ、メインフレーマーであるIBMにはとてもこの価格を実現することはできなかっただろう)。それでも、PCは回復を果たす。しかし、OSやソフトウェアの分野で、ワープロや表計算ソフトなどの新しいアイデアはなかなか生まれてこない。というのも、PCの売れ行きに自信を取り戻したIBMが、すべてを自社開発でまかなうという路線を堅持し続けるからだ。
IBMとの交渉に決裂し、落胆しながらも、まだ自らの直感を信じていたGates氏は、共同創設者であるPaul Allen氏を説得して、HPやDigital Equipmentといった他の大企業への売り込みを開始する。この2社の経営幹部たちは、Microsoftとの提携が彼らにとって好機となることになかなか気づかなかったが、IBMやApple製の目新しいコンピュータが販売台数を伸ばす中、企業向けコンピュータの販売実績が落ち込むのをみて初めてその重い腰を上げる。
それでもMicrosoftは、何とか自社製のOSの売り込みに成功する。IBM、Appleに次ぐこの第3の重要なPC用OSは、市場での勢いを増していく。新興企業たちはMicrosoftの新しいOS上で動作するソフトウェアを進んで開発するようになる。というのは、Appleとの連携は難しくなる一方だったし、IBMは社内開発路線を崩そうとしなかったからだ。
PC業界に現れた第3の騎手Microsoft。ここで真の革命が起こる。しかし、PCの普及にけん引され1980年代に実世界で起こったシリコンバレーブームは、このシナリオでは決して起こらない。ベンチャー投資家たちが、この市場はIBMとAppleにほとんど支配されてしまっており新規参入の余地はないと判断するからである。おかげで、サンフランシスコのベイエリアでも不動産価格が高騰することはなかったが、PC革命のスピードは確実に低下した。そのころ、テキサス州のどこかで、Michael Dellという名の若者がメディカルスクールに通っていた。
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