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市民ジャーナリズムの普及で起こるメディア革新--ダン・ギルモア氏 - (page 3)

藤本京子(編集部)2005年10月11日 15時00分
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--市民ジャーナリズムの定義は何だと考えていますか。

 決まった定義というものはありません。例を挙げるとすれば、ハリケーンカトリーナで被害のあったニューオーリンズからブログで市内の状況を写真つきでレポートした人がいました。これは間違いなく市民ジャーナリズムといえます。また、ロンドンで爆破事件があった時も、携帯電話のカメラで現場の惨状を撮影した人がいて、その写真が世界中の新聞の一面に掲載されました。撮影した人が実際に何の仕事をしているかわかりませんが、その人はその写真を撮った瞬間、まさにジャーナリストでした。

 こうした事件だけではありません。私がよく見るサイトで、トヨタ「プリウス」の持ち主が数人集まって、車の情報を詳しく公開しているサイトがありますが、そこにはプリウスの仕組みやカスタマイズの仕方、技術情報などがうまくまとまって書かれています。これは業界紙に近い役目を果たしており、市民ジャーナリズムの一種といえるでしょう。

 また、ガジェット情報を発信する「engadget」や「Gizmodo」というブログも私の好きなブログです。これらのブログは読者も非常に多く、ガジェット系のニュースをすっぱ抜くこともあります。大企業のCEOが、こうしたブログオーナーにヒアリングをすることもあるほどです。これもまさに市民ジャーナリズムですね。

--インターネットがメディアとして発展するにあたって、今後何が起こると考えますか。ノイズは常にインターネットに存在するでしょうし、その中で信頼性のある情報を見つける手法も必要になってくるのではないでしょうか。

 インターネットが登場した時、情報が入手しやすくなったとされましたが、ブログの登場で今度は情報が発信しやすくなりました。多くの人にとって1990年代のインターネットは「Read Only」でしたが、ブログの登場で「Read and Write」に変化したのです。ブログを使えば、入力ボックスの中にテキストを入力し、クリックするだけで情報発信ができるのですから。

 そこにノイズが存在するのは事実です。一個人が日常的な出来事を日記としてブログに書いても、多くの人にとってそれはあまり有益な情報ではありませんからね。ただ、先ほども言ったように、私はノイズが悪いことだとは全く思っていません。好きなことを好きなように伝えるというコミュニケーションは重要ですから。

 そこで今、インターネットの世界で信頼性を測るようなシステムが登場しつつあります。人が信頼を置いていると思われるサイトを見極めるシステムです。GoogleやTechnoratiが、サイトに貼られたリンクの数の多さで「これは多くの人が求めている情報ではないか」と判断しているのも、そのひとつと言えます。もちろん、単にリンクの数が多いだけで信頼性が高いとは限りませんが。

 こうして信頼性を測るシステムができると、信頼性の高い世界中の人たちがジャーナリストと同じ力を持つことになるかもしれません。市民ジャーナリズムは、それほど大きな意味を持つことなのです。

--私たちの仕事がなくなってしまうかもしれませんね。

 いや、やはりプロの出す情報は、いつも多くの人が求める信頼性が保てるものだと思いますし、私たちもその期待に応えるよう努力を続けなくてはなりません。ユーザーが作り出すコンテンツがプロの作るジャーナリズムに取って代わるというより、両者は補完関係にあると思っています。メディアのエコシステムは、双方を要素を必要としているのです。

 ただ、ジャーナリストの仕事が変わってくる可能性はあります。さまざまな情報をまとめ、どの情報とどの情報が関連しているのか、どれを読めばいいのかを教えるガイド役になるかもしれません。

 ブログの情報はジャーナリストにとっても無視できない存在となっています。コメントやトラックバックから新たな情報を得ることもあれば、学ぶこともあります。今後ジャーナリストは、ブログの情報をより上手に活用することが求められるでしょう。

ブログの可能性について語るギルモア氏自身も、ブログ歴は1999年からと長い

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