CEOに就任してまだ1年もたっていなかったSamuel Palmisanoは、このパーティの場で、IBMが過去の遺物ではないことを懸命に証明しようとしていた。
「この業界は今、劇的な転換期を迎えようとしています」。Palmisanoは列席した顧客と社員に向かって語りかけた。「この変化について考えてください。新しい側面から世界を眺めてください。職能的な思考にとらわれてはなりません。このほとんどは文化に関すること---つまり、文化の変化だからです」(Palmisano)
それから今日までの間に、IBMは恐竜という墓碑銘を消し去ることに成功した。この2年のうちに、いくつかの市場ではシェアも拡大した。なかでも、サーバのハードウェアとミドルウェアという2つの分野は、同社の戦略にとって重要な法人向けの高額製品をあつかう事業だが、これらの事業は同社が年間売上高890億ドルを達成するのに大いに貢献した。IBMはサービスに焦点を移し、かつてはお荷物と見なされていた売上140億ドルのソフトウェア事業を長期戦略の要に据えた。同社はもはや、落ち目のメインフレーム事業で糊口をしのいでいる愚鈍な巨人ではない。
しかし、この成功はさまざまな意味で、IBMの本質を外れているということもできる。数々の現代的な技術を生み出し、一時はコンピュータ産業の代名詞でもあったIBMには、20世紀末の時点で業界の覇者となる条件が揃っていた。しかし、この20年のほとんどを通して、同社は戦略上の失敗と官僚的怠惰を重ね、データベースやPCなど自らが開拓した重要な技術分野で後れを取ることになった。
この不名誉な過去を考えれば、IBMが新たに打ち出した「オンデマンド」イニシアチブを多くの人が懐疑的に受け止めたのも無理はない。これは、テクノロジーを必要なときに必要なだけ供給することによって、企業が市場の急激な変化にも柔軟に対応できるようにするという、野心的な取り組みだ。ITを使ってビジネスを合理化するという考え方は目新しいものではない。しかし、オンデマンドのコンセプトが--まだ実現にはほど遠いものの--IBMのさまざまな部門を活気づけた。
「現在のIBMからは、これまでにない明確な方向性と勢いを感じる。これは規模の面でも、影響力の面でも、きわめて広範で遠大なビジョンだ」というのは、IBMの大口顧客として知られるGeneral Motorsの最高技術責任者(CTO)Tony Scott。しかし、オンデマンドのコンセプトについて尋ねられた同氏は、「私などよりIBMの連中のほうがずっと先を見通している」と答えただけだった。
「オンデマンド」とは何か、誰が求めているのか
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IBMの幹部自身も、オンデマンド・イニシアチブが社外で混乱を招いていることは認めている。しかし、彼らはオンデマンドには市場のリスクを相殺してあまりある価値があるという。その価値とはIBM自身にとっての「求心力」だ。IBMには現在、世界170ヶ国に35万人以上の社員と67万人の株主がおり、同社はまたタイのプラチンブリやハンガリーのセーケシュフェヘールバールをはじめ世界数十ヶ所に生産設備を保有している。オンデマンドには、この広大な帝国に共通の方向を与える力があるという。
Palmisanoにとって、オンデマンドというコンセプトの実現は個人的な聖戦となっている。このイニシアチブが発表された当時、IBMはすでに過去数十年にわたって続いた瀕死の状態から完全に回復していたものの、依然として新しい市場に参入する方法を必要としていた。そして、大学卒業後新卒で入社しIBM一筋できたPalmisanoは、長期的な成長戦略を示し、自らの能力を証明する必要があった。
Palmisanoの仕事をさらに難しくしたのは、前任者のLou Gerstnerと否が応でも比較されることだった。IBMは1993年、会社の窮地を救う次期CEOとしてRJR NabiscoのGerstnerに白羽の矢を立てた。IBMが経営幹部を社外から呼び寄せることはまれで、他のIT企業と同様に、社内から登用するのが普通だった。やがて、GerstnerはIBMを見事に立て直し、一躍スターとなった。これに対して、大学時代はフットボールの選手だったPalmisanoは1973年の入社以来、並み居るライバルを押しのけながら、一段ずつ出世の階段を上ってきた「叩き上げ」だ。
いまにして思えば、Palmisanoが玉座に上りつめた時にIBMが必要としていたものは、まさにブロックやタックルだったのかもしれない。Palmisanoは顧客の話に耳を傾け、目標を達成することを好む現実的な実務家だ。
「Palmisanoは半年ごとに何かを始める。彼の号令で人々が動き出すというのがいつものパターンだ」と、調査会社IlluminataのアナリストJonathan Euniceはいう。
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