IBMがIT産業に新しい方向性を与えようとするのは、オンデマンドが初めてではない。IBMの経営陣は折に触れてさまざまな「革命的」イニシアチブを鳴り物入りで導入してきた。パーソナルコンピュータPS/2や開発ツールAD/Cycleがそれにあたる。しかし、こうした試みはことごとく失敗に終わった。
コンピュータ業界を見渡しても、IBMほど影響力のある企業、多くの技術的成果を生み出してきた企業はない。世界初のリレーショナルデータベース、ハードディスクドライブ、RISC(縮小命令セットコンピュータ)チップ、音声認識ソフトウェア、ダイナミックRAMメモリは、すべてIBMのエンジニアが開発したものだ。同社がこの10年間に取得した特許は2万2000件を超えており、競合10社を合わせてもこの数には及ばない。
もっとも、こうした発明が必ずしもIBMに利益をもたらしたわけではない。Edgar CoddというIBMのエンジニアがリレーショナルデータベースを考案したのは1970年代のことだが、この技術はなかなかIBMの企業戦略とかみ合わなかった。その結果、IBMは出遅れ、1980年代にデータベース市場の覇者となったのはOracleだった。最近の例でいえば、IBMはハードディスクの設計や生産面で高い技術力を持っているにも関わらず、ストレージ市場の将来性を見抜けずに、EMCやその他の企業の後塵を拝することになった。
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もっとも苦い失敗の舞台となったのは消費者市場、つまりパーソナルコンピュータである。PC市場でIBMがしでかした有名な失敗の数々は、ビジネススクールの事例研究で「失敗事例」として扱われているほどだ。
PC時代が幕を開けたばかりの頃、IBMの経営陣はまだハードウェアの視点から市場を見ていた。その結果、ソフトウェアの可能性を見くびり、MicrosoftがDOS(Disc Operating System)で巨万の富を築くのを許した。その後、IBMはMicrosoftの協力を得て、DOSの後継OSとなる「OS/2」の開発に取り組む。しかし、この協力関係は有名な物別れに終わった。IBMは将来性のない製品と共に取り残され、MicrosoftはWindows NTというドル箱商品と去っていった。
続く数年も事態は好転しなかった。失策に次ぐ失策は、IBMがソフトウェアマーケティングのセンスを持ち合わせていないことを露わにした。MicrosoftのWordとExcelが事実上の業界標準になって久しい頃に、IBMは独自のデスクトップソフトウェア事業の立ち上げに何度も挑戦し、失敗を繰り返した。
1990年代半ばになってようやく、IBMの取り組みは成果を上げるようになる。同社はまずプログラミング言語のJavaとXML(Extensible Markup Language)、続いてLinuxなどのテクノロジーが登場してきたタイミングをうまく捕まえた--これらの技術は現在、同社のソフトウェア製品の基盤となっている。また、インターネットが企業に与える経済効果は、個人が享受した利益をはるかに上回るという同社の予測も見事に的中した。
この頃のIBMは、買収でも世間をにぎわせていた。特に1995年のLotus Developmentの敵対的買収と、1996年のTivoli Systemsの買収は大きな注目を集めた。独立系ソフトウェア企業の買収は、IBMの視野の狭い、ハードウェア中心の企業文化を揺るがせた。
「私の目には、IBMがTivoliを変えるためではなく、自らを変えるためにTivoliを買収したことは明らかだった」と、Tivoliの創設者Frank Mossは昨年あるインタビューのなかで述べている。「IBMの意思決定がソフトウェア企業のように柔軟になったのは、Tivoliが与えた大きな影響の1つだ。その過程では少なからず関係者の怒りも買った」(Moss)
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現在のIBMには自律型コンピューティングやグリッドコンピューティングといった未来技術を評価する仕組みが確立されている。しかし、10億ドルを投じたパーベイシブコンピューティングなど、まだ投資効果が見えないものもある。さらに、数十億ドルをかけたチップ製造工場が軌道に乗っていないことは、IBM自身も認めるところだ。
過去の過ちの記憶は、IBMの脳裏に深く刻み込まれている。以前のプロプライエタリなハードウェア戦略を避けるように、現在のハードウェア製品の大半は標準に則って設計されている。ネットワーク機器など、一部の市場は他社に譲ったものの、IBMはいくつかの領域でついに失地を回復した。2002年、IBMはデータベース市場の首位の座をOracleから奪取し、PC市場では企業顧客に焦点を絞って、業界3位の座を確保した。
オンデマンドの理想を追求するIBMは、顧客の要求に迅速に応えることを重視しているが、これは経営陣がすべてを決めていた過去とは対照的だ。うまくいけば、オンデマンドはインターネットブームの時代にGerstnerが掲げた「Eビジネス」イニシアチブを上回る影響をIBMに与えるとアナリストらは見ている。
「Eビジネスは、IBMのサービスを使って異なる技術を統合しようとするもので、技術そのものに大きな変化はなかった」と、GartnerのアナリストTom Bittmanは指摘する。「現在はIBMのすべての部門がオンデマンドを提唱している。部門の利害が衝突することはない。これはとてつもなく強力だ」(Bittman)
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