それから、景気の後退に見舞われ、状況はさらに悪化した。Gatewayは2002年、それまで顧客の注文を受ける場所にすぎなかった自社の店舗Gateway Countryに、カメラ、ビデオレコーダーなどさまざまな家電製品を置き始めた。中でも特筆すべきなのは、プラズマテレビを扱ったことだ。同社は、他のベンダーより数百ドルも安く売るやり方を採り、揺籃期のプラズマテレビ事業で大きな注目を集めた。この戦略は当時賞賛されたが、結局破綻した。
「一時期、Gatewayはテレビ販売に大きな重点を置き、デジタルホームのビジョンに大きく賭けていた。(中略)HPとDellも同じような大勝負に出ていたが、両社はPC事業にも引き続き重点を置いていた」と、調査会社Technology Business Research(TBR)のアナリストJohn Spooner氏は言う。
その後、やり方を変えたGatewayは、2004年にローエンドPCメーカーのeMachinesを買収した。そのころには、もう往時の輝きはほとんど失われており、買収したはるかに規模の小さいeMachinesの首脳部の大部分が迎え入れられてGatewayの経営にあたった。「マーケティング方式や価格設定方式といった管理構造を導入し、実際にはまるでeMachinesがGatewayを買収したかのようだった」とBhavnani氏は言う。eMachinesのCEOであったWayne Inouye氏がGatewayを経営する地位に移り、合併後に任命された13名のシニアバイスプレジデントのうち7名も、eMachinesから迎えられた人物だった。
2004年の終わりごろ、この新しい合併会社は、自社店舗の閉鎖に着手することを発表した。これは、Gateway従業員の3分の1以上を削減することも意味した。このとき以来Gatewayは店舗販売からの撤退を開始し、テレビなどの家電製品は消えていき、中核のPC事業に重点が移った。
Inouye氏は2006年にGatewayを去り、会長のRick Snyder氏が暫定のCEOに就任した。2006年後半、J. Edward Coleman氏が6年間で5番目の同社CEOとなった。
ついに、Gatewayは最もうまくやっていた事業、つまりPCの製造に戻ったが、そのころには同社の価値はピーク時の10分の1になっていた。しかし、そのブランド価値はまだ残っており、AcerがGatewayをほしがる理由もそこにある。AcerがこれからDellやHPと米国市場で競い合うためには、ブランドが必要となるからだ。
「(創設者の)Ted Waitt氏とピックアップトラックのコマーシャルを見て、あの斑点模様と牛とそれが象徴するものを嫌いな人がいるだろうか。人々に熱狂的に支持されてきた会社なのだ」とBhavnani氏は語った。
この記事は海外CNET Networks発のニュースを編集部が日本向けに編集したものです。海外CNET Networksの記事へ
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