12月8日、米IBMはPC事業を中国の聯想集団(レノボグループ)に売却、同時に聯想集団の株式約20%を取得することで同社をIBMグループに取り込んだ(関連記事)。今回の提携により、両者は世界第3位のPC会社を共同設立することになる。だが、PCをIBM自身のラインナップから外すことは、PCが実質的にコモディティ(誰が作っても差別化が難しい汎用品)と化したことを示し、PCがIT産業の中核だった時代が終焉を迎えつつあるのだというメッセージとして捉えることができる。
コモディティ化により四半世紀の歴史を閉じるIBM/PC
12月3日、New York Timesオンライン版に掲載された「I.B.M. SAID TO PUT ITS PC BUSINESS ON THE MARKET(I.B.M. PC事業の売却を決定)」という記事は、一瞬にして世界中にひろまった。ちょうど上海にいた僕は、International Herald Tribuneの紙面とオンラインのニュースでその話題を知った。印象として、すでにコモディティと化したPC事業を付加価値の高い事業へとウェイトを移すことに成功したIBMが売却という決断を下すのは経営的には合理的だと思うと同時に、意外とも思った。
それに先立つこと数カ月。一部の調査会社やアナリストらから、「今後大手主要プレイヤーが保有するPC事業の合従連衡が発生してもおかしくない状況にある」というレポートが発表されていた。
PCは特定のブランドの名の下で製造販売されていても、すでにその本質はアセンブリ(組み立て)でしかない。場合によっては、そのアセンブリすら廉価な人件費で製造可能な地域の下請け工場に委託されていることも珍しくない。また、製品の中核となるCPUはIntelやAMDであり、OSはMicrosoftの牙城となっており、そのほかグラフィックチップやマザーボードなどの主要部品も特定少数のベンダーが牛耳っており、アセンブリだけではさしたる利益を得られない製品カテゴリーでしかなくなっているのが実際なのだ。そう、PCはコモディティと化したと、その生みの親が宣言をしたのだ。
とはいえ、PC事業合従連衡のスタートを切るのがまさか巨人IBMであると想像した人は少なかったに違いない。だが、すでに5億ドルの負債を抱えたIBM PC事業は瀕死の状態にあったといっていい。すでに日立に売却されたHDD事業のように、厳しい達成目標をクリアできない事業の存続は許されないのが常識であり、むしろここまで生き残ってきたこと自体がIBMでは特殊ケースではなかったか。それには、厳密な数値に裏づけされた経営判断だけではなく、Big Blue(IBMのニックネーム)のプライドの存在があったに違いない。
生みの親、IBMのプライド
IBMのPC事業は23年前に始まった。
1981年にこれまで貫いてきた純正主義をかなぐり捨て、Intelの8088 16bit CPUとMicrosoftのMS-DOSを搭載したまったく新しいコンセプトとして発表されたIBM/PCは、先行するApple Computer のApple IIなどをあっという間に追い越し、「ビジネスに強いBig Blue」の力を改めて世界にとどろかすきっかけとなった記念すべきマシンだ。以来、IBMはHDDを標準搭載したPC/XT(1983)や、Intel286を採用したPC/AT(1984)、日本語にも対応したDOS/V(1990)などイノベーションをリードするプレイヤーだった。途中、PS/2やOS/2などの失敗もあったが、ベンダーであるIntelやMicrosoftにリードを許さない優位性をしばらくは保っていた。しかし、PCという規格の普及を促進するために採られたオープン戦略の結果、80年代後半からPC/AT互換機が出現し始め、PCはIBMだけのものではなくなった。このときにすでにPCにはコモディティ化という運命が定められたといってよい。結果、生みの親=アーキテクトとしてのIBMの地位は相対的に低下し、中核部分であるCPUとOSを握るIntelとMicrosoftによるWintel帝政が始まった。
それでも、IBMは「PCの生みの親」というプライドは捨てていなかったに違いない。IntelやMicrosoftの勢力が圧倒的になり、デスクトップマシンのマザーボードが台湾製であることが当然となった現在でも、IBMのPCシリーズ「Think」、特にノートパソコン「ThinkPad」のブランド力は依然として世界中で強力だ。
# 偶然のことながら、来年から僕が社長に就くことになる会社も「Think」という。このあたりは来年初回にお話したい。
昨今話題になることが多い「モジュール化」という概念を最初に実践したPCという製品を確立したIBMの功績は偉大だ。そして、Wintelにその指導的な立場を奪われたとはいえ、さまざまなイノベーションを投入しそのブランドを25年にわたって支えてきたのも、IBMという基礎体力を有した企業だからだろう。しかし、そのIBMが「わが子」を、単純な部門売却ではないとはいえども、里子に出すことを決意したのだ。
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