PC中心時代の終焉が始まる - (page 2)

PCは儲からない。でも止められない、という苦しみ

 冷静な経営判断を常にする人間からすれば、5億ドルもの負債を抱えた事業を保有すること自体が常軌を逸していると受け取れる。ましてや、中核部品は外部から買い付けざるを得なく、そのブランドを支えるのはごく一部の周辺的なテクノロジーでしかないのであれば、それら事業の売却は当然のことながらもっと早期に考慮されていたに違いない。

 IBMを復活させたルイス・ガースナーは、顧客への提供価値と収益性という2つの異なる軸の最適融合を実現した経営者だ。彼が発見した解は、IBMのフルラインアップ製品群をIBMのサービステクノロジーで組み合わせ、チューニングすることでさらなる価値を引き出すという、オープン製品が当然の世の中で逆のベクトルを確立することだった。その戦略の中で、最辺縁にあるクライアントPCであっても、顧客への提供価値のひとつである「TCO(所有者が支払うコストの総計)の最小化」を図るためにはIBMが定める基準をクリアしたIBM製品でなければならなかった。

 仮にクライアントPCがIBM以外の製品であれば、「ガースナーの解」は崩壊する可能性が大きい。単にPCが他社製品になるという売上のマイナスだけではなく、未知のリスクを抱えた大量の他社PCを企業内ネットワークに取り込むだけで、付加価値=収益性の高いサービスは、あっという間に手のかかる収益性の悪い事業に成り下がってしまうからだ。そして、次にはPCを端緒にして、コントロール不可能な=メンテナンスに知見を蓄積することができない管理コストの大きな他社製品が雪崩を打って聖域に入り込んでくるだろう。IBMというブランド力で包括的に顧客を取り込むことではじめてITサービスは収益性を高めることができるのだ。その取り込みが包括的でない限り、他社と差別化できないどころか、むしろ「やってはいけない」事業になりかねない危うさをガースナーは理解したに違いない。

 それを考える限り、PC事業単体の負債が相当程度あっても、サービス部門の利益率が高ければ、IBM総体としては十分に補いきることができるのだ。すなわち、PCが完全にコモディティ化し、IBMが求めるクオリティレベルに他社PCが追随し横並びになった=他社製品を取り込むことによるリスクの最小化が実現した今こそ、あえて出血し続ける事業を保有し続ける必要はなくなったのだろう。

 では、そもそもビジネス向けのサービス部門を持たない日本の家電系PCメーカーやオープンを許容した日本のITベンダーの立場はどうなるか。これについては別の機会に取り上げよう。

PCの後を継ぐもの

 考えてみると、以前にIBMはApple、MotorolaとともにPowerPCチップという優れたアーキテクチャのCPUの開発に投資し、AppleやMotorolaが開発から離脱した今も依然として独自にPowerPCチップの進化を進めてきた。Wintel連合に反旗を翻そうとしたものの、この試みはPC領域では成功しなかった。だが、LinuxをベースにしたOSの推進という点では、少なくともサーバやワークステーション領域ではかなりの成功を収めているといっていいだろう。

 だがCPUについては、IBMはさらに新たな挑戦を始めている。PowerPCのテクノロジーをベースに、ソニーや東芝と共同開発している次世代アーキテクチャを有したCELLチップだ。CELLは、サーバとPCを飛び越した各種アプライアンスが物理的ネットワークを介して直接的に協働することが可能な、まさしく次世代製品となる予定であり、すでにワークステーションでの試験稼働が開始されているという。そして、CELLは来年にはソニー・コンピューターエンタテインメントの次世代ゲーム機PS3に搭載され、世界中に数千万という規模で広がっていくことが約束されたチップでもある。ただ、PS3という名称はPS/2の撤退を経験したIBMにとっては皮肉になるのかもしれないが。

 これらを鑑みると、アンチWintel仕様のコアテクノロジーの開発を推し進めてきているIBMとしては、PC事業の保有は経営資源の重複以外の何ものでもないことになる。ただ、これまでの顧客価値の最大化という視点において、未成熟なこれらのテクノロジーを押し売りよろしく押し付けるわけにはいかないために、IBMは依然としてIBMブランドのPCは必要だった。しかし、前述のとおり、すでにPC産業自体のクオリティは十分に高く、ブランドさえ残ればPC事業を保有する根拠はもうなくなっていたのは事実だろう。その条件を満たす提携として、巧妙に設計されたのが中国企業聯想集団との組み合わせだったに違いない。そして、それは中国市場への進出としても有効だ。

 仮にホワイトカラーや家庭用のCELLベースのプロダクティビティクライアント(現在のPCに代わるいわゆる知的作業用のコンピュータ。これをポストPCと呼ぶか、あるいはPS3なのかは、今はなんともいえないだろう)が、どのような内容であるかは別として表面上はWindows互換になるなどし、利用者の混乱がないのであれば、PCを超える存在になってもおかしくはない。むしろ、そんな可能性を具現化するためのひとつの戦略として今回の提携がなされたと思うべきではないか。  単に不採算部門の売却ということであれば、すでに書いたとおり、もっと以前になされていたはずだ。また、他PCメーカーのトップが聯想集団のポストM&Aについて「うまくいくはずはない」などとコメントを述べてもいるが、IBMにとって成否はどうでもいいにちがいない。もう、彼らの主眼はPCの次に来るものに移っているはずだからだ。

 果たして、PCの次にくるものとはどのような姿をとってくるのだろうか。思いがけず、目の間にあるPCが来年の今頃には旧世代の機器になってしまう可能性すらあることが、今回の提携発表で急速に実感できるようになった。では、そんな世界とはどのようなものになるのだろう。このホリデーシーズンにでもゆっくり考えてみることにしようか。

次回の更新は1月14日の予定です。

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