期待外れか未来の幕開けか--アップル「Vision Pro」1年目の通信簿

Scott Stein (CNET News) 翻訳校正: 川村インターナショナル2025年02月17日 07時30分

 筆者はある日、ドイツの映画監督Wim Wenders氏による2011年のドキュメンタリー映画「Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」を「Apple Vision Pro」で観ながら夜を更かした。魔法のような体験だった。ダンスと演劇を融合させた手法である「ダンスシアター」の草分けで、振付家、舞踏家であったドイツの故Pina Bausch氏を題材にした美しい3D映画で、出演者が舞台に立つ同じ劇場に座っているかのように感じさせられたのだ。

Apple Vision Pro 提供:Numi Prasarn/Viva Tung/CNET
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 登場から1年が経った今も、Vision Proでは魔法のような瞬間を体験させてくれるものがときどき出現するが、それを自分で探しにいかなくてはならない。しかも、魔法の瞬間が現れるのは映画を観るときか、「Mac」に接続した巨大な湾曲モニター代わりにヘッドセットを使うときがほとんどだ。それ以外にVision Proが秘めている能力は、今なお発揮されていない。

 Appleの3499ドル(日本では59万9800円)の空間コンピューターは、一夜にして成功したとは言えないが、その価格設定を考えれば、それは当然だろう。Vision Proは依然として最新技術の見せ場になっており、既存のスタンドアロン型仮想現実(VR)/拡張現実(AR)ヘッドセットの中では最先端である。無限の視覚体験という未来を興味深く感じさせてくれる。そしてプロフェッショナル向けの一部の領域、例えばシミュレーション、高解像度の3Dモデルを映すディスプレイ、アイデアを膨らませる「iPadOS」ベースのプラットフォームなどに関心がある誰にとっても、Vision Proはパワフルなツールになりうる。

 しかし、筆者の生活の中ではほとんどの場合、映画のスクリーン、あるいは超高級なウェアラブルモニターという存在だ。

 ゲームからビデオチャット、運動のルーティーンまで、筆者が「VRもの」を体験しているのは他社のヘッドセットの方がはるかに多い。他の開発企業からもApple自体からも、興味を引くVision Proアプリがあまり出ていないのだ。これは、筆者が自宅でかなり頻繁に使いながら丸1年が経った今もなお、Vision Proで気になっている問題の1つにすぎない。

 Appleは一部の領域で間違いなく成功を収めており、ヘッドセットやスマートグラスが次に目指せそうな道を切り開いてきた面さえある。だが、十分ではない。ほかに大きく欠けている部分があり、それに対応しない限り、Vision Proが筆者のスマートフォンやMacの後を受け継ぐ、あるいはそれらを拡張する重要な存在になるとは考えにくい。ここでは、2024年の1年間にVision Proが成功した点と残念だった点について、筆者の見解を挙げていくことにしよう。

成功した点:ハードウェアを使わないジェスチャー操作とアイトラッキング

Apple Vision Proを着けてハンドジェスチャーを使う人 提供:Apple
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 Vision Proにおけるアイトラッキングとハンドトラッキングの品質、そしてその2つの連携によって、基本的な操作の多くはかなり容易になっている。視線を向け、指でわずかにピンチまたはスワイプしてアプリを開いたりウィンドウをスクロールしたりできる、その簡単さにすっかり慣れきってしまった。ハンドコントローラーが存在しない点はほぼ全く問題にならず、今にして思えば、初代「iPhone」で物理キーボードをなくしたことに匹敵する英断だったと思う。

 Vision Proを発表して以来、Appleは新しいジェスチャーを追加し、ショートカットを改善している。指をタップして手を傾けると時刻を確認したり音量を調整したりできる機能は気に入っている。確かに、ときどきアイトラッキングは校正する必要がある。目を向ける場所がずれてくるからだ。また、ウィンドウやアプリの端をタップする、あるいはつかむ操作は依然として使いにくいことがある。ソニーのプロ向けクロスリアリティー(XR)ヘッドセットで使われているリング型コントローラーやポインティングコントローラーのような、オプションのウェアラブルデバイスやアクセサリーを使って、もっと高精度になってほしい。とはいえ、Appleは概ねその実力を証明している。

成功した点:パーソナルディスプレイとしての機能と映画体験は最高

 顔に装着する大型テレビとして、Vision Proは他を圧倒している。あらゆる点で完璧というわけではない。視野は依然として筆者が望むより狭く、処方レンズを挿入すると反射グレアがときどき目に入る。しかし、Vision ProでAppleが採用した音声と動画は、これまで筆者が試した中で最高の映画投影デバイスを手に入れたと感じさせてくれる。自分だけで見ることが分かっている場合、映画やドラマを視聴するにはこの方法が好みだ。「ウィキッド ふたりの魔女」の3D版も圧巻で、驚かされっぱなしだった。

 Macと組み合わせて湾曲モニターのフォーマットにすると、小さいながら全周囲の作業環境を手にした気になる。執筆中の今も、まさにそのモードを使っているところだ。設定後は、仕事に使うときでも、プライベートでの映画鑑賞のときと同じくらい満足できる。ヘッドセットは扱いにくいサイズだったが、BelkinやResMedといったサードパーティーメーカー製の装着感を向上するストラップを追加することで、改善された。

 この分野におけるAppleの独自性は、永久に続くものではない。他社のデバイスでもマイクロOLEDディスプレイの採用は進んでいる。サムスンの「Project Moohan」は、2025年の登場が予定されている、初の「Android」向けXRヘッドセットだ。サムスン/Google版のVision Proと言えるくらい外見はよく似ていて、短時間のデモで見たディスプレイの品質には感銘を受けた。ソニーのヘッドセットもマイクロOLEDディスプレイを搭載している。またスマートグラスでも、例えば「XREAL One」は鮮やかな(とはいえ、より小型の1080pの)ディスプレイを採用し、映画を観るには十分良好なうえに、価格ははるかに低い。

成功した点:日常使いのアプリにXRを取り入れられる

 AppleはVision Proを、顔に装着する「iPad」と感じられるように設計した。これは、独自のアプリストアとインターフェースを構築してきたこれまでのARおよびVRヘッドセットと大きく変わる点だった。この方針の関係で、Vision Proはいくぶん月並みにも見えることもある。アプリの多くは「メール」や「メモ」、「Apple Music」といったものだからだ。その一方、すでに使っている環境とシームレスにつながっているので、全体的に自然なコンピューターだと感じられる。至って退屈ではあるが、有用であり、これまでのVR体験には欠けていた要素だ。

さまざまなアプリのアイコン 提供:Stephen Beacham, Viva Tung
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 これに対してMetaは、「Meta Quest」で便利に使える、真に日常使いの仕事用アプリを開発することにいまだ苦戦している。Metaには豊富なゲームがあるとはいえ、「Meta Horizon OS」のどの部分も、Androidや「iOS」との互換性は当然ない。2025年に登場予定のGoogleの「Android XR」は、「Google Play」を完全にサポートする予定であり、Vision Proでは多くのiOSアプリを動かすことができる。Metaはその中間の半端な位置にいる。

残念だった点:優秀な新しいアプリは登場しないのか

 Vision Proの登場から丸1年経ったが、今でも自分で探して散発的に見つかるのは、ゲームや没入体験アプリ、ときどきある生産性アプリだ。あとは、Appleが不定期に公開するVision Pro向けの新しい没入型フォーマットの3Dショート動画などにとどまる。没入型の動画はよくできていて、例えばThe Weekndの斬新なミュージックビデオや、Edward Berger監督の「沈没へのカウントダウン」などは、これまでに見てきた中でも上位の部類に入る。だが、それでも十分ではなく、動画が公開される頻度も、Vision Proを購入する価値に見合うほどではない。

ゴルフのアプリ 提供:Scott Stein/CNET
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 Vision Proを通じて閲覧できるアプリは多いが、だからといって有意義なアプリが多いという意味ではない。MetaのQuestヘッドセットでは、目を引くゲームの1つや2つはいつでも見つかるように思う。Vision Proでは、どのアプリがいいかや、そのアプリを使う目的を容易に見つけられるようになっていない。またAppleは、目を見張るような大がかりの体験を創造することに、それほどの金額を投じていないようでもある。「Apple Arcade」で公開されているVision Pro向けのゲームでさえ、大半は移植版か、シンプルなカジュアルゲームだ。

 そもそも、なぜApple自体がキラーアプリを開発していないのだろうか。明らかに足りないアプリは、依然として山のようにある。例えば「マップ」は、3Dの詳細な風景や都市を描写できる実績がすでにあり、Vision Proにあればきっと素晴らしい見本になっていただろう(Googleは、Android XR用の「Googleマップ」アプリを早くも披露している)。「GarageBand」は、空間コンピューティング的な楽器に適応できたかもしれない。同じようなことを、サードパーティーの開発者がすでに試みている。Appleには、空間コンピューティングによる独自のクリエイティブアプリがまだ存在しない。例えば、Vision Pro版の「Final Cut Pro」のようなアプリ、あるいは描画/スケッチ/彫刻などのアプリだ。そういったアプリは、夢を描かない限り存在もしない。そして、Vision Proに足りないのは新しい夢なのだ。

 ワークアウトは、筆者がMetaのQuestで好んで使っている機能なのだが、フィットネスもAppleのビジョンに欠けているピースの1つである。Vision Proが、フィットネスサービス「Peloton」の仮想版としても機能できれば、少しはその価格の埋め合わせになるかもしれない。だが、少なくとも今はまだ、そうなってはいない。そして、現在のVision Proは重量があり、バッテリーパックがぶら下がる形なので、フィットネスにははなはだ不向きだ。それでも、Apple Arcadeにもあるゲーム「Synth Riders」では、もっと軽量で価格も手頃なヘッドセットでのアクティブなゲーミングに関してAppleができることを垣間見ることができる。

残念だった点:iPhone、「Apple Watch」、iPadとの連動

 筆者が特に残念だと思ったのは、AppleならVision Proに最初から採用していただろうと考えていた機能、つまりiPhone、Apple Watch、iPad、そしてMacと連動する機能である。Vision Proはスタンドアロンだが、それでもMacと連動して拡張モニターとして機能し、もともと使っているコンピューターの一部のように感じられる。iPhoneという、文字どおり誰のポケットにでもあるデバイスでも同じように機能して然るべきだ。ハンドヘルドコントローラーとして使い、接続したアプリを拡張する、電話を受ける、iPhoneのカメラで3Dスキャンして瞬時にVision Proと同期させる、Vision Proを試している友人向けにリモート操作のデモを可能にするといった使い方ができるだろう。そうした機能がいまだに備わっていないのは不思議だ。

 同じようにApple Watchも、ジェスチャーに利用できるだろうし、入力のショートカットとして、触覚用に、あるいはヘルスデータを収集して一部のアプリ(瞑想時の心拍数やアクティブなゲームなど)と同期させるといった使い方も可能になる。iPadなら、Vision Proのポータブルキーボードあるいはタッチスクリーンとして利用し、Macと同様にディスプレイが拡張されるようにしてもいいだろう。

残念だった点:1年後の今も価格は変わらず

 最も明白に残念な点といえば、Vision Proの価格だ。もちろん、実際にはアーリーアダプター向けであり、開発者向けキットのような製品である。医療シミュレーション用など、これを必要としそうなプロにとってなら、3499ドルという価格も、「Hololens 2」のようにビジネス向けだったこれまでのXRヘッドセットと比べて特に高価ではない(しかも、「Varjo XR-4」のような産業用ヘッドセットよりは安価である)。

XREAL OneとVision Pro XREAL One(左)とVision Pro
提供:Scott Stein/CNET

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 しかし、筆者が知っている一般の人からすれば、断じて魅力的な価格ではない。発売価格が499.99ドル(日本では7万4800円)からだった「Quest 3」でさえ、購入を説得するのはひと苦労だ。Vision Proをそれよりも少しでも魅力的に感じさせるには、「iPhone Pro」や「iPad Pro」並みの価格帯くらいまで引き下げる必要がある。そうでなければ、Appleはこのハイエンドデバイスで他にできることは何かを、今以上に証明しなければならない。

Apple Vision Pro

この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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