1年はあっという間だ。筆者は2023年10月にMetaの最新ヘッドセット「Quest 3」をレビューし、その後、血圧の問題で入院し、今や仮想現実(VR)環境で運動に励む日々だ。一連の出来事は、筆者にとってのVRヘッドセットの位置づけを変えた。今の筆者にとって、VRヘッドセットは基本的にフィットネス用のデバイスだ。
もちろん、この定義は一般的とは言えない。多くの人にとって、MetaのQuestシリーズはゲーム機だ。あるいは、即席の仕事場、創作活動の道具、子供のおもちゃだという人もいるかもしれない。新型コロナウイルスが猛威をふるい、多くの人が家にこもった時期には、Metaの「Quest 2」が垂涎の的になった。その後、VRは現実世界を取り込む「複合現実(MR)」の方向へと進化していく。Appleの高額なヘッドセット「Vision Pro」やMetaのQuest 3は、実際の映像とVRのグラフィックスを融合させることで、現実世界と仮想世界が入り交じる新しい体験を人々に提供している。日常的に使えるARメガネはまだ存在しないが、そのすきまを埋めているのがMR対応のVRヘッドセットだ。
問題は、どんな魅力を備えていようと、まだ実験段階を出ておらず、生活必需品とも言えない技術に大枚をはたけるか、だ。AppleのVision Proは3500ドル(日本では59万9800円)もする。一方、MetaのQuest 3は499.99ドル(日本では8万1400円)とはるかに安く、しかも、さらに安い選択肢まで登場した。
Metaは最近、Quest 2の新たな後継機で、Quest 3の下位機種となる「Quest 3S」を発売した。価格はわずか299.99ドル(日本では4万8400円)だ。これまでMetaのVRヘッドセットは1世代につき1モデルしか発売されてこなかったが、今回からラインアップが増え、Quest 3SとQuest 3の2モデル構成になった。Quest 3SはQuest 3の廉価版であり、逆にQuest 3はQuest 3Sの「pro」版と言ってもいい。
両者の違いは価格にもはっきりと現れている。Quest 3Sにはストレージ容量の違いで299.99ドルと399.99ドルの2種類があり、Quest 3は現在499.99ドル一択だ。筆者はこの1週間、Quest 3Sを使ってみて、この299.99ドルのガジェットにできることの多さに驚かされた。とはいえ、すでにQuest 2を持っているなら、あえて買い換えるほどのアップグレードではない。もしQuestシリーズを初めて買うなら、予算を上乗せして高性能なレンズとディスプレイを持つQuest 3を検討した方がいいかもしれない。Quest 3は、個人的には市場で最高のヘッドセットだ。
Quest 3の発売からすで1年がたっているにもかかわらず、MetaのVRエコシステムはあまり進化していない。MRアプリの普及も進んでいない。しかし、Quest 2の販売が終了し、今後はQuest 3SとQuest 3が主力となることを考えると、状況は一気に変わるかもしれない。
299.99ドルのQuest 3Sはホリデーシーズンにぴったりのギフトでもある。実際、現在手に入るVRヘッドセットの中では最高の選択肢の1つだが、今回の記事では、買う前に知っておきたい情報をまとめた。
見た目に関しては、VRヘッドセットはあまり進化していない。Quest 3Sの外観もQuest 2とほぼ同じだが、重要な点がいくつか違う。全体の寸法は同じに見えるが、白いプラスチックのバイザー部分は明らかに小さく、軽量になった。ただ、その分だけ顔を覆う黒い接眼部が大きくなったので、全体としてはあまり変わらない。Quest 3はさらにコンパクトだが、並べて見ると大差はないように見える。
バイザー部の前面に追加された新しいトラッキングカメラのおかげで、手の動きをより正確に認識できるようになった。コントローラーなしで使う場合、この違いはほとんどのVRアプリで大きなメリットになる(筆者はブラウジングしたり、仕事用のノートPCとつないだりするときはコントローラーを使わないことが多い)。
ヘッドホンジャックは(残念ながら)ないが、ヘッドバンドには空間オーディオスピーカーが内蔵されており、音質も悪くない。伸縮性のあるヘッドバンドはベルクロで装着できる。別売でストラップアクセサリーも用意されているが、筆者の場合は同梱のストラップで問題なくフィットした。
Quest 3Sにはプラスチック製の眼鏡用スペーサーも付属するが、発泡プラスチックの接眼部はかなり幅が広いため、筆者が普段かけている眼鏡なら問題なく装着できた。Metaの「Ray-Ban Metaスマートグラス」をつけた状態でさえ、少しきつめだが装着可能だ。瞳孔間距離の設定は(Quest 2と同じく)3段階しかない。Quest 3はスライダー式で細かく設定できることを考えると見劣りがするが、筆者は気にならなかった。また、通常の眼鏡をかけた状態で装着すると、Quest 3Sの方が接眼部は安定していると感じる(度付きレンズも購入可能。価格は50ドル《日本では8099円》でそれほど高くない)。Quest 3は、眼鏡との距離を調整できる奥行き調整システムを搭載しているが、やや心許ない。
Quest 3SのコントローラーはQuest 3と同じものだ。Quest 3のコントローラーは、Quest 2のコントローラーにあったプラスチックの輪っかがなくなり、ずっとコンパクトで取り回しやすくなった。親指を置くレストエリアには角度がつけられ、さらに快適になった。それ以外は同じだ。
ちょっとした追加機能だが、筆者が気に入ったのはヘッドセットの底面に追加されたMR専用ボタンだ。このボタンを押すと、没入型VRモードと、VRメニューがオーバーレイ表示されるパススルーカメラビューを切り替えられる。AppleのVision Proのデジタルクラウンに似ているかもしれない。装着中に指で見つけるのは少し難しいが、(Quest 2やQuest 3のように)ヘッドセットの側面をダブルタップするよりは簡単だ。
Quest 3Sは強力なカラーパススルーカメラを搭載しており、Quest 2のぼんやりとした白黒カメラよりもはるかに見やすい。しかし、インナーレンズとディスプレイは改善されていないため、Quest 3ほど鮮明な映像は得られない(この点は後述する)。しかし、スマートフォンのメッセージを読んだり、部屋を見回したり、子供たちに声をかけたりする分には支障がないし、Quest 3Sを装着したまま、ドラマ「ドクター・フー」に登場する奇妙なサイボーグのように室内を歩き回っても、つまずく心配はない。
Quest 3SはQuest 3と同じように、現実世界をスキャンしてメッシュ化した環境に3DのVR世界を重ねて表示できる。この価格帯でこれだけのことができるのは驚きだ。しかも十分に楽しく、実用的でさえある。
筆者はフィットネスアプリや体を動かすタイプのゲームでは、周囲の様子が見え、安全性が高いMRモードが好きだ。VR卓球ゲーム「Eleven Table Tennis」では、自宅のリビングルームに卓球台を表示できる。フィットネスアプリの「Supernatural」では、画面にホログラムのトレーナーや自分のフィットネス目標が浮かび上がり、その周囲に現実世界のオフィスが見える。
Quest 3の登場から1年がたったが、MetaはまだMR関連の活動を本格化しているとは言えない。おそらく、その大きな理由はQuest 2の人気が高く、Quest 3の所有者が比較的少なかったため、開発者にとっての優先順位が低かったせいだろう。しかしQuest 2の販売が終了し、その後継機として安価なQuest 3Sが登場したことで、状況は急速に変わる可能性がある。
Quest 3Sには、Quest 3と同じQualcommの「Snapdragon XR2 Gen 2」チップが搭載されているため、Quest 2よりも処理能力が大幅に向上している。すでに、このチップの威力を生かしてグラフィックを強化したゲームがいくつもあり、Quest 3とQuest 3Sでしか動作しない独占タイトルの数も増えつつある。その1つが、Quest 3Sで無料ダウンロードできる「バットマン:アーカム・シャドウ」だ。
今回のレビューでは、Questで遊べるゲームの中でも特に重い「Asgard's Wrath II」をQuest 2とQuest 3Sでロードしてみた。どちらも時間はかかったが、Quest 3Sのほうが明らかに早かった。ゲームのディテールもQuest 3Sの方が優れていたが、思っていたほどの違いが感じられないこともあった。ここでも原因は「光学系」にある。
Quest 3Sは、光学系にQuest 2と同じフレネルレンズを採用し、片目あたりの解像度は1832x1920ピクセルとなっている。Quest 2の発売から4年がたってることを考えると、これは残念だ。当時は新しかったものも、今となってはそうでもない。とはいえ、すでにQuest 2を持っていて、特に問題を感じていないなら、この仕様も気にならないだろう。
確かに、筆者はヘッドセットに対する要求が高すぎるかもしれない。これはAppleの高級ヘッドセット、Vision Proを体験したせいもあるが、Meta自身の最新ヘッドセット、Quest 3も筆者の基準を引き上げた。Quest 3のパンケーキレンズは、溝のあるQuest 2のフレネルレンズと比べると非常にクリアだ。解像度も片目あたり2064×2208ピクセルに高まり、文字はくっきりと、グラフィックはよりシャープに見えるようになった。確かに贅沢かもしれないが、VR空間では常にレンズ越しで世界を見ていることを考えれば、投資する価値はある。
個人的には、光学系が貧弱なせいで、強化されたグラフィックを生かしきれていないと感じる。例えるなら、最新のゲーム機を古いテレビにつないでいるようなものだ。しかし、Quest 3Sが性能をフルに発揮できる領域もたくさんある。今回は「Immersed」アプリを使って「MacBook Air」の画面を仮想空間に拡張し、米CNETの記事を書いてみた。いざというときの代替手段としては、実用に耐えるレベルだ。しかし、バーチャルモニターに表示されたテキストを読んでいると、ディスプレイの質の低さが気になった。
とはいえ前述したように、価格を考えればコストパフォーマンスは抜群だ。
公式情報によると、Quest 3Sのバッテリー駆動時間は2.5時間、Quest 2は2〜3時間だ。1週間使ってみて、Quest 3Sでもバッテリー残量には常に注意を払う必要があることが分かった。どちらのモデルも、ある程度は連続して使用できるが、それなりの頻度で充電は必要になる(ついでに目も休めた方がいい)。
Metaが構築しているQuest用アプリのエコシステム「Horizon OS」にも簡単に触れておきたい。Horizon OSは「iOS」や「Android」、「Windows」とは別のOSで、アプリのエコシステムも異なる。そのためユーザーは、Horizon OS向けにダウンロード提供されているアプリやサブスクリプションサービスを受け入れる必要がある。一方、QuestはPCに接続してSteamのVRゲームをプレイしたり、Microsoftの「Game Pass」対象ゲームをストリーミングしたりすることも可能だ。MicrosoftのサービスやAmazonの「Prime Video」と連携するアプリも増えている。ウェブブラウザーもある。AppleやGoogle、Amazonが構築しているような優れた音楽や映画のハブはまだないが、Metaは「Facebook」や「Messenger」、「Instagram」、「Meta AI」などをQuestに組み込もうとしている。「電話」アプリはiOSやAndroidと同期し、ビデオをキャストしたり、ヘッドセット内で撮影した動画をダウンロードしたり、着信通知を受け取ったりできる。Vision Proと同様に、QuestもMacやWindows搭載PCとつなげば、拡張モニターとして使用可能だ。
Horizon OSは、ゲームやアプリの充実度で言えば、スタンドアロンのVRヘッドセットのエコシステムとしては最高のものだ。しかしGoogleやAppleの統合されたエコシステムと比べると、まだオープン化は進んでいない。Questを使うときは、Questという「閉じた世界」に入るという感覚があり、他のデバイスの延長戦上には感じられない。例えるなら、Questは大量の付加価値を備えたゲーム機のようなもので、それはそれで注目に値する。
筆者の知る限り、多くの人が今もQuest 2を愛用している。筆者の16才の息子も、その1人だ。そこで息子の感想を聞くために、しばらくQuest 3Sを付けて遊んでもらった。息子がまず評価したのはロード時間だ。MR体験も楽しかったという。しかし、多くのゲームでは大きな違いは感じられなかったようだ。
現時点では、Quest用ゲームの多くはQuest 3Sでなくてもプレイできるし、Quest 3Sでしかできないこともあまりない。しかし、状況は次第に変わるだろう。Quest 3Sの光学系とバッテリー駆動時間はQuest 2とほとんど変わらないことを考えると、しばらくはQuest 2を使い続けても問題はなさそうだ。
残念なのは、Quest 3Sの299.99ドルという価格は、199.99ドルに値下げされたQuest 2より高いことだ。最新の格安VRヘッドセットがほしいなら、Quest 2よりQuest 3Sを買うべきだが、Quest 2のカジュアルユーザーにとっては、ヘッドストラップや度付きレンズなどのアクセサリーも新調しなければならない可能性があることを考えると、高価な買い物になるかもしれない。
今後、Quest 3Sに最適化されたゲームやアプリがどれだけ出てくるか様子を見るという選択肢もある。Metaは初代Oculus Questへの新機能の追加を終了し、多くのアプリが初代Oculus Questのサポートを終了した。Quest 2もいずれ同じ道をたどる可能性はあるが、今すぐではない。
ストレージに関する注意点:299.99ドルの基本モデルの容量が128GBしかないのは目をつぶるとして、問題は容量を増やす方法がないことだ。「Asgard's Wrath II」のように30GB以上の空き領域が必要なゲームもあるため、すぐに容量が足りなくなってしまう。399.99ドルの上位モデルは容量が256GBあるので、まだ安心だが、そこまで予算を増やせるならQuest 3を買った方がいいという話になる。
Quest 3の方向性は好きだ。価格は499.99ドルもするが、容量はたっぷり512GBある。これだけの容量があれば、ゲームやアプリを気兼ねなくダウンロードできるだろう。もう1つの大きな改善点はディスプレイだ。より鮮明でクリアな視界が得られ、スライダー式の瞳孔間距離(IPD)調節も使いやすい。こうした特徴は、使用時の快適度を高める重要な要素であり、眼の疲労の軽減にもつながる。筆者はVR空間で過ごす時間が長いので、Quest 3の新機能を非常に重宝している。しかし前述したように、これは「Pro」タイプのアップグレードだ。つまり、基本の「iPhone」から「iPhone Pro」にアップグレードするのと似ている。
Quest 3とQuest 3Sの値付けは絶妙だ。200ドルを上乗せすれば、容量は4倍になり、レンズもディスプレイもグレードアップするなら、その価値は十分にある。しかし、VRを気軽にコスパ良く楽しみたいだけなら、Quest 3Sは良い選択肢だ。今後数年間のMRの進化に対応できるだけの余力も十分にある。VRは手軽に楽しめるシンプルで楽しいおもちゃであり、あまり費用はかけたくないという人には、廉価版のQuest 3Sが理想の1台となるだろう。
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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