10月にハワイで開催された「Snapdragon Summit」で、筆者は戦闘機のパイロットとサイバーパンクを掛け合わせたような、シックなデザインのQualcomm製スマートグラスを試した。このスマートグラスは、ユーザーが視線を合わせたものに関する質問に答えてくれる。動作は完璧とは言えなかったが、Qualcommが目指す未来を示していた。つまり、同社のチップを搭載し、拡張現実(AR)と複合現実(MR)に対応できるスマートグラスによって、私たちと周囲の世界との関わり方が大きく変わるというビジョンだ。
1年前のSnapdragon Summitの目玉がデバイス上で動作する生成AIだったとすれば、2024年のテーマは、アプリなどから自律的にユーザーの情報を集め、質問に答えてくれる「Agentic AI(エージェンティックAI)」の台頭だ。スマートフォンが大規模言語モデルやオンデバイスAIを実行し、Agentic AIがウェアラブル製品やスマートグラスからデータを収集することで、回答の精度はさらに高まる。少なくとも、それがQualcommの描く未来だ。
スマートグラスと、より応答性の高いAIを組み合わせることで、ユーザーはアプリを介さずに効率的に目的を達成できるようになる――そう語るのは、Qualcommのモバイル・コンピュート・XR担当シニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーのAlex Katouzian氏だ。
Katouzian氏はハワイで米CNETの取材に応じ、「今後、アプリの重要性は薄れていくだろう」と語った。「なくなるわけではない。しかし、ユーザーとデバイスをつなぐインターフェースとしての役割は消えるはずだ」
もっとも、この予測は2025年ではなく、はるか先の未来に関するものだ。しかし人々が身につけるスマートデバイスのネットワークが広がるにつれて、AIエージェントはより多くのデータに基づいてユーザーを支援できるようになるだろう。スマートウォッチのユーザーは増えているが、スマートウォッチと関わる方法は限定的だ。Katouzian氏は、スマートウォッチの成長が頭打ちになるとは言わなかったが、スマートグラスと比べると、スマートウォッチの可能性は限られている。今後、スマートウォッチに追加できる有意義な機能と言えば、血圧や血糖値の測定機能くらいだ。
一方、スマートグラスはユーザーと世界の関わり方を変える可能性がある。Katouzian氏によれば、Qualcommの「Snapdragon AR1 Gen 1」チップを搭載して2023年に発売された「Ray-Ban Metaスマートグラス」は、最近AI機能が強化され、当初予想の10倍以上を売り上げているという。「Metaはこの市場に本気だ」と同氏は言う。「AI機能を搭載することで、スマートグラスの人気はぐんと高まった」
10年ほど前に登場した「Google Glass」は消費者の関心を引くことができなかった。Microsoftの「HoloLens 2」やMagic Leapの「Magic Leap 2」などのデバイスは法人向けだ。消費者市場において、Ray-Ban Metaほどの勢いを獲得したスマートグラスは他にない。Ray-Ban Metaは技術的にはそれほど先進的ではない。機能も限られ、音声アシスタントを使ってAIに質問できるほか、通話、写真や動画の撮影、音楽の再生くらいだ。
Qualcommにとって、Ray-Ban Metaはより複雑な拡張現実(AR)デバイスやXRデバイスへの足がかりとなるものだ。Qualcommは「Snapdragon Spaces」プラットフォームの拡大に取り組んでおり、開発者がXRデバイスに活用できるソフトウェアツールの改良を進めている。
「XRデバイスのインターフェースは、スマートフォンやノートPCとはまったく違う」とKatouzian氏は言う。「選択は視線で行う。頭や手の動きをトラッキングする機能も不可欠だ」
Katouzian氏によると、「Snapdragon Spaces SDK」を使用している開発者のコミュニティーは6000人を越えるまでに成長したという。使用状況に関するデータはQualcommにフィードバックされ、アルゴリズムの改良に活用されている。Qualcommは、こうしたソリューションを潜在的なオペレーティングシステムパートナーに提供し、開発者にアクセスできるようにしている。
Snapdragon Summitでは、さまざまなARアプリやデバイスを紹介するデモも実施された。新しい車載用チップの紹介では、「Meta Quest 3」ヘッドセットなど既存のデバイスも活用された。SnapのARグラス「Spectacles」の最新版(搭載されているQualcomm製プロセッサーは不明)を試せるコーナーもあった。どちらも手の動きをトラッキングできるが、個人的にはSpectaclesの方が精度が高く、プレイできるゲームや体験も多いと感じた。
あるデモでは、Qualcommが考える未来のARを垣間見ることができた。デモで使われたのは、SnapのSpectaclesとパイロット用サングラスを掛け合わせたようなデモ用スマートグラスだ(ハワイは暖かすぎて、残念ながらパイロット風のジャケットを着る機会はなかった)。デモの内容は、「Snapdragon 8 Elite」チップを搭載し、オンデバイスAIを実行するデモ用スマートフォンから中継されたAIインタラクションを、スマートグラスで実行するというものだった。いずれはスマートグラスで見ているものについて質問し、その場で瞬時に回答が得られるようになるのだろう。これはGoogleがスマートグラス向けにAI技術「Project Astra」で試行錯誤しているアプローチでもある。
デモ用スマートグラスの体験は最高とは言えなかった。筆者は会場となったホテルのゲームルームでスマートグラスをかけ、視界に入っている物体(テーブルサッカー用の台)について何度もたずねた。2、3度失敗した後、スマートグラスはその物体がテーブルサッカーの台であることをようやく認識し、テーブルサッカーのルールを教えてくれた。しかし、「有名なサッカー映画を教えて」といった関連性のある質問をしても、聞いたこともない映画を5本挙げ、長々と詳細を語るだけだった。スマートグラス自体の着け心地は良好だった。昆虫の目のようなパイロット風のデザインが気になる人もいるかもしれないが、よくある大きなスマートグラスと比べれば違和感なく装着できる。
MetaがARとVRを普及させるために実施し、一定の成果を上げた施策の1つが価格を下げ、手に取りやすくしたことだ。新しい「Meta Quest 3S」は最小構成で300ドル(日本では4万8400円)、Ray-Ban Metaスマートグラスも300ドル(約4万5000円)から手に入る。
Katouzian氏は取材中、スマートグラスとブランドのサングラスの価格を比較する持論を展開した。ブランドもののサングラスに300ドルを出す人は珍しくない。ならば、そのサングラスに便利なディスプレイも搭載されているなら、いくら払うだろうか?
同氏は、もしスマートグラスの価格が一般的なブランドサングラスの2倍、例えば600ドルだったとしても、その金額で処方レンズや実用的で便利な機能がついてくるなら、価格を上乗せする価値はあるはずだと語った。「質問もできるし、スマートフォンとも完璧にペアリングできる」と同氏は言い、筆者がつけていた「Apple Watch Ultra」(Appleから送付されたレビュー用サンプル)は1000ドル近く(約15万円)もすると指摘した。
同氏が例に挙げたスマートグラスの価格帯は、話の流れで出てきたもので、将来のスマートグラスの平均的な価格を強く示唆するものではない。しかし将来的に、スマートグラスがアナログのメガネと価格面で比較される可能性はありそうだ。
「ヘッドセットやスマーグラスがユーザーと言葉を交わし、スマートフォンはそのための計算処理を担う」とKatouzian氏は言う。
スマートグラスはまだ改良の余地があり、レンズ内ディスプレイの歩留まりの改善など、重要なパーツに関しても革新的な進化が求められていると同氏は言う。しかしモバイルテクノロジー業界は今後も、スマートグラスとスマートフォンを連携させる方法を進化させていくだろう。スマートグラスはオンデバイスAIを長時間動かしたり、クラウド上のAIと接続したりするには小さすぎて、バッテリーが持たない。そこで、負荷のかかる作業は近くにある強力なプロセッサーを搭載したスマートフォンが担い、質問にはワイヤレスで回答する。これはGoogleとサムスン、Qualcommが共同で進めている謎のMRヘッドセット開発プロジェクトで検討されている仕組みでもある。
スマートグラスの普及にはまだ時間がかかるだろうとKatouzian氏は言う。しかし、AIをもっと気軽に、シームレスに活用できるようになるにつれて、スマートグラスの利用や採用も広がっていく。同氏によれば、変化は始まったばかりだ。
「まだ始まりにすぎない」とKatouzian氏。「これから何百万も(のスマートグラスが)登場するだろう」
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この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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