アップルの「Vision Pro」向け新作映画で第二次世界大戦中の潜水艦を体験

Scott Stein (CNET News) 翻訳校正: 石橋啓一郎2024年10月16日 07時30分

 筆者はその17分間、潜水艦の中に閉じ込められたように感じた。Appleの「Vision Pro」向けに公開されたEdward Berger監督の没入型短編映画「Submerged」(邦題:「沈没へのカウントダウン」)は、3499ドル(日本では税込59万9800円)の複合現実ヘッドセットを試してみたくなるようなコンテンツを作ろうという同社の取り組みの1つだ。筆者はこれまで、180度の視野角を持つAppleの3Dビデオフォーマット(Apple Immersive Video)で制作された動画を何本も見てきたが、この1本にはその中でも最も洗練され、真に迫った没入感が感じられた。

「Submerged」の撮影に使われたカメラの写真
「Submerged」の精巧に作られたなセットは、3Dの没入型ビデオに特有の課題を解決した。
提供:Apple

 この映画のほぼ全編が、第二次世界大戦中の潜水艦を舞台として、窮屈な通路を動き回りながら頭上の脅威を待ち受ける、わずか数人の俳優を追いかける内容になっている。筆者には、180度の3Dビデオによって、周囲の状況をはるかに細かく見て取ることができるこの体験は、映画よりも劇場で見る演劇に近いものに思えた。また、この作品は素早い場面転換が少なくなっており、細部までリアルに再現された狭苦しい空間の中でのやりとりを主軸にしているため、その空間自体が俳優たちと同じくらい重要な役目を果たしているように感じられた。

 脚本のあるVR映画は特に新しいものではない。Meta、Google、サムスンは何年も前から没入型の3Dビデオフォーマットの実験を進めており、クリエイティブコンテンツの制作に対する資金提供を行っている。Vision Proの3Dビデオに対するAppleの取り組みは、その中でも特に印象的なものだと言えるだろう。ただし、視野角が180度の3Dビデオには、VRが流行し始めた頃によく見られた360度の動画とは違って、目の前で俳優が演技をしている最中にも舞台を端から端までを見渡すことができる「額縁舞台」に近いものを感じた。

 「西部戦線異状なし」で2023年のアカデミー賞国際長編映画賞を受賞したBerger監督には、VRビデオフォーマットの作品を作った経験はなかった。同氏は、米CNETの取材に対して「私はこの技術についてはまったくの素人で、立体写真を撮ったこともなかった」と話している。「ドキュメンタリーの作品や音楽の作品でVision Proを体験したことで、多くのアイデアが生まれた。何も知らない状態の視聴者として自分たちがどう感じるかを経験して、緊張感が非常にうまく作用することに気づきはじめた」と同氏は述べ、そのことが緊張感に満ちた映画を作るきっかけになったと明かした。

 Berger監督はこの映画でさまざまなショットを試したが、シーンを撮影する際には、180度の映像にカメラが写り込まないようにするために、3Dビデオ撮影用の大型カメラを載せた特殊なクレーンを使う必要があった。最初は、カメラの揺れや、通路をどれくらいの速さでカメラを移動させられるかといったことも分からない状態だったという。

 「Submerged」で使われた潜水艦のセットとそのこだわり抜かれた細部は(そのセットはいくつかのショットを撮影するために実際に巨大な水槽に沈められた)、映画のセットというよりも、演劇の舞台のように感じられた。

 Berger監督もやはり、これは劇場に近いと考えている。「それぞれのショットをずっと長くすることで、視聴者がいろいろなところに目をやり、自分だけの体験を生み出せるようになる。Jordan(編集部注:主演のJordan Bartonさんのこと)の顔を見て、次に右側にあるパイプを見て、という風にね。これは演劇の舞台を見るときに起こることだ。また私は、このカメラは嘘をつかないことにも気付いた。あまりにもリアルで、毛穴のひとつ一つまで見えるんだ」と同氏は言う。

 「役者には実力が求められるし、完璧なテイクを撮らなくてはならない。さもなければ、見る側が裏切られたと感じて体験が台無しになってしまう。それから、編集も普通の映画と同じようにはできない。これは、見る人自身が辺りを見回してその映像と対話し、自分だけの体験を生み出せるという長所を生かしたいからだ」と同氏は述べた。

 Berger監督は、ディレクションをする際、魚眼レンズを通して見たような横に広いカメラ映像の全体像を見るために、複数のモニターを使った。また、Vision Proを着けて確認することもあった。同氏はそのうちに、Vision Proを使わずに、モニターだけを使ってショットを「見る」コツを掴んだという。

 「Submerged」を見て考えさせられたのは、Appleが没入型ビデオにどのくらい本気で取り組んでいるかということだ。これまでのところ、Apple Immersive Videoで撮影された映画はそれほど発表されていない。同社は、将来的には、今のように短い番組やハイライト動画を散発的に公開するだけではなく、フルシーズンで番組やスポーツの試合を提供するとほのめかしている。17分に及ぶ「Submerged」は、Appleが提供したものとしてはかなり長い作品だ。今後はもっと長い作品が発表されるのだろうか。

 筆者はVision Proを1時間以上着けていても気にならないし、長編映画を何本も丸ごと見ているが、誰もが同じように感じるわけではない。今のAppleはまだ様子見をしている段階であり、もっと正式な形で定期的に没入型コンテンツを提供できる一般向けの割安なVision Proを開発しながら、その限界について学ぼうとしているところだということも十分に考えられる。

 Apple Immersive Videoの映像のリアルさは驚くべきものであり、IMAXの体験に周囲をとり囲まれているように感じるほどだ。Berger監督によれば、これは非常に挑戦しがいのあるフォーマットでもあるという。「作らなければならない要素が多い。それはカメラを手に取り映像を作り始めるとなれば恐ろしいことだが、それは良い意味での恐ろしさだ。克服しがいのある課題があるということなのだから」と同氏は話した。

 しかし筆者なら、エンターテインメント業界全体がこのフォーマットを採用し始めない限り、それらの映画を見るためだけに専用の高価なデバイスを買おうとは思わないだろう。Appleが没入型ビデオを普及させようとしているのは確かだが、長期的にどれだけのプレイヤーが参画するか、他のIT企業がどれだけ追随するかは未知数だ。

Appleのプレスリリース
「沈没へのカウントダウン」(Apple TV+)

この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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