人事戦略の「あるべき姿」には答えがありません。組織における人材活用や働き方について、テクノロジーを活用してデータ分析するとどうなるのか。即戦力人材に特化した転職サイトを展開するビズリーチに設立された研究機関「ビズリーチ WorkTech研究所」の所長である友部博教(ともべ・ひろのり)が人事における「データ」のつきあい方を解説します。
前回の記事では「人事における『データ活用』を阻む 3つの壁」について解説しました。今回は人事における「成功事例」の取り入れ方についてお話しします。
人事におけるデータ活用や分析で、特に人事担当者から反応や質問が多い内容は「施策の成功事例」です。
「会社や組織を良くしたい」という想いから、多くの担当者が自ら施策を設計・運用しています。なかには「施策の成功事例」からインスピレーションを得て、解決施策の設計を考える担当者も多いでしょう。
しかし他社の事例を参考にしても、うまくいかないケースが多いのも事実です。「成功事例」のほうはよく注目されますが、人事における分析観点では「失敗事例」も同じくらい重要です。
そこで今回は、「失敗事例」も交えて、人事における施策の「成功事例」の受け止め方を解説していきます。
人事系メディアの記事やセミナーでは、人事施策の事例として「成功事例」が多く紹介されます。「何らかの課題を解決した」から「成功」になるので、施策と課題は必ずセットで紹介されています。
会社や組織が違っていても、人事が抱えている「課題」自体は似ている場合があります。紹介されている事例で対処した課題を見て、「自分の会社とも似ているな。活用できそう」と取り入れることもあるでしょう。しかし、失敗するケースも多いです。
なぜ他社の成功事例を適用してもうまくいかないのか。2つの理由があります。
1.他社と自社では、背景にある“ひと”や“組織”が異なる
2.成功には偶発的な要因が関係する
1つずつ解説します。
1.他社と自社では、背景にある“ひと”や“組織”が異なる
成功事例の会社と似た課題を持っていたとしても、その課題の背景にある“ひと”や“組織”が違えば、打つべき施策は変わってきます。成功事例では課題と施策がセットで紹介されますが、その背景にある従業員の特性や組織の文化について詳細に知ることはできません。
施策設計においては、どういった背景から課題が生じたのか、どういった“ひと”や“組織”がターゲットなのかを分析する必要があります。そのため背景がずれた状態では、適切な施策を行えないのです。
2.成功には偶発的な要因が関係する
成功事例のなかには、“ひと”や“組織”以外にも語られていない要因があります。例えば、施策実行のタイミングにおける外部環境の変化や、施策の指揮を執った人の感情や性格が影響するケースもあります。これらは偶発的な要因であり、再現性がありません。
このように偶発的な要因も関係する成功事例は、「自社も同じような課題があるから」と施策をそのまま適用しても、事例どおりにうまくいく可能性は低いでしょう。
成功事例が紹介される機会が多い一方で、失敗事例に関しては取り上げられるケースが少ないと感じます。
しかし、皆さんの会社や組織のなかでもうまくいかなかった事例は多くあるでしょう。失敗事例をきちんと振り返り分析する機会は少ないものの、失敗事例から学べることは多いです。失敗事例から学び、失敗につながる要素を潰すことで「失敗しない≒成功」を目指せます。
その際にポイントとなることが2つあります。1つ目は、定量的なKPIを用いてPDCAサイクルを回すことです。「失敗」を定量化して現状を把握し、そこから目標と現在地の差分や解決策を導き出します。そして実際にアクションを起こし、最初に決めたKPIに届かなければあらためて解決策の検討からやり直してみましょう。
失敗を成功の糧にする2つ目のポイントは、事例の再現性を検証することです。
分析には、「起こった事象に再現性があるか」を確認する機能があります。
分析のために集められたデータは、基本的に過去の事象から生じたものです。そこから未来でも再現可能なパターンを見つけ出すことが、分析の大きな役割の1つです。再現可能なパターンが成功に導く要素であれば、成功を繰り返すことができ、失敗につながる要素であれば失敗を未然に防げます。
事例が多いほどより多くのデータが集められ、分析によってその再現性を確認できます。人事に限った話ではないですが、大抵の場合、失敗事例は成功事例よりも多くあります。
以下の観点から、成功事例よりも失敗事例を参考にするべきだと私は考えています。
1.成功より失敗のほうが多い(サンプルが多く再現性がある)
2.「これができれば必ず成功」という要素よりも、「これができなければ必ず失敗」という要素が多い(ノックアウトファクター)
3.失敗は自身でコントロールできる要素が要因になるが、成功は自身でコントロールできない要素が要因となりうる(偶発性)
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉があるように、成功事例よりも失敗事例の方が再現性を見出しやすいといえます。
成功事例をうまく取り入れるために
失敗事例のほうが再現性を見出しやすいとお伝えしましたが、とはいえ成功事例を自社で活用したいと考えることはあるでしょう。
成功事例をうまく取り入れるためには、まず他社事例における課題から特殊な条件を排除して一度抽象化し、施策の要点を理解することが重要です。その上で自社の課題との共通点を見つけ出し、自社の具体的な状況に合わせて施策を設計する必要があります。いわゆる「具体」と「抽象」を行き来する方法です。
例として、「チームメンバーの成長を目的として、お互いの良い点・課題点をフィードバックし合うワークショップ」が挙げられます。こういった取り組みをそのまま自社で実行しても、事例のようにうまくいくとは限りません。
成功事例を取り入れる際には、事例の会社と自社における下記の違いを踏まえる必要があります。
●メンバー同士の信頼関係の違い
●組織カルチャーの違い
●メンバーの特性の違い
●会社や事業フェーズの違い
●職種・役割の違い
例えば、お互いの課題点を伝えるシーンでは、ストレートな物言いが許される文化か、お互いへの配慮が優先される文化なのかによって伝え方が変わります。施策のフローもその違いに合わせてチューニングする必要があるのです。
成功事例も失敗事例も、参考にして無駄になるものはありません。ただ、自社で活用するためには、再現性があるかを判断し、抽象化・具体化を繰り返しながら試行錯誤していくことが重要です。
今回は人事における「成功事例」の取り入れ方について解説しました。
成功事例を参考にする際は、施策をそのまま反映するのではなく、他社と自社の背景の違いを踏まえて施策を設計しましょう。そしてぜひ、成功事例以上に失敗事例にも目を向けてみてください。
友部博教
ビズリーチ WorkTech 研究所 所長
東京大学大学院で博士号を取得後、東大、名古屋大、産総研などでコンピューターサイエンスの学術研究に取り組む。2011年、DeNAに入社し、アプリゲーム分析およびマーケティング分析などの部署を統括、その後ピープルアナリティクス施策を担当。メルカリの人事を経て、ビズリーチに入社。現在は人事におけるデータ活用を中心に研究開発を行っている。
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