人事戦略の「あるべき姿」には答えがありません。組織における人材活用や働き方について、テクノロジーを活用してデータ分析するとどうなるのか?即戦力人材に特化した転職サイトを展開するビズリーチに設立された研究機関「HRMOS WorkTech研究所」の所長である友部博教氏(ともべ・ひろのり)が人事における「データ」のつきあい方を解説します。
「びっくり退職」というものがあります。
優秀な社員が、突然退職してしまうという事象です。「ちょっとお話があるんですが……」と声をかけられると、ドキドキしますよね。同僚も、管理職も、人事も全く予期していなかった退職を告げられて驚くでしょう。できればなくしたいです。
では、「びっくり退職」をなくすためには、どうしたらよいでしょうか。
まずは「退職を防ぐ」と「びっくりしない」に分けて考えてみます。
「退職を防ぐ」は人事にとって重要なテーマです。社員のエンゲージメントを高めて、退職を防ぐ制度設計や施策を行うために、退職の要因を分析する必要があります。とはいえ、退職分析は難しい。
なぜ難しいのか? 3つの要因があります。
1つ目が「退職分析の目的が不明確」ということです。
最近なんとなく退職が目立つ気がする、という感覚がキッカケで退職分析をします。「どのような人が会社を辞めたのか」「なぜ会社を辞めるのか」は気になります。彼らの共通点を見つければ、そこから会社の潜在的な課題が見つかるのでは、という期待もあります。しかし、「何を分析するか」は目的によって異なります。
人事やマネージャーは、退職分析の目的を定めてアウトプットとして何をするのか(人事で把握する、経営に報告する、具体的な施策を提案・実行する……etc)まで決める必要があります。漠然と分析しても良い結果は導き出せません。
2つ目が「分析後のアクションが難しい」ということです。
「分析はただ示唆を出すだけでなく、アクションを伴うべき」
これは、分析(特にビジネス上での分析)について、筆者がお話しするとき必ず言うことばです。退職分析を行った結果、人事や経営陣は何ができるのでしょうか。退職理由の共通点がきれいに見つかれば、それに合わせた制度策定や施策実行ができます。ただ、退職する人それぞれに理由があるため、共通点はきれいに見つけにくい。結局、個別事象として捉えられてしまうことが多いです。となると、在籍している従業員に対して退職分析を踏まえて何かアクションをすることが難しくなります。
3つ目の要因は「退職に関わるデータの取得がそもそも難しい」ということです。
人事が集めようとするデータは、従業員自身にとって収集に協力するメリットが見えづらく、彼らの協力も不可欠です。実際には、退職が視野に入り会社に対するロイヤルティが低くなると、これまで回答していたパルスサーベイ(健康診断のように会社が社員に対して行う満足度調査)に答えません。また、人事や上長との接点が減ってしまい、退職に至る経緯を知るための情報も集めにくくなります。
面談の場を設けても、退職者が本当のことを語るとは限りません。頭の中のどこかに、「またこの会社で働くかも……」という想いがあれば、ネガティブなことも話さない。給与に関する不満もちょっと言いづらい。
以上の通り、退職分析は難しく効果的な対応ができないことが多いのが現実です。結果として起こる「びっくり退職」は避けられないといえます。なので、できるだけ「びっくりしない」状況を作ることが重要です。
次に「びっくり」を予期できていない2つのパターンを取り上げます。
パターン(1)退職の兆候はあったが、それに気づかなかったパターン
退職は従業員にとって大きな人生の意思決定です。「急にどこかに旅行に行きたくなった」という突発的な思いつきではありません。日頃の会社・組織への不満や業務のストレスが蓄積した状態から、何かがきっかけでトリガーが引かれて退職に至る、というケースが多いでしょう。
とすると、従業員は何らかのアラートを出している、という可能性が高いです。
このアラートは、不満として声や文字で発するだけではありません。日常業務での振る舞いやミーティングでの態度、勤務時の表情なども含め、意図的に隠さない限りアラートとして出されています。
にも関わらず、人事やマネージャーのアンテナの感度が低いとその兆候に気づかない。その結果、退職を予期できず、「びっくり」してしまう。
日常の振る舞いなどの非言語情報に気づくには感度が必要です。たとえば、定期的なパルスサーベイなどを用いればこういった変化に気づけるかもしれません。コンディションに関する回答が悪い方へ変化した、などはわかりやすいです。
勤怠状況の変化もアラートとして見逃せません。出社時間や退社時間の変化、有給休暇の消化状況なども退職の予兆として現れます。また、社内のコミュニケーション状況が変わる、というのもあります。社内のチャットやメールでのやりとりで、急にコミュニケーション量が減る、急にコミュニケーションをとる相手が増えるといった変化は、アラートの可能性があります。
管理職や人事は、こうした変化を退職の可能性も含め何らかのアラートがあるのではないか、と頭の片隅におくことが重要です。
パターン(2)そもそも退職の兆候がみえず、気づきようがなかったパターン
どんなにアンテナの感度を高めていても気づかないことがあります。それは、従業員が退職の兆候を全く見せなかった、という場合です。
前述した通り「突発的に退職する」ということは多くありません。従業員が意図的に退職の兆候を隠していた、と考えるのが妥当でしょう。
なぜ意図的に隠すのでしょうか。
退職者は、周囲の様子を見ていて「誰かが退職するとき、退職交渉が非常に面倒くさそうだった」「退職を予期されると、プレッシャーをかけられる」ことが起こっていると、なるべく避けたいと考えます。職場に迷惑がかかるとわかっているものの、みんなに退職を打ち明けるのが遅くなっていく。結果、びっくり退職が発生する。
会社側としては、退職交渉の場で何とかしたいというのはあると思います。ですが、この状態では、退職を決めてしまった時点で取り返しがつかない、と思ったほうがよいでしょう。事前に退職の可能性を含むアラートに気づく、エンゲージメントを高めて退職に至らないようにすることが本質的な対応策です。
「びっくりしない」ためには、従業員が上げるアラートをキャッチアップする。そのために、アンテナの感度を上げる(ツールやデータなどを上手に活用する)、従業員との信頼関係を構築する、ことが重要です。従業員と関係性を築き、データをきちんと集めることがびっくりしないですむ方法です。これができれば、退職自体を減らすことができるのではないでしょうか。
もっとも重要なことは「退職に対するスタンス」を考えることかもしれません。
「退職は少ないほうがいい」という無意識の前提があることも多いです。働き方が多様化し、雇用の流動性が高まっている昨今では、このことを改めて考え直すのも良いでしょう。退職を少なくするのであれば、社員が活躍できる場所を必ず社内に用意するというスタンスなのか。活躍の場を提供できなければ、一人ひとりのキャリアを考えて、去る者は追わずなのか。これを決めるのは難しいことです。
これからは会社が人を選ぶのではなく、会社も働く人に選ばれる立場となります。会社と働く人の関係性を考えたときに、その会社でその人が働いていることが、お互いにとってハッピーなのか、どちらか一方だけアンハッピーになってないか、を考えてバランスを取ることが重要でしょう。
友部博教
HRMOS WorkTech研究所 所長
東京大学大学院で博士号を取得後、東大、名古屋大、産総研などでコンピューターサイエンスの学術研究に取り組む。2011年、DeNAに入社し、アプリゲーム分析およびマーケティング分析などの部署を統括、その後ピープルアナリティクス施策を担当。メルカリの人事を経て、ビズリーチに入社。現在は人事におけるデータ活用を中心に研究開発を行っている。
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