人事戦略の「あるべき姿」には答えがありません。組織における人材活用や働き方について、テクノロジーを活用してデータ分析するとどうなるのか。即戦力人材に特化した転職サイトを展開するビズリーチに設立された研究機関「ビズリーチ WorkTech研究所」の所長である友部博教(ともべ・ひろのり)が人事における「データ」のつきあい方を解説します。
前回の記事では「人事で活躍するデータ活用人材」について解説しました。今回は人事における「データ活用」を阻む3つの壁についてお話しします。
DXやAI活用の推進により、人事領域もこれまで通りではなく、よりデータを活用して業務の効率を進める気運が高まっています。
例えば、過去の採用や人事に関するデータをAIに学習させ、AIによる採用選考の効率化や退職リスクの予測、エンゲージメント調査の分析などを実現している事例も見受けられます。
また、人事が持っているデータを人材・組織の課題解決を目的に分析・活用するピープルアナリティクスや、従業員のデータを蓄積し、人材活用や育成・抜擢を目的に導入されるタレントマネジメントシステムなどの動きも、人事労務領域のDX事例として挙げられます。
しかしデータ活用以前に、活用するデータの取得や蓄積、分析すること自体に関する課題の相談を受けることも多いのが現状です。
本記事では、人事でデータ活用するにあたって壁となる要素を3つ紹介・解説します。
データ活用は、課題解決という目的の手段として用いられるべきものです。しかし、「人事におけるデータ活用」という言葉が先走りした結果、目的と手段が入れ替わって失敗するケースを多く見てきました。
「とりあえずデータを集めて活用していこう」とやみくもに進めてしまうと、データは集められても課題解決につながりません。もちろん、全くデータを集めずに「勘と経験と度胸」だけで判断するよりも良いとは思います。
ただ、とりあえず集めたデータを可視化しても、得られる知見が少ないことや、時にはミスリーディングを起こすリスクもあります。結果、せっかく集めたデータがノイズとなり使われなくなってしまうことも多いです。
これまで人事領域に関わってきたなかで、データ活用において特に下記3つの課題を感じました。
1.集めたデータを目的外に使ってしまう
2.手元にあるデータだけから物事を判断してしまう
3.「あるべき姿」が曖昧なので成果がわかりづらい
それぞれの課題を解説します。
1.集めたデータを目的外に使ってしまう
本来データは、解決すべき課題があり、その目的のもとに集められ分析されます。それにもかかわらず、当初の目的とは関係ないことにも使ってしまうケースがあります。
人事業務ではヒトや組織のデータを集めることが難しいため、「せっかく集めたデータを活用しないともったいない」「妥当なデータがないので、手元にあるデータからひねり出そう」と考えてしまいがちです。しかし、本来の目的以外にデータを使おうとしても、網羅的なデータや、汎用的に使われることを想定したデータではない限り妥当な分析はできません。
またデータは「ナマモノ」です。きちんと運用して最新のデータに更新されていないと古い情報がノイズとなって、誤った分析結果が導き出されてしまうリスクがあります。
データを集める時点で目的を定め、必要なデータが足りない場合は再度データを集め直すなど、目的に沿ってデータ収集と分析を行いましょう。
2.手元にあるデータだけから物事を判断してしまう
人事領域のデータ分析で最もやってはいけないパターンです。
ヒトや組織の本質は掴むことが難しいうえに、構成する要素も多く複雑です。データはヒトや組織のごく一部分を示すものに過ぎません。手元にあるデータだけを見てヒトや組織について読み取ろうとすると、判断を誤ってしまう可能性があります。サスペンスドラマの序盤で、情報が少ないなか捜査して誤認逮捕してしまうことと似ています。
データを活用することで、評価を定量的に明確化できます。良し悪しの基準は人によって異なるため、主観的に判断すると公平性・透明性が失われるのです。不平等感が漂っている組織であれば、データを活用した定量的な評価を組み込むことをおすすめします。
また、判断に必要十分なデータ・情報が集まっているのかどうかを常に意識し、データが足りない場合は追加収集を行いましょう。
3.「あるべき姿」が曖昧なので成果がわかりづらい
人事において、データ活用で重要な「あるべき姿」が曖昧になることはよくあります。
私は分析を、あるべき姿と現状のギャップから課題を見つけ出し、施策を実施し効果を測定しながら解決することだと定義付けています。その際、現状の可視化や効果測定に用いるKPIに必要なのがデータです。データに基づいた分析による課題の解決が、データ活用による成果といえます。
売上や利益など明確な数字がない人事領域では、あるべき姿が定まっていないケースが多くあります。あるべき姿に対してどれだけ達成できたかが成果であるものの、それが曖昧なため、「結局データ活用して何か意味があったんだっけ」とわからなくなってしまいます。
人事におけるデータ活用を意味のあるものにするには、はじめに「あるべき姿」を明確に定義しておくことが重要です。
働き方における「あるべき姿」とは
では、働き方における「あるべき姿」とは何でしょうか。企業の人事や経営目線で考えれば、従業員の生産性やELTV(従業員生涯価値)の最大化が「あるべき姿」のひとつといえるでしょう。これまでのHR Techはまさにこの考え方で、人的資本を効果的に活用し、経営や事業の成長につなげることがゴールになっています。
一方で、ひとりひとりの働き手にフォーカスするとどうでしょうか。人生の価値観も働き方も多様化しており、働き方の「あるべき姿」も、会社や組織に期待していることも、ヒトによってバラバラなはずです。
フルリモートや時短勤務などの選択肢が増え、働き方について考える機会が増えています。自分にとってベストな働き方を考え、企業から与えられる環境だけではなく自分で開拓していくことも重要です。
しかし、自身の働き方に関するデータは少ないものです。転職のタイミングで履歴書や職務経歴書を更新したり、転職サービスやキャリアSNSの内容をアップデートしたりするタイミングでようやくそれらしいデータが集まります。
一方、これまでの給与変遷や、どういうときに自分のパフォーマンスが高かったのかなどについては、自分の記憶にしか情報が残っていません。働き方を考える上での情報は十分ではないでしょう。働き方を考える機会や振り返りのためのデータを多く作っていく必要があります。
今回は、人事における「データ活用」を阻む3つの壁について解説しました。
人事でデータ活用を進めようと考えている方は、ぜひデータの目的や人事領域の「あるべき姿」を考えるところから始めてみてください。人事業務に関わっていない方も、ぜひ自分の働き方の「あるべき姿」や会社への期待を明確にしてみましょう。
友部博教
ビズリーチ WorkTech 研究所 所長
東京大学大学院で博士号を取得後、東大、名古屋大、産総研などでコンピューターサイエンスの学術研究に取り組む。2011年、DeNAに入社し、アプリゲーム分析およびマーケティング分析などの部署を統括、その後ピープルアナリティクス施策を担当。メルカリの人事を経て、ビズリーチに入社。現在は人事におけるデータ活用を中心に研究開発を行っている。
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