前回の記事「びっくり退職はなぜ起きるのか」に引き続き、第2回も読者のみなさまの関心が高い「退職」をテーマとして、今回は「退職率」の話をします。
退職率が人事や経営に頻繁に参照される理由は、以下の3つがあります。
実際にKPIとして退職率を活用するとき、一体何%が適切なのでしょうか。退職率を数字として算出するとき「退職率をどうやって下げるか」が反射的に頭に浮かんでしまいます。適切な退職率とは何か考えてみましょう。
適切な退職率は、業界や地域、企業の文化や採用戦略などによっても大きく変わると考えられます。例えば、高度なスキルや専門知識を必要とする業界では、低い退職率(例えば5%以下)が求められます。スキルや知識を持つ従業員が流出すると、その再獲得が困難で高コストになるからです。一方で、従業員の流動性が見られる業界では、高い退職率(20%以上)でも問題ないと考えられることもあります。
重要なのは、定期的に退職率を測定し、その傾向を把握したうえで、必要に応じて人事戦略を調整することです。また、退職率がどれくらいだと人の入れ替えがどれくらい起こるのか、など予め想定を立てておくことも重要でしょう。
今回の記事では、シミュレーションをしてみましょう。
厚生労働省の雇用統計によると、日本の平均離職率は15.0%(令和4年)とのこと。この後の退職率の計算は、「ISO30414」の離職率の計算式に則ったものとします。ちなみに、本記事では離職率という言葉は使わず「退職率」で統一します。
退職率14.2%と言われてもピンときませんが、人数に置き換えるとイメージできるかもしれません。従業員が1000人いたら、そのうち150人が一年で退職する世界です。
ざっくりした試算ですが、退職率15%では5年で半分が入れ替わります。
簡単な計算をします。従業員数が1000人の会社において退職率が15%。それが続く場合、その後どうなっているか、というお話です。この計算では、退職率は15%で固定、従業員数は1000人を維持するとします。つまり毎年150人退職するが、採用担当者が頑張って毎年150人が入社するという前提です。
計算開始時に在籍している1000人に注目してみましょう。退職率15%だと1年後にそこから150人、2年後には残った850人中の15%である約127人(累計277人)が退職します。退職者数は3年後は108人、4年後は92人、5年後は78人となり、5年累計で555人が退職することになります。退職率15%の世界では、5年で今いる従業員の半数が入れ替わるのです。
事業形態が安定していて、長期間働いてもらうことを前提とする会社であれば5年で人が入れ替わってしまうのは由々しき事態です。一方で、事業の変動性が高く流動性の高い業種では、適切な新陳代謝が起こっていると判断できます。
最初にいた1000人の在籍期間の平均を取ると6.62年(※在籍期間を最大30年とする)。長いとみるか短いとみるかは業種・業態によるでしょう。
次に、退職率15%の比較として退職率5%の世界を考えてみます。こちらも同様にスタート時点では従業員数は1000人、退職率は5%で固定です。従業員数を1000人に維持するため、毎年退職と同数の50人を採用することとします。
計算開始時の1000人に注目してみましょう。退職率5%だと1年後にそこから50人、2年後には残った950人中の15%である約47人(累計98人)が退職します。退職者数は3年後は45人、4年後は43人、5年後は41人となり、5年累計で226人が退職することになります。退職率5%の世界では、5年たっても初期メンバーの約77%が残っています。
最初にいた1000人の在籍期間の平均を取ると15.71年(※同様に最大在籍期間を30年)。退職率15%の世界の6. 62年と比べると格段に長いです。退職率5%の世界では最大在籍期間の30年後まで約23%の従業員が残っているためです(退職率15%の世界では30年後残っている初期メンバーは1%に満たない)。
このように、簡単な計算でも退職率15%と退職率5%で状況が可視化されました。
ここからは応用編です。
「退職率が固定である」と仮定しましたが、現実世界ではそう単純なものではありません。実際には、業務内容によって辞めやすい、あるいは辞めづらかったり、エンゲージメントの状態によっても退職する確率が変わります。つまり、従業員のセグメント(ある属性に基づくグループ分け)ごとに退職率は異なる、と考えたほうが良さそうです。
エンゲージメントが高ければ退職率は低くなり、エンゲージメントが低ければ退職率は高くなる可能性があります。そこで、「エンゲージメントが高いセグメント」「エンゲージメントが低いセグメント」に分け、それぞれの退職率を固定としてみます。
そのうえで、従業員数は1000人でエンゲージメントの高い人と低い人が、それぞれ500人いるとします(初期の退職率は平均を取ればいいので15%となります)。
上記の前提で、初期メンバー1000人について計算をしてみましょう。1年後は全体の退職率は15%となりますが、2年目は13.9%、3年目は12.7%……と初期メンバーの退職率は年々下がっていきます。これは、エンゲージメントの低いセグメントは退職率が高いため辞める従業員が多く、初期メンバーの中ではエンゲージメントが高い従業員の割合が年々増え、全体の退職率としては徐々に下がっていくことになります。
何もしなくても退職率が下がって改善されていってるようにも見えますが、そういうわけではありません。以下のようなことに気をつける必要があります。
エンゲージメントが高い人がずっと高いわけではありません。何年も経てば会社を取り巻く外部環境も変わりますし、従業員のライフステージも変わり、会社に期待するものが変わったり働き方にも変化が出てきます。今エンゲージメントが高かったとしても、きちんとケアして引き続きパフォーマンスを出してもらうことが必要です。
エンゲージメントが低い従業員の方々へのケアも必要でしょう。なぜエンゲージメントが低いのか、課題を抽出して対応できるような人事施策を講じてエンゲージメントを上げていきたいです。エンゲージメントの状態を計測するために、パルスサーベイ(会社が社員に対して行う満足度調査)は有効な武器となります。
特定の役職やスキルを持つ人々の流出がビジネスに大きな影響を及ぼす可能性がある場合、そのセグメントの退職率をモニタリングすることも重要です。そういった従業員へのサポートや育成プログラムを改善することで、会社や事業全体の安定性を保つことができます
どういったセグメントの退職率が低いのか、それがどれくらい重要な課題なのか、きちんと切り分けて考えられるとよいでしょう。
今いる従業員の話だけではなく、新しく入ってくる従業員にも注意しなければなりません。今いる従業員の退職率が下がっても、会社の活動を維持するためには入社者の補充が必要になるでしょう。せっかく入社してくれた従業員の定着率が低ければ、結局退職率は高いままです。
つまり、入社者の定着が重要になります。特に、入社直後のオンボーディングが重要です。スムーズに会社に馴染み、パフォーマンスを発揮してもらえることを期待します。今いる従業員のエンゲージメントを維持して高めて、退職率を低減させるとともに入社者の定着率をKPIとして状況を把握することもできます。
退職率に関する分析を通じて得られた気づきは、より具体的な人事戦略の策定に役立ちます。セグメントごとの課題を明らかにすることで、経営や人事・各部門が適切に行動し、その結果として退職率を低下させることができます。
今回は、適切な退職率は何かについて取り上げました。セグメントごとに退職率を設定し直す作業は複雑ですが、採用プロセスの改善や組織の課題解決には重要です。
人事データの分析にあたって退職率は重要な指標になります。さまざまな軸でセグメント分けし、どこに課題があるのかを分析する。数年後の従業員の数を予測してみて、会社の状態としてそれが理想的なものなのか見直してみる、というのもよいでしょう。
友部博教
HRMOS WorkTech研究所 所長
東京大学大学院で博士号を取得後、東大、名古屋大、産総研などでコンピューターサイエンスの学術研究に取り組む。2011年、DeNAに入社し、アプリゲーム分析およびマーケティング分析などの部署を統括、その後ピープルアナリティクス施策を担当。メルカリの人事を経て、ビズリーチに入社。現在は人事におけるデータ活用を中心に研究開発を行っている。
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